2.

少し前は学校から家に直帰する、ということは滅多になかった。
劇団に入ってからは稽古やらリーダー会議やらがあることが多くて、テスト期間になると太一や天馬に泣きつかれて勉強をたまに見てやったりあとは至さんに召集されたり、と早く帰る理由ができた。

寮に着いてから「ただいま」とまず談話室にいる奴らに声をかけるようになったのも自分らしくねぇなと思うけれど、言わないと監督ちゃんがうるせぇんだ。
あと寮にいることを伝えとかないと夕食がない。
食事担当の奴(主に臣と綴さんだ)は多めに作ってくれているらしいが男所帯だしすぐになくなる。


「ただいまー…、は?」

談話室へ続く扉を開けたらいつもと違う光景が広がっていた。

「あ、万チャンおかえりー!」
「おかえり」
「万里くん、おかえりなさい!」
「……」

太一がすぐに顔をあげて天馬は誰かのノートを必死に写している。
咲也は俺と同じ時間に学校が終わっているはずだから帰ってきたばかりなのか、カバンを脇に置いて麦茶を飲んでいるところだった。
兵頭は無視だ、クソむかつく。

そんないつもの談話室、そこにいるはずのない人物がいたのだ。

そいつは俺のことを視界に入れたあと目を丸くさせてすぐに隣に座っていた兵頭の制服のシャツをくいっと引っ張り兵頭の名前を呼んだ。
さっきまで笑ってたくせに俺を見た途端に顔をしかめて、なのに兵頭を見る目は信頼しきっているようで、クソ腹立つな。
自分のこめかみがひくついたのがわかった。

「十ちゃん」
「あぁ…俺の部屋行くか?」
「オイこらお前の部屋は俺の部屋でもあんだよ」
「デカい声出すんじゃねーよ。椋の部屋借りるか…」

いつもなら俺が何か言えば掴みかかってきそうな勢いのくせにこの女がいるとこうも大人しくなるものか。

「うん、ごめんね」

そう言うとテーブルに広げていたノートやら教科書やらをまとめ出す。
つーかこの女、俺のことガン無視かよ。

「えー!なまえちゃん、別の部屋行っちゃうんスか?!」
「万里さん一体何したんだよ」
「太一くんも天馬くんもごめんね、教えるって言ってたのに…」
「……つか俺、部屋行くから」

別に談話室で過ごそうと思ってここに来たわけではないし。
今は俺がいないほうがいいのだろうということくらいわかる、腹立つし癪だけれど。
前髪をかきあげてわざとらしくデカい溜息を吐いてやる。
どうやらこの女に太一と天馬は勉強を見てもらっていたのだろう。
O高はテスト期間が始まるのが花学よりも早いと騒いでいた気がする。
この女も、今は私服だけれどO高の生徒なんだろうか。

「えっ、」

俺がカバンを肩に持ち直して談話室を出ようとしたところでなまえ(下の名前しか知らねぇからこの呼び方は不可抗力)が俺に向かって声を発した。
背中に受けた小さい声はしっかり耳が拾ったけれど無視してやった。
こいつだってさっきまで俺の存在ガン無視だっただろ。

バタン、と談話室の扉を後ろ手で閉めたら思いの外デカい音が鳴ってしまった。



…なんであいつまた来てんだよ。
俺と顔合わせてあんな態度になんなら確実に俺がいねぇ日にしろよ。
部屋に着いて学生カバンを床に投げつける。
前の時のようにゲーセンにでも行こうかと思ったがもう出かけるのも面倒でスマホ片手にロフトのベッドに転がった。

夕飯の時間まで寝ようかと思ったのに苛立ちのせいか眠気が全くやってこなくて、臣が「飯だぞ」と呼びに来てくれるまでソシャゲのイベントにいそしんでしまった。
寝転がっていただけなのにしっかり腹は減るんだよな。

頭をガシガシとかきながら談話室に行くと先程談話室で勉強をしていたメンバーや学校終わりの一成が既にダイニングテーブルについていたけれど、そこに兵頭はいなかった。

「あっ万チャン!寝てたんスか?」
「いや、ゲームしてた」
「花学もテスト期間入ったのに余裕ッスね、さすが万チャン」
「…つーか兵頭は」
「十座くんならなまえちゃん駅まで送りに行ったよ」
「へぇ」

監督ちゃんが俺の前に飯の入った茶碗を置きながら言う。

「万里くん、今日はちゃんとなまえちゃんに挨拶できた?入寮の日に会って以来でしょ」
「あー…まぁ」
「まぁって、万里さんろくに挨拶せずに部屋向かっただろ」
「えー!なまえちゃんこれからも何かとカンパニーに出入りある子だから次に会ったら挨拶してね」

天馬にバラされたら監督ちゃんがおおげさに声をあげた。
けれどそんなことよりも、何かと、出入り?
兵頭の女だからって寮の奴らと親し気に話しているだけでも鼻に付くというのに、監督ちゃん公認とかなんなんだよ。

「寮にそんなしょっちゅう女連れ込んでいいのかよ、一応役者だろ」
「え?」
「だから。これから役者としてやってくっつーのに女なんて、」

別に彼女がいるとかそのせいで兵頭にファンがつかないかもしれないとかそんなことはどうでもいい。
だけどこの寮で、俺の前で、兵頭とあの女が一緒にいるということが腹立たしくて仕方なかったのだ。

「女って、なまえちゃん確かに女の子だけど…いとこだから…」
「は?」
「兵頭くんと椋くんとなまえちゃん、親戚なの。だから夏組公演のときから色々手伝ってくれてて」
「そうそう!なまえちゃん、ゆっきーの衣装の手伝いとか公演期間は物販のサポートとか大活躍だったよね〜!」
「だから仲良くしてね」

嘘でもいいから頷けばいいのかもしれないけれど、しかめっ面のまま箸を進めることしかできない。
程なくして帰ってきた兵頭の顔を見て思わず舌打ちをしたら左京さんに引っぱたかれた。



なんとなく険悪な夕飯を終えて(断じて俺のせいではない)皿を下げてから冷蔵庫を開けたら、大量のプリンが入っていた。
容器からして手作りだとすぐにわかる。
一人ひとつまで!とメモが添えられていて、これは監督ちゃんの文字だろうけれど作ったのは臣だろうな。
ひとつ手に取って、ソファに身を沈めると俺の後に続いて太一がプリン片手にやってくる。
兵頭はダイニングテーブルで食うらしい、プリンを持って少し嬉しそうにしている姿にぞっとした。
男がスイーツで頬緩ませてんの見たら誰だってそうなるだろ。

「うーん、うまいッスー!」
「おー美味いわ、臣ありがとな」
「いや、それ作ったの俺じゃないぞ」
「は?そうなん?」

じゃあやっぱ監督ちゃんか?
綴も飯はよく作るけれど、あいつは男飯みたいなもんばっか作るし。
監督ちゃんがカレー以外のもん作るなんて珍しい。

「これ、なまえちゃんからの差し入れッスよ」
「…は?マジかよ……」

それを知っていたら食わなかったのに、とはこの場では口に出さなかった。

「夏組公演のときもたまに差し入れくれたけど、最近頻度高めだよね!やっぱヒョードルのため?!」
「くぅーあんな可愛いいとこと仲良しなんて羨ましいッス!」
「…まぁ、昔から何かと甘いもん作ってくれるな」

夏組の時から出入りしていたから一成とも面識があるのだろう。
太一が出会ったのは俺と変わらない時期のはずなのに随分親し気だったな、と無言でプリンを口に運ぶ。
美味い。
美味いけれど。
あの女が兵頭を見上げる信頼しきっている顔と、俺を見る温度の低い視線を思い出すと胸くそ悪い。

「十ちゃんとなまえちゃん、たまにカフェにスイーツ食べにも行ってるんだよね!」
「椋…」
「えー!そうなの?!今度写真撮って来てよ、インステ映え間違いなしじゃん!」
「お前がその面で女とカフェで甘いもん食ってるとか笑える」
「なんだと?」
「んだよ、やんのか」
「わー!ちょっと万チャン落ち着いて!」

結局いつもの口論に発展したけれどプリンは全部食べた。



(2018.10.18.)





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