25.二度目の春

天気予報はあまり観ない。
家でテレビが点いているときにニュースでたまたまやっていたら観るくらいだ。
だけど昨日からテレビの話題は、台風のことで持ち切りだった。
東北には上陸しないらしいけれど雨風の影響は避けられないとか。
夜中から降り出した雨に、明日の通学電車が混みそうだなと憂鬱になりながら布団に入った。



「あ、白布。おはよう」
「おーおはよう」

毎朝バレー部の朝練があるから朝のラッシュよりも早い時間に電車に乗っているけれど、今日は天候の影響も考えていつもより少し早く家を出た。
早起きには慣れているけれど眠いものは眠くてぼんやりと歩いていたら、見慣れた横顔を見つけて眠気が飛ぶ。
考えることはみんな同じようで、駅の改札のあたりでみょうじに会えたのだ。
声をかけようとしたらみょうじが気配を察したのかパッとこちらを向いて表情をほころばせた。
風に吹かれた前髪を慌てたように撫でつけていて俺も少し笑ってしまう。

「え、な、なに?なんか変?」
「いや、なんでもない」

当たり前のように隣に並んで一緒に歩き出すけれど、みょうじは不思議そうに首を傾げていた。

「…うわぁ」

二人で改札を通り、ホームに降りたところでみょうじが隣で溜息交じりに声を吐く。

「電車、乗りたくないね…」
「だな」

ホームに人がぎっしりで、整列乗車のためにしっかり並んでいるけれど並んでいる全員が同じ電車に乗り込むのかと思うとみょうじが溜息をついたのも頷ける。

「学校休みにしてくれたらいいのに」
「こっちは雨風がちょっと強いくらいらしいからな」
「うー…まぁ部活はやりたいけど…」

学校が嫌なわけではないだろうけれど、満員電車に乗りたくない気持ちはめちゃくちゃわかる。
こういうときは寮の太一たちが羨ましい。
唇を尖らせながらみょうじがまた前髪を撫でた。
いつも部活のとき以外は下ろされている髪の毛が今日は既に高い位置で結ばれている。
つむじのあたりでまとめられていて、風でぼさぼさにならないようにしたのだろう。

「髪型、珍しいな」
「雨と風でぼさぼさになっちゃうと思って、お団子にしてみました」
「似合う」

素直に褒めたら、さっきまで少しぶすくれていた表情が緩んで、ふわっと笑う。

「えへへ、ありがとう」
「おう」
「白布は湿気に負けないサラサラヘアーで羨ましいなぁ」
「そうか?」

みょうじがやっているみたいに俺も自分の前髪を摘まむ。
…まぁ、天気によって髪型がって悩んだことはない。

「シャンプー何使ってるの?」
「家にあるやつ」
「…そうですか……」
「俺がシャンプーとかこだわってたら変だろ」

電光掲示板に表示された時刻よりも遅れて到着した電車は予想通り混んでいた。
人の流れに乗って二人で乗り込むけれど後ろに並んでいた人にぎゅうぎゅう押されて奥まで押し込まれる。

「みょうじ、大丈夫か?」
「うん…なんとか」

向かい合う体勢でみょうじの顔が俺の胸あたりにある。
少し見上げられて、必然的に上目遣い。
混んでいる車内の気温は高くて、湿気も高いからみょうじの頬が上気して赤くなっている。
さっきシャンプーがどうのって話をしたせいか、みょうじからかすかに香る花のようなにおいがいつもより甘く感じた。

…そういえば前にも雨で電車が混んだとき、こんな状況だった。
あの時は付き合う前で少し距離が空いていてぎこちなかったけれど、今はみょうじも俺に身を預けるようにしているから遠慮なく支えてやれる。
この距離感が嬉しい。




白鳥沢の最寄り駅に着いても雨足は全く弱まっていない。
二人並んで傘を差して歩くけれど、横殴りの雨で話をするどころではないし、学校に着いたときには傘の意味ねぇだろというくらい二人とも濡れてしまっていた。
部活の朝練に合わせた時間に登校しているから、まだ人は少ない。

「ひゃー濡れたー」
「だなぁ」

エナメルバッグから取り出したタオルでみょうじの頬についた雨粒を拭う。
制服も濡れてしまっているけれど、どうせ今から部活で着替えるからまぁ大丈夫だろう。

「ありがとう」
「ん」

あー…ここが家なら抱き締めてた。
って何考えてんだ俺。

身長差があるのだから上目遣いになるのなんていつものことだ。
学校や部活で話すときは自然と公私の「公」のほうのモードになるというか、触れたいという感情はそこまで浮かんで来ない、のだけれど。
昇降口には誰もいなくて、降りしきる雨音しか聞こえない。

夏に付き合いだして、恋人らしいことをして過ごす機会なんて数えるくらいしかない。
登下校だってこうして偶然会えたとき一緒にするだけだ。
だけど二人でいるときのみょうじの表情は甘くて、見上げてくる瞳の奥は溶けそうだと思う。

部活に行かないなんて選択肢はもちろんないのだけれど。
だけどこのまま手を引いて、俺の腕の中に閉じ込めて、そしたらきっと戸惑ったみたいにちょっと微笑みながら俺の名前を呼んでくれる。

「白布?」

ほら、こんな風に。

「白布、どうしたの?寒い?」
「…なんでもない。大丈夫」

現実はこんなところで抱き締めることも手を繋ぐことすらできるはずがなくて、きょとんとした顔をするみょうじの前髪を撫でるだけで我慢する。

「…前髪乱れてた」
「えっありがとう」

みょうじが慌てたように自分でも前髪を直そうとして、みょうじの手と俺の手がぶつかった。

「白布、手ぇつめたい」
「みょうじも」

ぎゅっと、俺が我慢していたものを軽々と越えてくる。
みょうじの小さな両手に包まれた俺の手を見ながら、こいつは俺がさっきまでどんなことを考えていたのかなんてわからないのだろうと思った。

「…雨だと、手袋使いたくないんだよな」
「わかる、わたしも」

お互いに、クリスマスのときのプレゼントを思い浮かべたことは言わずともわかった。

「濡れて傷んだら嫌だなぁって」
「うん」

俺も、と言えばみょうじが笑う。

「へへ、そんなとこまで同じで嬉しいな」

嬉しいと言った表情も、寒さで白い息も、俺の手を握ったままの小さな手も、愛おしくて胸があたたかい。
二度目の春は、もうすぐそこまで来ている。



(2018.09.26.)

閑話。
短くてごめんなさい




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