24.溶けないで この気持ち

……どうしよう、結局声をかけずに帰ってきてしまった。
校門を出たとき、手には学校指定の通学カバンと白布に渡すはずだったチョコの入った紙袋。

(せっかく作ったのになぁ)

なんて、ため息を吐いたらなんだか涙が出そうだった。
渡せなかったのは自分のせいなのに。

明日渡す?
けど作ったのは昨日だし、手作りだからあんまり日が経ったものを渡すのは良くない気がする。
それに、バレンタインは今日だ。
学校も部活も休みで会えなかったならまだしも、ばっちり顔を合わせたし部員用の義理チョコならぬ義理クッキーは渡せたのに白布のために作ったチョコは手元に残ってしまった、なんて…片想いしているわけでもないのに。

家に着いて、お母さんの作ってくれたご飯を食べた。
あとはお風呂に入って宿題をやらなければ。

だけど頭の中はずっとチョコの、白布のことでいっぱいで、こんなの本当に片想いをしているみたいだ。

白布、お昼休みにもらったチョコもう食べたのかな。
もらったときどんな風に思ったのかな。
あの子以外にも白布にチョコ渡した子っているのかな。
もやもや、考えたって仕方がないのに。
渡せなかった紙袋は部屋の机の上にまだある。

……時刻は夜の八時半。
まだ今日だ、二月十四日、バレンタイン。
そんなにこだわる必要はないかもしれないけれど、渡したい。

なんで自主練終わるまで待っていなかったんだろうって後悔は、今日のうちに払拭しないといけない気がする。

家に帰ってすぐ制服から部屋着に着替えたけれど、また制服を着込んだ。
服を考える時間すら惜しいと思ったから。

バタバタと着替えて携帯をコートのポケットに突っ込む。
チョコの入った袋と自転車の鍵だけを手に持って家族に「ちょっと出掛けてくる!」と声をかけたら「こんな時間に?」と止められそうになったけれどわたしが手に持っているものを見たら何か察してくれたようで「気をつけてね」と見送ってくれた。
マフラーをぐるぐる巻きにして、クリスマスに白布にもらった手袋をはめて自転車を走らせる。



十分程で着いた白布家を見上げて、携帯を握りしめる。
さすがにおうちの人がいるであろう時間帯にインターホンを押す勇気はなくて、電話するしかないとは思うけれど、出てくれるかな。
お風呂とか、勉強中とか、もしかして疲れてもう寝てるってことだって…。

どうしよう、とおろおろしていたら少し遠くのほうから足音がしてきて反射的にそちらを向いた、ら。

「うちに何かご用ですか?」
「えっ」
「…もしかして、賢二郎の学校の子?」

なんでバレたの?!と思ったけれど、制服を着ていたら一発でわかることだった、我ながら慌てすぎ。
そんなことより、賢二郎のって、

「あの…白布くんのご家族ですか…?」
「うん。賢二郎の兄です」

社交的な様子は白布とはあんまり似ていないけれど、笑ったときに少しくしゃっとなる目元が確かに似ていた。

「わ、わたし、白布くんの、えっと、部活のマネージャーで…みょうじなまえです。あの、」
「みょうじさんね。とりあえずうち上がる?寒いでしょ」
「え?!」

ほらほら、と促されてガチャっと鍵を開けた扉に入るよう手招きされる。

「お、お邪魔します…」
「いらっしゃい。ただいまー」

どうしよう、有無を言わさぬ様子で家に上げていただいてしまった。
白布に似た顔でニコニコ笑われるんだもん、抗えるわけがない。
お兄さんの後ろについてリビングへ足を進めると、やっぱりというかなんというか、そこには白布のお母さんがいた。
中学のとき、部活の試合や卒業式でも挨拶をしたことがあるからお兄さんよりは緊張しないけれど、それでもこんな展開になると思っていなくて顔が強張ってしまう。

「おかえりなさい…え?みょうじさん?」
「お、お邪魔します!お久しぶりです」
「あれ?なんだ母さんと会ったことあるんだ」
「はい…中学も豊黒中で一緒だったので…」
「あぁなるほど。賢二郎もう部屋?呼んでくるからちょっと待ってて」

そう言うとお兄さんはリビングを出て行ってしまって、お母さんに座るよう椅子を勧められる。

「急にすみません」
「いえいえ。寒かったでしょう?お茶淹れるわね」
「えっあの、すぐに帰るのでおかまいなく…」
「そんなこと言わないで。久しぶりに会えて嬉しいわ。すっかりお姉さんになって」
「お、お姉さんですか…?」

思わず首を傾げてしまう。
中学の卒業式で少し顔を合わせて以来だったからお会いするのは一年ぶりだけれど、そんなに変わったかな。

「女の子はあっという間に綺麗になるわね。うちは男の子ふたりだから」

綺麗、なんてお世辞でも彼氏のお母さんから言われたら嬉しいし恥ずかしい。
自分の顔がボッと赤くなるのがわかった。
…白布のお母さんは、わたしが白布と付き合っていることは知っているのかな。

お話をしながら手際良く紅茶を淹れてくれて、ふんわりと良い香りがする。

「ミルクとお砂糖いるかしら?」
「あ、ミルクだけいただきたいです」

本当はお砂糖も入れたいけれど、さっきお姉さんなんて褒めてもらった手前なんだか子供っぽいと思われそうで遠慮してしまった。
淹れてもらった紅茶をありがたく頂戴していたら、ドタドタと足音がしてきてバンっとリビングの扉が勢い良く開いた。

「……なんでいんの」
「お、お邪魔してます…」
「ちょっと賢二郎、大きい音たてないの」

部屋着であろうパーカーとスウェットを着た白布はこれでもかってくらい眉間にシワを寄せてリビングに入ってくる。

「ごめんね、この子今日なんだか機嫌悪くて」
「母さん!」
「どうせ好きな子からチョコもらえなかったとかだろ。部屋にあんなにもらったチョコあんのに、お前もかわいいとこあるね」
「兄貴!!」

えーっと……好きな子って、わたし、だよね。
彼女だし、自惚れではないと思う。
だけど部屋にもらったチョコがたくさんあるっていうのは、ちょっと聞き捨てならなかった。
…白布、そんなにチョコもらったんだ……。

「みょうじ、とりあえず部屋行こう」
「えーお母さんもみょうじさんと久しぶりにおしゃべりしたいのに」
「兄ちゃんもかわいい女子高生とおしゃべりしたい」
「二人ともちょっと黙ってて。みょうじ、」
「う、えっと、はい」

白布の顔は相変わらず怖くて思わず敬語になってしまう。
先に部屋に向かってしまった白布に置いて行かれないように後を追いかけるけれど、ちゃんとお二人にはぺこっと会釈をしたらとってもにこやかに手を振ってくれてなんだかもう事情は全部バレているのではないかと思った。



リビングを出て廊下を進み、白布の部屋に招き入れられた。
初めて入った白布の部屋は彼らしいというか余計なものがなくて整理整頓って言葉がぴったりだと思った。
勉強机の上にはノートや教科書が開かれていて、さっきまで勉強していたのだろうか。

「白布…?連絡しないで来てごめんね…」
「いや…いいけど、どうしたの」
「あの、これ、渡したくて」

手に持っていた紙袋を差し出すと白布が驚いたように目を見開く。
…やっぱりこんなもののためにわざわざ来たのかって思われてしまったかな。

「チョコなんだけど、なんか今日渡しそびれちゃったから…明日でもよかったよね」

もう帰るね、と白布に押し付けるように袋を渡したら紙袋の持ち手と一緒にわたしの手まで掴まれる。

「もらえないのかと思った」
「え?」
「チョコ。みょうじからは部活の奴らと同じクッキーしかもらえないのかと思った」

手を掴まれたかと思ったらその手を引かれて、白布の腕の中に閉じ込められた。
あの、えっと、リビングにお母さんとかいるよ、としどろもどろに言うけれど白布は「うん」としか言わない。
そのまま、ただただぎゅうっと抱き締められて、わたしも白布の背中に手を回してパーカーをきゅっと握ってみた。
彼氏彼女になって結構経つけれど二人きりになることなんてあんまりなくて未だにドキドキしてしまう。

「あー…ごめん」
「うん?何が…?」
「俺全然余裕なくて」

余裕、なんて。

「謝るの、わたしのほうだよ。学校で渡せばよかったのに…渡せなくて、押しかけちゃってごめんね」
「いいよ。ビックリしたけど」

そっと身体が離されて、「座る?」と聞かれて頷いた。
手を引かれたまま白布に続いてベッドの上に座るけれど、なんだか白布が微妙な顔をした。

「あ、ごめん制服のまま…あんまり綺麗じゃないかも…」
「いや、そこじゃないから」
「え?」
「あー…うん、いいよ。気にしないで」

ベッドに座って、白布の部屋を改めて見渡すと部屋の隅にバレー部のエナメルバッグとその隣にいくつか紙袋が置いてあった。
紙袋から色鮮やかなリボンとか包装紙が見えていてそれが目に留まった瞬間に固まってしまった。
繋いでいた手に変な力がこもってしまったみたいで、「みょうじ?」と顔を覗き込まれる。
きょとんって効果音が似合いそうに首を傾げている白布に罪悪感と、また違う感情がむくむくと湧き上がってきた。

「チョコ…いっぱいもらったって本当だったんだね」
「あぁ、まぁ…」
「あのね、呆れないでほしいんだけど、」
「ん?」
「お昼休みにチョコ、もらってたでしょ?」

白布の色素の薄い瞳を見つめ返す。
至近距離で見ても整った顔立ちで、優しくて頭も良くて、バレーに一生懸命で。
わたしにはもったいなさすぎるような人だなぁなんて思う。

「やきもち、妬きました」
「……は、」
「なんてことないって顔してたけどすごく嫌で、それで勝手にもやもやして、チョコも渡せないまま帰っちゃって。別に今日渡せなかったからってなにって感じかもしれないけど、やっぱり渡したくて…」

正直に話しすぎたかな、ちゃんと伝わったかな。
不安ばっかりで白布の表情を窺えば手入れの行き届いた手で口元を覆っていた。

「…白布?」
「悪い、嬉しくて。みょうじって、妬くんだな」
「…人並みには……」
「そっか。いつも俺ばっかって思ってた」
「え?白布もやきもちなんて感情あるの?」
「なんだそれ。普通に妬くから」

えぇ…まさかの返答にぱちぱちとまばたきをしてしまう。

「男バレのマネージャーだから男に囲まれてるのは仕方ないけど、楽しそうに話してるときとかすげー気になる」
「そ、そうなんだ…」
「今日も購買で瀬見さんと話してんの見て焦った」
「チョコせびられてただけだよ」
「…あげたの?」
「バレー部の人にはみんな同じクッキーあげました」

そっか、と白布が少しだけ微笑んでわたしの髪を梳いた。

「俺は、普段そんな女子と喋んないからみょうじが気にしたり心配したりすることないと思う」
「…なのにこんなチョコもらうの…?やっぱりモテるんだ…」
「モテないから」

白布が女の子に告白された現場を見たことがあるし、春高で白布が試合に出て以来バレー部の応援や見学に来てくれる女の子の中に白布のファンの子もいることを知っている身としてはそんなのは信じられないけれど。
だけど白布がなだめるみたいにまた頭を撫でてくれて、それがくすぐったくて優しくて、もういいやって思えた。

「てか聞いてただろ?俺今日機嫌悪かったの、好きな子からチョコもらえなかったからだって」
「うん…」
「みょうじからもらえればそれで充分だから」
「…ん」

白布の顔が近付いてきて、唇に吐息がかかりそうな距離。

「来てくれてありがとう」

少しだけ首を傾けて、唇と唇が触れた。
音もせずに触れた柔らかさはすぐに離れていってその代わりにまたぎゅうっと抱き締められた。

「…こんな夜遅くに一人で来たのかって怒られるかと思った」
「あ、わかってたんだ。帰りは送ってくから」
「えっ悪いよ」
「悪くない。その分一緒にいられるし」
「…そっか」

白布の一見わかりにくそうでいて、すごくわかりやすい優しさにいつも甘えてしまう。
すり、と白布の首筋に頬を寄せたら背中に回された手がぴくりと動いた気がした。

「大好きだなぁ」
「……俺も」

白布の手が髪の毛を梳くように後頭部を撫でる。

「みょうじ」
「ん?」

名前を呼ばれて顔をあげたら、おでこにコツンと白布のおでこがぶつかった。
鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くて照れくさくて、くすぐったくて。
さっきからずっと顔が熱い。

もう一度ゆっくりと傾けられた白布の唇が触れる直前にそっと瞼を閉じた。




(2018.07.27.)


季節外れすぎますね



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