27.ひみつごとにならない

「なまえ先輩、助けてください……」

そう青ざめた顔で後輩にすがられたら断れないだろう。
俺だったら自分でなんとかしろと突っぱねるけれど、みょうじはそんなことはしない。
驚いたように目を丸くして、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑いながら、「わたしでよければ」と俯く後輩…五色の顔を覗き込むようにする。
五色のほうが当たり前だけれど背がでかいから覗き込むというのも変な話だけれど、そう見えるのだ。

一学期の期末テストがもうすぐ始まる。
夏休みを控えたテストは、補習にひっかかれば休み中の部活や合宿に影響が出るから毎年「赤点だけは回避しろ」というのがバレー部全体の暗黙の了解だ。

「五色、ちょっと」

そう斉藤コーチに呼び出された五色ははじめのうちはいつものように背筋を伸ばしていたが、話が進むにつれて徐々にその背が丸まっていく。
それを遠巻きに見守っていた俺たちのもとへ青ざめた顔で戻って来たかと思うと、みょうじのほうへ足を向けた。

「どうしたの…?何か怒られた?」
「いえ、えっと、はい…」
「え、どっち?」
「怒られる未来が見えました……」

どうやら五色は日頃の成績があまりよろしくないらしい。
要領悪そうなタイプだもんな、真面目そうではあるけれど。
コーチ直々に呼び出されたということは、担任から「このままじゃやばい」とでも話が来たのだろうか。
テスト勉強しっかりな、と釘をさされたらしい。

「なまえ先輩、助けてください……」

あーあ、と呆れている奴らが少しざわついた。
何もそこに助けを求めなくてもいいだろう。
前にテスト前はみんな大平さんに頼るって聞いたことがあるし、寮生なのだから同学年の成績がいい奴に頼るとか教科担任に教えてもらえばいい。
そう思うけれどみょうじは断らないだろうなということは答えを聞く前からわかったし自分の眉間にシワが寄った自覚はあった。
案の定「わたしでよければ」と控えめに快諾したみょうじが明日からの予定を早速立てようとしていて、それを無言で見ていたら太一に「白布、顔」と肘でつつかれた。

「明日からテスト期間で部活休みだけど…」
「じゃ、じゃあ明日からでも、いいですか?」
「もちろん。どこでやろっか…図書室?」

図書室。
そこはなんとなく俺にとって大切な場所で、中学の時から俺とみょうじが過ごしていた他の奴には踏み込ませたくない場所で。
だからだろう、勉強会とやらに口を出す気はなかったというのにするりと言葉が出ていた。

「五色、お前静かに勉強できんのかよ。図書室だと追い出されるのが目に見えてる」
「た、たしかに」

普段であれば「大丈夫です!」と返してきそうなものだけれど相当弱腰になっているのだろう。
おろおろとしている姿が珍しい。

「だったらみんなで部室か寮でやろーぜ」
「瀬見先輩、」

瀬見さんがみょうじの頭に肘を乗せながら会話に入ってきて、みょうじが見上げると今度はぽんっと手のひらがみょうじの頭に乗った。

「それなら寮のほうが机もあるしいいんじゃない?いつもみたいに食堂で」
「あぁ、管理人さんに先に話しておけばみょうじも入れるだろうしな」
「大丈夫なんでしょうか…?」
「何も泊まるわけでもないんだし大丈夫だろ」

瀬見さんの提案に天童さんと大平さんが同意した。
みょうじが不安げに大丈夫かと聞いたらまた瀬見さんのみょうじの頭に乗せた手がぐしゃっと髪を撫でた。

……あの人、諦めたんじゃなかったのか。
マネージャーとの距離感がどうとか言われたのはずいぶん前のことだけれど、付き合っていないからこそ瀬見さんはあんな風にみょうじに触れられるのだろうか。

また太一に顔がどうのと言われる前に自分で眉間に手をやってシワをほぐすよう努めたけれど、それを見て結局噴き出すように笑われた。

「あー、瀬見さん、俺らも勉強会参加していいっすか?」
「おう。もちろん」
「は?俺は、」
「白布は教える側で役に立つから強制参加な」

他にも自分でやるとサボる自覚がある奴は授業が終わり次第、食堂に参加ということでまとまった。



「みょうじ、自分の勉強は間に合うのか?」
「…うん」
「今の間なに」
「大丈夫、だと思うんだけど。改めて聞かれるとちょっと不安に…人に教えたことってあんまりないし」

白鳥沢はスポーツ強豪校であると同時に進学校だ。
授業の進度は早いし内容も濃い。
一般受験で合格したのだから真面目に授業を受けていればついていけないということはないはずだけれど、人に教えるとなるとまた話は別だしもちろん俺やみょうじだってテストはある。

「あんな風に頼まれたら断れなくって」

五色の切羽詰まっている様子はたしかに断れる雰囲気ではなかった。
一年の範囲であれば去年習ったばかりで記憶も新しいしなんとかなるだろうとは思うけれど、みょうじは今更「わたし大丈夫かなぁ」と不安げだった。

「五色のためにって、一年の範囲わざわざ復習したりしなくていいから」
「えっ」

なんで考えてたことわかるの…?とおずおずとみょうじが俺を見上げる。

「学校のテストなんてどうせ毎年ほとんど使い回してるはずだから、去年の俺らのテスト解かせてある程度できるようにすれば赤点は取らないだろ」
「そ、そっか…!たしかに」
「過去問とってある?」
「うん。ファイリングしてあります」
「じゃあ明日職員室でコピーさせてもらおう」

放課後までに準備したいから昼休みにでも行くか、と言うとみょうじが「白布って、」と小さな声でつぶやいた。

「本当に先生向いてるよね」
「…は?いや別に俺は」
「だってわたしに教えてくれるときもすごくわかりやすくて効率もよかった」

それは相手がみょうじだからだよ、とはさすがに照れくさくて言えないけれど。
頼りになるなぁとはにかみながら隣で言われたらそりゃあ嬉しい。

「自分のテスト勉強で詰まったら、また聞いてもいい?」
「ん、もちろん」
「へへ…ありがとう。なんか頑張れる気がしてきた」


部活のマネージャーと付き合っていると、必然的に彼女が男に囲まれている姿を日常的に目にする。
当たり前の光景だから慣れているしいちいち妬いてはいけないと思うけれどふとした時にチリチリと心臓のあたりが痛いことは、たまにある。
だけどこうやって二人で帰っているとみょうじが他の部員には見せないような顔で笑うから、そして小さな手を握り込むようにして繋げば照れたようにこっちを見上げるから。
二人きりになれる時間は多くなくても確かに気持ちは同じなのだと思える。

「テスト終わったら、どっか出掛けるか」
「デートですか」
「です」
「行きたいとこ、あるの?」
「あー…考えとく」
「うん。わたしも、考えておきます」

なんで敬語?と笑ったら白布先生にはたまに敬語になっちゃうんだよねと神妙な顔で顎に手をあてた。

「テスト憂鬱だけど白布のおかげで楽しみできた」

かと思えばふんわりと笑うから、ずるいと思う。
俺も、二人のこういう時間があれば勉強会もイラつかずに乗り切れる……はずだ、多分。




「なまえ先輩、わかりません!」
「おい工、少しは自分で考えろ」

何度目めかわからない五色のヘルプにつっこんだのは大平さんだ。
昨日の今日でさっそく開催されたバレー部の勉強会はけっこうな大人数だった。
まぁみょうじは五色専属みたいになっていて他の奴らは俺と大平さんがメインで面倒を見る流れになっていた。

「うぅ、でも…」
「ここさっきも聞いてただろう、教科書のこのページ読めば公式あてはめるだけなんだから自分で解いてみなさい」
「はい……」
「大平先輩意外とスパルタですね…?」
「そうか?」

それぞれのペースで進めつつ、わからないところがあれば聞け、ということにしているから俺たちも自分の勉強をやりつつ教えられている。
みょうじが五色の隣に座っているのは正直けっこうムカついているけれど、そのための勉強会だし仕方がないだろう。
近くに大平さんがいるから安心だし。

「白布ー」
「おう」
「日本史のノート見せてくれ」
「は?お前そこからかよ」
「いやぁ、いざ勉強しようとノート開いたら字がきったなくて読めなかった」
「…どうせ寝てたんだろ」
「てか朝練後の授業で寝るなってほうが無理じゃね?」

はいはい、とそいつにはノートを渡したら今度は一年に数学の範囲を聞かれる。
昼休みにコピーした去年のテストを解いていて早速つまずいたらしい。

「白布さん、この問なんですけど…」
「解答見てもわかんなかった?」
「いや、まだ見てないっす」
「解答と解説見ていいから自分で考えて。それでもわかんなかったらまた聞いて」
「っす」

まずは自分でやるように促す、それでも手が止まるようなら説明。
そうしなければキリがないからそうしているのだけれど、「白布先輩こえー…」っておい聞こえてるからな。

「つーか五色ばっかずるくね?俺もみょうじ先輩に教わりたかった…」
「みょうじ先輩、部活のときみたく髪の毛結んでるのもいいけどおろしてるのもいいな」
「な。いい匂いしそう、ってすみません白布さん怖いんで睨まないでください」
「いや睨んではないけど、口動かす暇あったら手ぇ動かそうな」
「はい、すんません!」

寮の食堂にいるのはバレー部ばかりではなくて、他の寮生もあちこちで教科書やらノートを広げていた。
ざわざわと静かではない空間だから俺たちの会話がみょうじにまで聞こえるはずはないのに、ふとそっちを見たらみょうじとぱちりと目が合った。

どうかした?という風に首を傾げたみょうじに、なんでもないとジェスチャーを送ったら笑顔が返ってきた。
……なんだあれ、かわいいな。

「…やっぱ白布さんが一番ずりーな」
「同意」
「お前ら……ここで集中できないなら部屋戻れ」

見てんじゃねーよと言ったのは半分照れ隠しだとは誰にもバレていないはずだ。



(2019.10.06.)



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