3

ピンポーン


家のインターホンが鳴って、重たい瞼をなんとか開けようとするけれど眠気と重力に勝てない。
宅急便かな…といつもの青いボーダーのポロシャツを着た爽やかなお兄さんを思い浮かべて心の中で謝った。
ごめんなさいお兄さん、不在票入れておいてください、わたしは眠いです。
だって今日は珍しく部活がない土曜日なんだもん。
もう少し寝ていたい。
そしてまたベッドに沈んだ、けれど。

ピンポンピンポーン、と今度は連打だ。
宅急便のお兄さんはきっとこんなことしない

誰?!とモニターをろくに確認もせずに勢いよくドアをあけたら「お、やっぱ寝てたんだろ」と呑気なことを言う凛が立っていた。
お前モニターくらい確認しろよな、とわたしの様子を見て察したらしく呆れた表情で言われるけれど寝起きの回らない頭でした行動なんだから仕方ないし携帯に連絡くれたらよかったのにとまず文句が出てしまう。

「寝てたよ!あんな押し方して親しかいなかったらどうするつもりだったの?!」
「さっきおばさんたちが出かけてくとこにすれ違ったんだよ」

無理矢理起こされた苛立ちと、休みの日だからって寝すぎだろとお小言を言ってくるやたら綺麗な顔を殴りたい…いや人の顔を殴ったことなんてないけれど。
幼馴染にそんなことされたらビックリして凛泣いちゃうんじゃないかな。
腹パンくらいにしておこうかな、なんて思ったところで凛の後ろに誰かがいることに気付いてドアを押して広く開き覗き込んだ、ら。
呼吸が止まるかと思った。

「…ひでえ顔だな」
「宗介…?」
「おう」
「…久しぶり」

二年ぶりに会ったのに第一声がそれってどうなの?
その後の「おう」っていうのもどうなの?
たったの二文字。
しかも久しぶりに会ったのにこんな寝起きの状態って、いくら幼馴染だからって恥ずかしい。
来るなら来るって言っておいてほしかったけれど、予告すると避けようとすることを凛は多分見抜いて突然の来訪にしたんだと思う。
大きく開いた玄関のドアを少しだけ引いて凛だけが視界に入るようにしてしまった。

「お前今日暇?」
「いえ、暇じゃないです」

本当はなにも予定なんてなかったけれど、今から二度寝しようと思っていた。
決して暇なわけではない。
凛の言葉に食い気味に返事をした。
暇だと言ったらそのまま家に居座られそうだもん、嫌すぎる。

「とか言ってまた寝るんだろ。出掛けんぞ」
「えぇ…まだ寝てたい…」
「はいはい。準備終わるの待っててやるから家入れろ」

凛はわたしの返事なんて聞く気もなく家に上がり込む。
勝手知ったるなんとやらというか、ずかずか進む凛とは違って宗介はまだ玄関にいた。
ここでバタンとドアを閉めてしまうほど人でなしではない。

「宗介もあがれば?」
「…お邪魔します」

何を考えているのかよくわからない顔で見下ろしてくる宗介にかけた声は我ながら消え入りそうだった。



「ねぇ、どこ行くの?目的地によって着る服変わるんだけど」

我が物顔でソファに座る凛に聞けば、近くのショッピングモールの名前が出てきた。

「宗介、こっち来たばっかで部屋になんにもねーんだよ」
「寮だからそんなに困ってないけどな」
「本人が困ってないと言っていますが…」
「いや、俺のもん色々使ってんだから正確には困ってんのは宗介じゃなくて俺だな」
「…わかった、準備してくるね」
「おう、五分な」
「いやいや、どう考えても五分は無理です」

寝起きの状態から五分で出かける準備ができる女子がいると思う?
自分で言うのも恥ずかしいけど寝癖ついてるしまだ顔も洗ってないんですけど。
……こんな状態で久しぶりに会ったとか本当最悪すぎる…。

と言っても待たせるのはやっぱり悪いから、急いで顔を洗って寝癖を直しながら何を着るか頭の中で服を組み合わせる。

お買い物、かぁ。
考えてみたら三人で遊ぶのは小学生以来で、小学生のときの遊びなんて外で鬼ごっことか、誰かの家でゲームとか。
そんなことしかしてなかった気がする。

(…何着よう)

結局ワンピースに薄手のカーディガンを羽織る無難な格好に落ち着いた。
これにローヒールのパンプスでいいかな、きっとたくさん歩くだろうし。



「お待たせ」
「おー待った待った。江もそうだけど、女子って何にそんな時間かかるんだよ」
「突然来といてそれはなくない?!髪とかメイクとか、いろいろだよ」
「…喧嘩してないでさっさと行くぞ」

呆れ顔の宗介に、喧嘩じゃないし!凛の理不尽に言い返しただけだし!と心の中で言いながら三人で電車に乗って、ショッピングモールに向かった。



「…で、なに買うの?」
「あー別に欲しい物とかなくて困ってる物もねぇんだけどな」
「なんかあるだろ、服とか筆記用具とか」
「てかわたし来る必要あった…?」

別に来るのが嫌だったとかじゃなくて(もっと寝たいっていうのはあるけど)、単純にわたしがいないほうが二人ともやりやすいんじゃないかと疑問だった。
そう言ったわたしの顔をまじまじと二人が見て、宗介はふいっと目をそらしたと思ったら凛が小さく溜息をはいて言った。

「お前こうでもしねぇと俺らに会わねぇだろ」
「…そんなこと、」
「寮来いっつったのに来るどころか、あれ以来電話もメールも無視しやがって」

この前のお昼休みに凛から電話が来て以来、凛からの連絡をことごとく無視していた。
やっぱり、だからアポなしで家まで来たんだなぁ。

「…ごめん」
「つか宗介もなんか喋れよ。さっきから黙ってついてくるだけじゃねぇか」
「おー」

おー、じゃない。

凛が言う通り、宗介はさっきから全然喋らない。
わたしの両隣を凛と宗介が挟むようにして三人並んで歩いていたけれど、宗介がこんな調子だし、わたしはなんか気まずくて宗介のほうを見ることができない。
凛とわたしばっかり話していた。



「ちょっと休憩しようよ、喉乾きました」

目的もなく歩き回ったり、妙な気をつかったりで疲れてしまった。
部活で毎日泳ぎまくっている二人と違ってしがないマネージャーのわたしの体力なんてたかが知れているのだ。

「あ、じゃあ俺ちょっと本屋寄ってから行くわ。なまえと宗介は先にどっか入ってろよ」
「え、わたしたちも一緒に行くよ」
「いーよ。店入ったらどこ入ったかだけメールしとけよな」
「ちょっと、凛」

後ろを振り向かないでさっさと行ってしまって、でも宗介は動こうとしないからわたしも凛を追いかけられなかった。

「…」

どうしよう、気まずい。

「えーっと、どこ行く?スタバでいい?」
「おう」
「…宗介ってこんなに寡黙だったっけ?」

休日の昼間、ショッピングモールは家族連れやカップルでそれなりに混んでいた。
スタバまでの道を人の波をわけながら二人並んで歩く。
家の玄関で再会したときから思っていたけれど、宗介はすごく背が伸びた。
体つきも中学生のときとは全然違って、普段から岩鳶水泳部のみんなの鍛えた体を見てはいるけど、昔の宗介を知っているだけに、なんだか落ち着かない。

「なまえこそ」

名前、久しぶりに呼ばれた。
昔よりも落ち着いた低い声でぼそっと呟くように紡がれた自分の名前に、思わず宗介を見上げる。

「凛とは昔みたいに話すくせに俺にはぎこちないな」
「それは、宗介が東京行ってからずっと連絡くれないから」
「お前だってしてこなかっただろ」
「…水泳で忙しいのかなって、邪魔しちゃ悪いなっていう気遣いだよ」

東京に行ってしまった幼馴染。
水泳の強豪校にわざわざ行くくらいだ、わたしになんて想像もできないほど頑張っているに違いない。
甘えも妥協もしない。
宗介はそういう人。

目的地のカフェに着いて、三人で座れる席を探した。
「買ってくるから待ってろ」と言う宗介に、期間限定のが飲みたいとリクエストをして、凛にすぐ連絡を入れようと携帯をカバンから出す。
注文カウンターに並んでいる宗介のほうを見ると、周りよりも頭ひとつ分は飛び出ていた。

(一階のスタバにいるよ。早く来てね、っと)

送信ボタンをタップしたらすぐに「了解」と返事が返ってくる。
それを確認して携帯を仕舞い短く息をはいたタイミングで目の前にドリンクが置かれた。

「あ、ありがとう」
「疲れてるな」
「え?」
「溜息」

やばい、ばっちり見られていた。

「付き合わせて悪かった」
「え、ううん。久しぶりに三人で遊べて嬉しかったよ」

気まずいし疲れたしせっかくの休みに付き合わされたけど、また昔みたいに三人で会えたことは素直に嬉しかった。
宗介が買ってきてくれたドリンク代を払おうとしたら「いらない」と断られてしまった。
女の子にお茶をおごるなんて一体どこで覚えてきたのだろう。東京か。

食い下がったら「黙っておごられてろ」と言われてしまったから大人しく期間限定のイチゴのドリンクをいただいていたら、宗介がごそごそと何かを取り出した。

「そういえば、これ東京土産」

無造作にテーブルに置かれた小さな包み。

「え、今?タイミング違くない?」

だってお土産をもらえるなんて思ってなかった。
渡すにしても、もっと早い段階で、たとえばうちに来たときとかに渡すのが普通じゃないだろうか。
お礼も忘れてツッコみを入れると、「タイミング逃したんだよ、いらないなら返せ」とちょっと拗ねたように言うから慌てて包みを手に取った。

「いる!いります!…開けてもいい?」
「ん」

自分で頼んだコーヒー(生意気にもブラックだ、なんか大人に見えて悔しい)をすすりながら、ぶっきらぼうに返事をするのは多分照れ隠しだ。
東京のお土産ってなんだろう、東京ばななくらいしかわからないや。
あと今の流行りはスカイツリーの何かとかかな?
けどサイズ的にお菓子はないよなぁ。
なんてことを考えながら包装紙を丁寧に剥がしていく。

出てきたものは、繊細に編まれた紐のブレスレットだ。
ミサンガほどカジュアルではないけれど白や薄いピンク、それとエメラルドブルーの糸を細く編んでいて、ゴールドの小さな飾りが付いている。
大人っぽすぎなくてこれなら制服にも合いそう。

「わ…かわいい」
「女はなんでもかんでもかわいいって言うな」
「だってかわいい。綺麗な色だね、宗介の目の色と似てる」

東京っぽさは正直ないけど、それでも宗介がわざわざお土産を買って来てくれていたということが嬉しい。
早速つけようとするけれど自分ではうまくできなくて、唸っていたら大きな手が伸びてきてミサンガをわたしから奪った。

「つけてやる。右でいいか?」
「え、うん、右で…ありがと」
「なまえは昔から不器用だな」

知らない人みたいな手だ、と思った。

大きくてゴツゴツしている日に焼けた手が、繊細なミサンガをわたしの腕に結んでいる様子は、なにか特別なことをしているみたいで胸のあたりがきゅって鳴ったような気がした。

「…これ、俺とお揃い」
「え?そうなの?」

ミサンガの場合はペアとかって言うのかな?
それって彼氏がいる身としてはまずいのかな?
って、もうつけてしまったのに遅いんだけど。
パッと顔をあげたら目が合ったのに宗介はすぐにミサンガに視線を戻した。

「あと凛も。俺らのは男物だからもっとごついし泳ぐとき邪魔っつーかマナー違反みたいなもんだからつけられねぇんだけど」
「あ、凛もお揃いなんだ。なんかいいね、三人でお揃いってそういえば今までなかったかも」

凛も、と聞いてホッとしたのがバレたのか少し怪訝な顔をされてしまった。
けどそうか、二人はつけられないのかぁ。
せっかくのお揃いなのになんだか寂しいな、と思いながら右手につけられた真新しいミサンガを撫でた。


(2014.07.21.)
(2020.07.10.加筆修正)



凛ちゃんまだ本屋さんにいるのでしょうか、はよ戻って来い。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -