6.流れ星には願わない

「なまえちゃん、陽射し強くなってきたからこれかぶってなよ」
「え、いいの?でも高尾くんが暑くない?」
「いいのいいの。試合になったらキャップ邪魔だから持っててくれると助かる!」
「そっか、ありがとう」

……疎外感が半端ないんスけど。

今日は黒子っちたちとのストバスで、それだけでも楽しみだったけれどみょうじさんも来てくれることになってめちゃくちゃ浮足立っていた。
朝の待ち合わせなんてちょっとデートみたいだなんて、舞い上がりすぎて地面から何ミリか浮いていたんじゃないだろうか。
だけど状況は一転、今は地上に埋め込まれている気分だった。

高尾がかぶっていたキャップを、みょうじさんの頭にすぽっと被せた。
そのツバを少しあげて高尾を見上げながらお礼を言うみょうじさんの顔がそれはもう傍から見ていてもかわいくて、視線の先にいるのが俺ならいいのに。

「…黄瀬くん、」
「ぅわっ、黒子っち?!」
「みょうじさんって高尾くんと中学が一緒だったんですね」
「あーうん、みたいっス」
「そんなにわかりやすく落ち込まないでください。少なくともみょうじさんはただの友達って感じに見えます」
「みょうじさんは、ね」



ストバスは3on3で試合を行うことになって、くじ引きでチーム分けをした。
引いたくじの色は赤で、黒子っちと同じチームになりたかったのにくじを引いてすぐに黒子っちの手元を覗き込んだら持っているのは緑色。
でも今日はみょうじさんがいるからいつものように「黒子っちと同じチームがいい」と他の人とくじを交換してもらうために騒ぐのもガキみたいとか思われたくないからしない。
っつーかそんな元気がない。
なんだか今日はとことんツイていないような気がした。


「おい黄瀬、お前今日どうした」

桃っちが用意してくれていたビブスを着ながら悶々としていたら後ろから俺と同じ色のビブスを手にした青峰っちが声をかけてきた。
どうした?なんて試合はまだ始まっていないからバスケの調子を聞かれているわけではないだろう。
青峰っちが人の様子を窺うようなことをするなんて意外だ。

「えっなんスか、いきなり」
「随分静かじゃねーか、腹でも壊してんのか」
「いや、別に…」
「ふーん…まぁいいけど俺の足は引っ張んなよ」

俺のことを変だと言うなら青峰っちもいつもより、なんかこう、気遣いを感じるというか、どうしたんだと聞きたいのはこっちも同じだった。

「もー!大ちゃん!きーちゃんのこと心配なら心配だってちゃんと言いなよ!」
「はぁ?そんなんじゃねーよ、さつきは黙ってろ!」
「恋するきーちゃんが悩んでるならここは友達として黙ってはいられません」
「ちょ、ちょっと桃っち声でかいっス…!」
「えっあ、ごめんね、つい…!」

桃っちがデカデカとそんなことを言うもんだから慌ててシーっと唇に人差し指を当てたら、青峰っちは「恋だぁ?」と思い切り顔をしかめていた。

「どういうことだよ」
「大ちゃん、理由はわからなくてもなんとなくきーちゃんの不調に気付くなんてさすがだね」
「桃っち、それは俺がなんか恥ずかしいから言わないで」

青峰っちと桃っちはみょうじさんとは初対面で、さっき「はじめまして」と挨拶をしていたのだから俺とみょうじさんが一緒にいるところを見たのも当然初めてなのに、どうやら俺がみょうじさんに抱いている気持ちは速攻でバレてしまったらしい。
桃っちさすがの観察眼っスわ…。

「なまえちゃん、良い子だよね。あんな感じの良い子がきーちゃんのそばにいてくれたらわたしも安心だよ」

うんうん、と桃っちがしたり顔で頷いている。

「あーつまり黄瀬はみょうじのことが、」
「青峰っちも声!抑えてくれるっスか?!」

もうやだ、なんだこれ。
二人ともなんとなく応援してくれているんだろうことはわかったけれど、自分で気持ちを伝える前に思いがけないところでみょうじさんに想いがバレるなんて最悪すぎる。
…今のところ告白なんてできる日がくるのかはわからないけれど。

「とにかく今日は二人が仲良くできるようにわたしも大ちゃんも協力するから!ね!」
「おー」
「まずは試合でいいところ見せないと!大ちゃん、きーちゃんにどんどんボール回してあげてね!」
「は?いやそれとこれとは別…」
「大ちゃん!!」
「…はいはい」

はりきって腕まくりをしている桃っちと対照的に、青峰っちは面倒なことになったと顔に書いてあるけれど一応了承してくれたらしい。
黒子っちといい二人といい、持つべきものは友達だと柄にもなく思った。

まぁ試合は案の定というかバスケのことになると俺に花を持たせるなんて考えは一秒で飛んでなくなった青峰っちと、対戦チームの火神っちがバチバチにやりあっていたんだけど。
俺もみょうじさんが観ているからってそりゃあまぁ気合は入っていたけれど、こんなメンバーで集まれることなんてそうないせっかくの機会なんだから思いっきりやるしかないとバスケ自体をめちゃくちゃ楽しんでしまった。



「黄瀬くん、お疲れ様」
「っありがと」
「飲み物どうですか?」
「うん、もらう」

試合が終わって次のチームと入れ替わるようにコートの外に出たらみょうじさんが声をかけてくれた。

「ドリンク作ってくれたんスか?」
「うん、リコ先輩に教わったから味は大丈夫だと思うんだけど」

たしかあの監督って料理壊滅的って火神っちが言っていたような気がするけれど、スポドリなら多少味の濃い薄いはあっても大事件にはなっていないだろう。
それにみょうじさんが作ってくれたんだから飲まないわけがない。

どうぞ、と手渡してくれたスクイズボトルをありがたく受け取る。

「ありがと、生き返るー」

ゴクゴクと喉を通り胃に落ちるドリンクはいつもより美味しい気がする。
みょうじさんが作ってくれたスポドリを飲める日が来るなんて誰が思っただろうか、今日誘ってよかったとこれだけでも十分すぎるくらいに思ったから俺って単純だ。

「えへへ、よかった」
「…みょうじさんがうちのマネージャーならいいのに」
「え?」
「あ、えーっと…バスケ観るの楽しいって言ってたから」

本当はそれだけじゃなくて、こんな風に一番近くで応援してくれるのがみょうじさんだったら、俺多分もっと頑張れるのになって。

「うん、今の黄瀬くんの試合もすごかったなぁ」
「3on3観るの初めて?」
「うん。人数少ないから当たり前かもだけどボール触る回数も多いしスピード感あった」
「まぁ青峰っちと火神っちいたから余計に試合のテンポ速かったっスね」

俺も活躍しなかったわけではないけれど、今の試合はやっぱり二人のやり合いがメインみたいになっていた気がする、悔しいな。

「青峰くんも帝光中なんだっけ?確かにすごいスピードでコートの端から端まで走ってた」
「でしょ?青峰っちは中学のときからエースですごかったんスよ。黒子っちとのコンビネーションもばっちりで、」

自分がバスケを始めたきっかけになった人、憧れていた人である青峰っちのことを褒められると自分のことみたいに嬉しくて、こんな風に誰かにチームメイトの自慢をしたことはないかもしれない。
前に木吉さんのことをみょうじさんが褒めたときは心臓がギシギシ痛んだのに我ながら都合がいい。

「あ、ごめん、俺しゃべりすぎっスね。試合観ないと」
「ううん。黄瀬くんの話聞くの楽しいよ」
「そうっスか?」
「バスケ好きなんだなぁって。昔の仲間と集まるってだけでも素敵なことだけど、今はライバルでもある人のことそんな風に褒められるって本当に好きじゃなきゃできないもん」

なんて、と言った後にみょうじさんが少し恥ずかしそうに笑った。
何か言葉を返そうと思うのに自分の喉がぎゅっとしまるみたいに苦しくて何も出てこない。

真剣になれない自分は、中学でバスケを始めたとき、高一の春に誠凛に負けたときに置いてきた。
それ以来バスケしか目に入らなくて頭になくて、しんどい練習も堪えられたし悔しい試合は糧にしてきた。
人間関係もほぼリセットされて近しい人としか関わらなくなってそれでいいと思った。
煩わしいもの、バスケの邪魔になるものは切り捨てようと思った。

だけど、こんなにもみょうじさんのことが好きだ。

手に持ったスクイズボトルが、力を入れすぎたせいでボコッと変な音を立てる。

「黄瀬くん?」
「…あ、」
「ごめんね、わたし変なこと言っちゃったかな…」
「ううん。違う。そうじゃなくて」

急に黙ったらそりゃみょうじさんだって戸惑うだろ。
俺、こんなにコミュ障だったかな。
みょうじさんの前だとうまくいかないことばっかりだ。

「…俺、バスケ始めるまで何かに一生懸命になったことなんてなかったんスよ」

隣で小さく「うん、」と相槌を打ってくれる、そんな小さなことも嬉しい。

「それってけっこうつまんなくて。だけどみょうじさんが言ってくれたみたいに今はバスケが好きで仲間も大切で…楽しいんスよね」

好きなものがあることは幸せなことだ。
それがひとつでもふたつでも、きっと多いほど楽しい。
最近になってまた大切にしたいと思えるものが増えた。

「みょうじさんは誠凛だけど、俺のこともちょっとは応援してくれたら嬉しい」

好きになった子はライバル校の生徒だったけれど、これくらい言っても許されるだろう。
みょうじさんを好きになれたことが嬉しいから、他の誰かにさらわれないように俺なりに頑張ろう。
そう思えただけで俺にしては進歩だ、なんて思っていたらみょうじさんがひょいっと俺の顔を覗き込んだ。

「ちょっとじゃなくて、いっぱい応援するよ」
「でも海常は誠凛とライバルだし、」
「うん。だから海常っていうよりは、黄瀬くん個人のことを応援する」
「…え」
「それなら誠凛のみんなも怒らないよね」

出会ったときからこうだった。
俺のことを黄瀬涼太という一個人として見てくれる。

名案を思い付いたという風に微笑んだみょうじさんの隣は、やっぱり誰にも譲りたくない。



(2018.12.09.)




黒子のバスケ10周年おめでとうございます。
思いの丈はmemoに…。
青峰くんと桃っちかわいくて好きです。







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