ex. 24時のふたり

真琴の家の最寄駅に着く少し前に連絡を入れるのはいつからだったか二人のルールになっていた。
今日も電車に揺られながら「もうすぐ駅着くよ」とメッセージを送ったらすぐに「気を付けてね」と返ってくる。
それだけなのに表情筋が緩むのが自分でわかって、外なのにだらしない顔にならないようきゅっと唇を引きむすんだ。
窓の外はすっかり暗くなっている。
街を彩る街灯は地元の電車から見る景色とはまるで違うけれど、綺麗だと思えるくらいには東京での生活が馴染んでいた。

「なまえ、」

駅の改札を出たところで柔らかく名前を呼ばれる。

「真琴、お待たせ」
「全然待ってないよ」

声と同じくらい柔らかく笑う真琴がごく自然な動作でわたしの持っていた大きめな紙袋を持ってくれた。
「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と返ってくる、こんななんてことのないやりとりが嬉しい。

「それあんまり揺らさないでね」
「え、なんで?」
「なんででしょう?」

わからない、といった様子で真琴が首を傾げた。
紙袋を持っていないほうの空いている手をそっと取ったら当たり前みたいに指が絡む。
真琴の家までの少しの距離を、今日あった出来事なんかを話しながらゆっくりと歩いた。



「お邪魔しまーす」
「どうぞ」

何回お邪魔したか数えきれなくなった真琴の家に上がると、いつものように私用のスリッパが置いてあって顔が綻ぶ。
手を洗おうと洗面所に行けば綺麗なタオルがかかっているし、色違いの歯ブラシが二つ並んでいるところなんて最初は恥ずかしくてはにかんでしまった。
何着か置かせてもらっている部屋着に着替えて手を洗って真琴のいる部屋に戻ると、真琴がマグカップとインスタントコーヒーの瓶を手にしていた。

「なまえ、コーヒー飲む?」
「あっうん。あのね、ココア買ってきたの。真琴コーヒーとどっちがいい?」

粉末のココア缶を荷物の中から取り出して顔の位置に掲げる。
寒くなってくると無性に飲みたくなるんだよなぁ、ココア。

「せっかくだし俺もココア飲もうかな。牛乳あっためるね」
「ありがとうー」

ミルクパンなんてものは男子大学生の一人暮らしの家にはないから、マグカップに牛乳を注いで電子レンジで温めてくれる。

「無糖のココアなんだけど、真琴お砂糖いる?」
「んー入れようかな」
「はーい」

真琴が牛乳をレンジに入れてくれている間に、戸棚からお砂糖を出す。
角砂糖もわたしが買ってきたものだ。
真琴の家を侵食しているみたいで一時期色々なものを買って持ち込むのを控えたのだけど、真琴が不安そうに「俺の家に来るのもしかして嫌になった?」と聞いてきたから遠慮することをやめた。

時計の針は午後八時を半分以上過ぎたところを指していて、毎週九時から放送している映画番組を観ようと前々から話をしていたからちょうどいい時間だ。
夜ご飯はそれぞれ済ませていて、ほかほかと湯気をあげているココア入りのマグカップをテレビの前のローテーブルに二つ並べる。
…我ながらベタだとは思うけれど、マグカップは色違いで、真琴がモスグリーンでわたしが淡いピンク。
これは東京に来たばかりの頃に二人で雑貨屋さんで買ったもので、考えてみたらお揃いのものってあんまり持っていないなぁとこの時に初めて気が付いたっけ。

マグカップを両手に持って唇をつけ傾けた後、真琴がほうっと息を吐く。

「ココア飲むと冬だなぁって感じがするなぁ」
「だよね?寒くなると飲みたくなるんだよね」
「わかる」

テレビを点けるとまだ前番組がやっているから、流し見をしながらとりとめのない話をする。
地元にいたときは毎日のように…会いたくないと思っていた時期ですら、学校に行けば顔を見ることが出来たのに今は会おうと思わなければ会えない。
全部を知っていたいとは思わないけれど、会っていない日の穴を埋めるようにお互いのことを話す時間は好きだった。

映画が始まってからは、ぽつりぽつりと映画について話をする。
人気シリーズで定期的にテレビで放送してくれる作品だから、何度も観たことがあるけれど何度観てもおもしろい。
だからこそ人気で、何度だってテレビ放送があるわけだけれど。

ソファなんてないからカーペットの上に座って、ココアを飲んで、映画を観る。
夜は少し冷える季節になったからブランケットを膝にかけて、その隣には大好きな真琴がいて。
CMになった時にチラッと隣を見上げたら真琴が「なに?」と微笑む。
「なんでもないよ」って返事をして、重たくならない程度に真琴に寄りかかってみたらくすぐったそうに笑ってくれた。
残り三十分程になった映画をそのままの体勢で観て、気が付いたらいつのまにか真琴の腕がわたしの肩に回っていた。

「うーん、何回観てもドキドキしたなぁ」
「そうだね。来週の放送も続きだっけ?また家で一緒に観る?」
「えっいいの?」
「もちろん」

シリーズものの最終話で、実は前後編に別れていて今週が前編で来週が後編の放送だから、来週も一緒に観ようと誘ってくれて素直に嬉しい。
真琴にもたれたまま次の約束ができて「えへへ」と笑ったら寄りかかっていた真琴の身体が急に力が抜けたように傾いてわたしの身体も一緒に横たわるみたいに沈んだ。

「わ、」

思わず小さく声をあげてしまう。 
二人で床に寝転んで、ぎゅっと真琴に抱き締められる。

「真琴?」
「…今日、部活あったのに来てくれてありがとう」
「ううん。真琴もバイトお疲れ様」

大学生になって、わたしはまた水泳部のマネージャーになった。
真琴は、競泳は辞めてしまったけれどスイミングスクールで子供たちに水泳を教えるアルバイトを始めた。
生活リズムは違ってもこうして会って話をすれば寂しさなんて感じない。
鼻を掠めた真琴の髪の毛からはシャンプーの香りがして、バイトから帰って来てシャワーはもう浴びたことがわかった。

「明日も部活だよね?」
「うん、午後からだよ」
「そっか。俺も昼からだから少しゆっくりできるかな」
「朝ご飯作るね」
「…うん」
「どうしたの?」

ぎゅうっとクッションでも抱き締めるように真琴の腕に力が込められた。

「高校生の時は、まだ一緒にいたいなぁ帰りたくないなぁって思っても、こんな風に夜も一緒にってできなかったなぁって」

すりすりと頭を肩口に寄せられたから、ふわふわの真琴の髪を撫でる。 

「…そんなこと思ってたの知らなかった」
「言っても困らせるだけってわかってたから」

真琴は優しいから、自分のことよりも周りのことを優先して我慢することがある。
それは彼の長所だし真琴が抱えていることがあるならわたしが気付いて堪えている結び目を解いてあげられたらいい。

時計の針が進む音がする。
もうすぐ長針も短針も一番上の数字を指すところに戻ってきて、日付が変わったら真琴の誕生日だ。
十八歳の誕生日は一緒に過ごせなかったから、今日はお互い予定があっても少しでも会いたかった。

「真琴、」
「ん?」
「高校生のときは自由にできないこともあったし…一緒にいられなかった時もあったけど。今はそんなことないからね」

そっと真琴の頭を胸に抱き込むように優しく包む。

「だから甘えてほしいし、言いたいこととか思ってることがあったらなんでも話してね」
「…なまえはいつの間にかすっかり男前になったね」
「逞しいでしょ?」
「うん、すごく」

真琴の前髪をよけて、額にキスをする。

「真琴、お誕生日おめでとう」

日付が変わって、一番に言いたかった。
腰に回された真琴の腕がぐいっとわたしの身体を引き寄せて「ありがとう」と唇と唇があわさった。

「あー…なんか、すごく幸せだ」
「うん、わたしも」

当たり前のことなんてなにもない。
一緒にいられる今も、笑って来週のことを話せる約束も、全部大切にして抱き締めて手を離さずにいよう。
小さな些細なことを積み重ねて、腕の中の幸せを守りたいな。
思うだけじゃ伝わらないから言葉にするよ。


「大好きだよ、真琴」








「あ、ねぇねぇケーキ持って来たんだけどいつ食べたい?」
「もしかしてあの白い袋に入ってたのってケーキ?」
「うん。勝手に冷蔵庫入れちゃった」
「だから揺らさないでって言ってたのかぁ」

本当はこんな雰囲気になる前に日付が変わったらすぐにお祝いして、ケーキを披露しようと思っていたのだけれど。
ベッドの中で真琴と向かい合うと、なるほどという表情で手を顎に当てた。

「もうこんな時間だし朝食べる?それはそれで重たいかなあ…」
「うんー…なまえが嫌じゃなければ今食べようかな」
「わたしは全然大丈夫、食べよっか」

すっかり夜も更けて、本当ならケーキどころか夜ご飯を食べることもはばかられる時間だったけれど今日くらい良いよね。

「じゃあコーヒーいれるよ。あ、ココアがいい?」
「誕生日なのは真琴なんだからわたしがやるよ」

ケーキとならコーヒーかなぁ、と言いながらベッドの下に置いた部屋着を探そうとくるまっていた毛布をどけようとしたら、近くにあった真琴のパーカーを「これ着ていいよ」とすっぽりと羽織らされた。
わたしにはサイズがかなり大きいから下は履かなくても大丈夫そうだ。

「俺は違うの着るから」

ゆっくりとした動作で真琴がわたしの髪を撫でる。
多分、さっきまで寝っ転がっていたからボサボサだったのだろう。

「ありがとう」
「うん、どういたしまして」

頭を撫でていた手がそのまま髪の先まで下りてきて、真琴の手が鎖骨を掠めた。
鎖骨から首筋、顎と今度は少しずつ上に移動した手がそっと頬を撫でて真琴の大きな手に包まれる。
真琴はまだ服を着ていなくて、水泳部のときから彼の肌なんて見慣れているはずなのに状況が状況だけになんだか照れくさくて「えへ」と誤魔化すように笑ったらついばむみたいなキスが降ってきた。
ちゅ、ちゅ、と何度も触れるだけのキスをして、ぎゅっと抱き締められる。

「…ケーキ食べよっか」
「…うん」

離れがたい、とお互いにきっと思っていて、もしかしたらケーキはやっぱり朝になるかなぁと真琴の背中にそっと手を回した。



(2018.12.04.)



まこちゃんお誕生日おめでとうでした。
盛大な遅刻ごめんなさい。
ふたりが観ているのはhpの死の秘宝です、ちょうど放送してたので…笑。








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