5.

チケットの発売が開始されて、売れ行きは好調だった。
けれどカンパニー存続のために出された条件はあくまでも千秋楽のチケットを完売させること。
そのためにも今日は秋組全員でチラシ配りを行うことになっていた。

二人一組にわかれて、また兵頭と組むことになっちまって文句を言いながら駅前に移動した、のだが。

「……」
「わぁ?!」
「チラシ、」
「えっ?あぁ…どうも」
「っす」

兵頭の強面っぷりがこんなところで発揮されちまってこんなんじゃいつまで経ってもチラシがはける気がしない。
無言で通行人の後ろに立ってチラシを差し出すだけってそりゃビビられんだろ。

「おい、こら…」

いい加減にしろ、と言いかけたところで最近聞き慣れてしまった声が兵頭のことを呼んだ。

「十ちゃん、チラシ配り順調?」

ひょこっと顔を出して笑いかける。
俺にも会釈はしてきたけれど表情の違いな、まぁいいけど。
兵頭は手元のチラシを見て一度頷く。

「あぁ…まあまあだな」
「嘘つくんじゃねぇよ、全然減ってねぇだろ!」
「摂津さん大きい声出さないでください。悪目立ちします」

くっそ腹立つ…言い返してやろうと思うけれどその前になまえが兵頭の持っていたチラシを半分取って「わたしも手伝う」と話を進めた。
夏組のときも色々と手伝ってくれていたらしいから俺らの手伝いをするのも自然な流れなのかもしれないけれど、やっぱり苦々しい気分になる。



「MANKAIカンパニーです、新生秋組公演チケット発売中です!」

俺らよりもチラシ配りの経験があるからだろうか、なんのためらいや恥じらいもなく道行く人々に声をかけてチラシを渡していく。
よろしくお願いします、と笑顔で差し出されたチラシはみるみるうちになまえの手から消えて行き兵頭はその後ろで突っ立っていた。

「おい、兵頭てめぇも配れ」
「配ってんだろさっきから」
「通行人ビビらしてただけだろーが!」
「あぁ?」
「んだよ、やんのか」
「ちょ、ちょっと二人ともこんなところでケンカしないで…」

なまえが兵頭の服の裾をぎゅっと掴んで止めようとする。
初めて兵頭にケンカをふっかけたときと似たようなシチュエーションだ。
違うのは、俺らがMANKAIカンパニーの役者だと示すチラシが通行人の手にあるっつーことで、あっという間に俺らを囲むように人だかりができた。

「なになに?ストリートACT?」
「MANKAIカンパニーだって」
「次の公演、ヤンキーものなの?」
「女の子もいるんだねぇ」

聞こえてくるそんな声に舌打ちが出そうになるけれどストリートACTでもなんでもねぇっつーの。
ただその野次馬の声が聞こえたらしいなまえが兵頭の後ろで青ざめたからいっそのこと巻き込んでやろうと、なまえの手首をむりやり掴んだ。

「えっ」
「おい摂津…」
「お前はいつもこいつのことばっかじゃねーか」
「え、なに?どういうこと、」
「幼馴染だかなんだか知らねーけど、」

掴んだ手首をそのまま引くと、小さな身体が簡単に俺のほうへ飛び込んできた。

「っ!」
「兵頭にばっかひっついてんじゃねーよ」

野次馬…ではなく通りすがりの観客から黄色い悲鳴があがったところで、バリっと効果音がつきそうなほどに勢いよくなまえが俺から離れた。
兵頭がなまえの首ねっこを引っ掴んで引き剥がしたからだ。
おい、首しまってんぞ。

「じゅ、じゅうちゃ…くるしい…」
「あっ悪い」

俺が引き寄せたことよりも首がしまったことに意識が向いたらしい。

「あの二人が幼馴染なんだ、そこに割って入りたいヤンキー、なるほど」
「少女漫画みたいだね」

いや、ストリートACTっつーか、なまえのうろたえた姿を見てやろうってだけなんだけど。
俺の意図を深読みしてくれたのは目の前のぽんこつ二人ではなくて観客の女子たちだった。
本当は幼馴染ではなく親戚だけれど、まぁ同じようなもんだろ。

「…なんなんですか!もう!突然ひっぱるから、あー…ほらついてる…」
「は?」

兵頭を見上げていた顔をこちらに向けて、眉根を寄せたかと思うと俺の胸元にずいっと顔を近付けた。

「リップついちゃいました」

俺のシャツを指さして「ごめんなさい」と口をもごつかせながら視線を俯けた。
そこに目をやるとうっすらとリップマークが付いていて、黒いTシャツでよかったと思う。
なまえの唇に目をやるとごく薄く塗られていたらしいリップが確かにさっきよりも薄くなったような、気がする。
もう一度ごめんなさい、と謝って俺のTシャツを少しつまむ。

「ハンカチ濡らしてきます、落ちるかな」
「あーいい、別に。帰ったら洗うから」
「でも…」
「いいって。俺が急に引っ張ったからだろ」
「そうだな、なまえは悪くねぇ。ワンレン野郎のせいだ」
「お前は黙ってろ…!」

ワンレン悪口にすんなっつってんだろ、といつもの口論になってもなまえがまだ申し訳なさそうな顔をしているから、一旦仕切り直すことにする。

「ハンカチとかいいから飲み物買ってきてくんね?喉乾いたわ」
「…わかりました」

まだ眉を下げたままだったけれどコンビニ行ってきますと俺たちに背を向けた。
それに合わせるようにして集まっていたギャラリーも散っていく。

「あのヤンキーはあの子に優しくしたいのにきつくあたっちゃうってこと?」
「幼馴染のほうも去っていく子に向ける視線が優しい…」
「せ、青春……」

…女子の解釈の自由さっつーか妄想の飛躍にストリートACTのおもしろさを垣間見た気がした。



最近わかったこと。
俺が普通に接してる時はあっちも他の奴らと同じように接してくる。
初対面と二度目は最悪すぎる印象だったがそれ以降は比較的穏やかだ。

仲良くして、と監督ちゃんに言われたことを守っているわけではない。
ただまぁ、寮に頻繁に出入りされるし兵頭と俺の部屋にもその度に来るもんだからいちいち腹立ててらんねぇってだけの、それだけの話だ。
…と言いながらさっき無性に腹が立って巻き込んでしまったんだけど。
結果的に多分カンパニーの宣伝になったっぽいからいーだろ。



「万チャン!十座サン!おかえりっスー!」
「おう、ただいま」
「ただいま」
「あれ、なまえチャンも一緒だったんスね!」
「太一くんこんにちはー」

寮に戻ると先に帰っていた太一と臣に迎えられた。
なまえを見つけた途端に太一の顔が嬉しそうに明るくなって尻尾があったらブンブン振ってんだろ、犬か。

「臣クンが焼いたクッキーあるんスけど、なまえチャンも食べない?」
「えっいいの?嬉しい」
「もちろんッス!ね、臣くん!」
「あぁ。なまえがいるなら紅茶でもいれるか」

…いつもは麦茶とか、水とか、人によってはコーラとか。
飲み物なんて各自で自由にっつー感じなのにどいつもこいつもなまえに構いたがる。
なまえもなまえで、顔だけ出してすぐに帰ると言っていたのに上がり込んで迷うことなく洗面所まで行き並んで手洗いをする。
俺よりもカンパニーに馴染んでいるかのようで、前からカメラマンをやっていたらしい臣はともかく、太一とは出会って日も浅いはずなのに懐かれてんだよな。

「十ちゃん。はい、お砂糖どうぞ」
「あぁ」

なまえと一緒にテーブルを囲むつもりなんて毛頭なかったというのに紅茶は俺の分も用意されてしまった。
先にいらねぇと言うべきだったか。
臣の手際の良さに内心で舌打ちをした。
さっさと飲んで部屋に戻ろう。

「十座となまえは本当に仲が良いなぁ」
「連れ添った夫婦感がやばいッスよね」
「夫婦だって、十ちゃん」
「………いとこだ」

冗談の通じねぇ兵頭がなんのおもしろみもない答えを言えばなまえがおかしそうに笑う。

「異性の親戚ってこんなに仲良くなるもんなんスねぇ」
「親同士が仲良いから自然に、ね?」

兵頭はなまえから受け取った砂糖をぼとぼと紅茶に入れながら「そうだな」と相槌をしている。

「臣くん、このクッキーおいしい〜」
「それはよかった。この前なまえがくれたプリンも美味かったよな」
「あぁ!あれめちゃくちゃ美味しかったッス!」
「な、万里?」
「は?」
「万里も食べてただろ、プリン」

臣が人の良さそうな顔でこっちを見る。
くそ、ぜってーわざとだろ。
場の雰囲気が気まずくて何も発さず紅茶を飲み終えたら今度こそ部屋に行こうと思ったのに。

「あー…そういや食ったかも」

俺が食べたと言えばなまえは驚いたように目を丸くさせている。

「んだよ、悪いか」
「いえ…食べてくれてたんだって、ビックリして」

お前が作ったってわかってたら食わなかった、とはなまえの顔を見ていたらなぜか言えなかった。
驚いたあとに頬を緩ませるとか喜ばれてるみてぇでむず痒い。
妙に居心地が悪くてまた紅茶に口をつけると、なまえが「あ!!」とデカイ声を出した。

「せ、摂津さん!」
「…んだよ」
「Tシャツ、洗わないと!」

つーかあんだけ慌てといて忘れてたのかよ。

「いーって」
「でも!脱いでください、洗ってきます…!」

ほら、脱いで!と立ち上がって俺のTシャツを弱く引っ張る。
事情を知らない太一と臣がぽかんとしていて兵頭はクッキーを詰め込みすぎた頬がぱんぱんに膨らんでいて何か言おうにも言えない状況らしい。
食い意地はってんなよ。

「どうかしたんスか?」と目を丸くしている太一に、なまえが自分の胸元あたりを指さして「摂津さんのTシャツにリップつけちゃって…」とバツが悪そうに言う。

「えっそんなとこに口紅つくってどんな状況ッスか」
「わたしがよろけちゃって…こう、胸にダイブを…」
「えー!万チャンうらやま、いて!なんで殴るんスか!」
「うるせぇんだよ!不可抗力だったんだ!」

いや不可抗力でもないんだけど。
なまえはよろけてっつったけどよろけさせたのは俺なんだけど。

「どうせいつもクリーニングだからいーんだよ」
「えっ」

ぴたりとなまえの手が止まる。
Tシャツなのにクリーニング…?と眉をしかめるなまえに太一が「万チャンの服いいやつばっかッスからねぇ」と追い討ちをかけた。

「そうなんだ…なおさらごめんなさい…ちゃんと落ちるかな…」
「大丈夫だろ、別に」

青ざめた顔をしているから気にすんなの意を込めて言ったら「後々根に持たないですか…?」と怯えたように返されたから服代全額請求してやろうかと思った。




(2019.10.01.)



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