23.どんな景色を見ているの


「お疲れ様でしたー」
「おう、また放課後。授業遅れるなよ」

そんな毎朝のやりとりをして、ジャージから制服に着替えるために体育館を出ようと扉を開ける。
やってくるであろう外気の寒さに身構えていたけれど、ガラ、と開けた瞬間にいつもとは違う光景が広がっていた。


「若利くん!」
「牛島くん来た?」
「ってなんだ違うじゃん、マネージャーだよ」

なんだ、とは…。
一斉にこちらを向いた女子生徒たちが、出てきたのがわたしだとわかるとまた一斉にそっぽを向いた。

どうして女子がこんなに…と一瞬頭にハテナが浮かんだけれど、すぐに理由には行きついた。
今日は二月十四日、そう、バレンタインです。

うちのバレー部の人たちは、やっぱりモテるのだろう。
そうだよね、みんな良い人だし、バレーに打ち込む姿はかっこいい。

みんな手には小さな紙袋を持っていて、髪の毛やお肌がつやつやしている気がするし(普段の彼女たちがどんな様子なのかは知らないけれど)、そわそわしていて楽しそう。
寒い中、朝早く待っていたのに全然苦じゃなさそうに見えた。
浮足立ったように見える表情になってしまうのはわかる気がする。
恋をしている女の子はみんなこんな風に甘い雰囲気を纏うものなのかな。



お昼休み、友達と飲み物を買いに行こうと教室を出たところに隣のクラスの扉を覗き込んでいる女の子がいた。
その子の手には朝見た女の子たちと同様小さな紙袋。
それだけで彼女の目的がわかってしまう。
相手が誰なのかまではわからないけれど。

義理かな、本命かな。
本命だったらこんなところで渡さないか、と思うけれど義理のフリした本命ってこともあるもんなぁ。

ふ、と横目で女の子がチョコを渡す相手を見てしまったのだけれど、あぁ見なきゃよかった。

「白布、はいチョコだよー!」

ビックリして自分の目が丸くなっているのがわかる。

「あぁ…、」

視線を感じたのか、女の子からわたしに白布の焦点が移って目がばっちり合ってしまった。

思わずそっぽを向きそうになったけれどグッと堪えて、固まりそうな表情筋を動かして笑顔で手を振った。
だって、目をそらして嫌だなって本音を表情に出したら、やきもちが態度に出てしまったら、面倒だなと思われてしまいそうで。

手を振ったら今度目を丸くしたのは白布で、振り返してこそしてくれなかったけれど小さく頷いてくれたのが返事の代わりだった。
なんだかそれすら息を詰まらせる一因で、わたしの隣を歩いていた友達の服の裾をくいっと引っ張って早く行こうと促した。
背中越しに「ありがとう」という白布の声が聞こえてきて、女の子にチョコのお礼を言ったのだなぁと考えなくてもわかってお財布を握る手に力が入った。

…もらったものにお礼を言うのなんて当たり前で、むしろお礼も言えないような人だったら見損なってしまう。
だから白布が言っていた「ありがとう」は正しい。

「なまえ?どうした?」 
「えっ、ううん。なんでもない」
「さっきの白布、気にしてる?」
「…気にしてない」
「白布って他クラスの女子と絡みあるんだね、ちょっとビックリ」
「ね、知らなかった」
「まぁ委員会とか、いろいろあるんじゃない。友達少ないよりいいじゃん」

気にしてないって言ったのに。
友達にはそれが強がりだと言わなくてもわかってしまうんだな。

「あー……わたしって心狭い」
「気にしない気にしない。義理ですって感じだったじゃん」
「そうかな」
「そうそう。ねぇ、バレー部って部員に配ったりすんの?」
「うん。昨日作ったよ、結構な重労働だった」

白鳥沢男子バレー部には毎年マネージャーから部員たちにバレンタインチョコを渡す伝統がある。
とにかく部員数が多いから一人で作るのは無理があって、三年の先輩マネージャーが推薦で大学進学を決めていたから「三年生の分は作るよ」と言ってくれて助かった。
三年選手も推薦で大学を決めた先輩が多くてOBとして部活に顔を出してくれているのに、そんな先輩に「引退したからチョコはありません」なんてわけにもいかないもんね。

白布には、部活用のものと別にちゃんと用意した。
部活のみんなには一度にたくさん作れるクッキーと、白布には焼き菓子を焼いている間の時間を使ってトリュフ。
いつ渡そうかなぁ、部活終わってから待ってていいかな。
一緒に帰る約束なんてしてなくて、昨日のうちに連絡しておけばよかったかなぁ。

さっきまで全く悩んでいなかったことが急に気になりだしてしまって、少し俯いて歩いていたらぽすんっと誰かの背中にぶつかった。
いつの間にか混んでいる購買のあたりに着いていたらしい。

「っ、ごめんなさい」
「あぁ、いや…ってみょうじじゃん」
「瀬見先輩!」
「…なんかあったのか?」
「え、」

大きな背中だな、と思ったら瀬見先輩で、なんかあったのかと聞かれたと思ったら大きな手が顔の前に迫ってきて指で眉間をぐりぐりと押される。

「ちょ、先輩なんですか?」
「いや難しい顔してるから。どうした?」

痛いです、と瀬見先輩の手を取って我ながらむっとした顔で先輩を見上げたら、本当に心配してくれているような表情をしていて少し驚いた。

「どうもしないです。ちょっと考え事してて」
「ならいいけど。てかみょうじ、なんか俺に渡すもんないの」
「チョコなら部活のときに渡しますよ」
「情緒のかけらもねぇな…」
「チョコせびる人に情緒とか言われましても」
「まぁじゃあ部活んとき楽しみにしてるわ」

わしゃわしゃと先輩の大きな手がわたしの頭を撫でた。
瀬見先輩って本当に人の頭撫でるの好きだなぁ。
うん、なんかちょっと気分が晴れたかもしれない。

「みょうじ!」

髪の毛ぼさぼさになる…と思いながらも大人しくされるがままにしていたら人混みをかきわけるようにしてさっきも会った(というか視線を交わした)白布がこちらに早足でやってきた。

「白布、」
「さっき悪かった」
「ううん。何が?」
「おーい俺のことは無視か」
「瀬見さん、お疲れ様です」
「心こもってねぇな」

瀬見先輩が苦笑いしながらも「また部活でな」と手を振って友達と思われる男子生徒たちに合流していった。
わたしも友達を待たせてしまっていたから「ごめんね」と謝ったら「全然いいよ、買ったら先に教室戻ってるね」と彼女も人混みに消えて行ってしまった。
…気をつかってくれたのはわかっているんだけれど、白布とここで取り残されるのは今はちょっと、どうしたらいいのかわからない。
追いかけて来てくれたのかなって嬉しい気持ちもあるけれど、何を言えばいいのだろう。

「…えっと、白布、今日は購買なの?」
「いや、学食。みょうじは?」
「わたしはお弁当なんだけど、飲み物買いに」
「そっか」
「うん…学食早く行かないと席なくなっちゃうよ?」

あ、これは早く行ってくれと言っているみたいでちょっと感じ悪かったかもしれない。
けど言ってしまったものは仕方ないしなって白布のほうをチラッと見たら顔をしかめて眉間にぎゅっとシワが寄っていた。
部活中はわりとよく見る表情だけれど、二人で話しているときにはあんまり向けられない顔。

もしかして追いかけて来てくれたのかな、なんて思ったけれど。
一年の教室から学食に行くにはこの場所が通り道だし、白布はただ通りかかっただけで、そこにわたしがいたから声をかけてくれただけで。
…あれ、なんでわたしこんなにモヤモヤしているんだろう。

「じゃあ、また部活でね」
「…あぁ」

ここに留まっていても他の生徒の邪魔になるし、なんとなく白布のほうをまっすぐ見られなくてそう切り出して、ろくに白布の目を見れずに購買を後にした。

飲み物を買い忘れたことには教室までの道のりで気が付いて、結局また購買まで戻るはめになったのだけれど。








部活の全体練が終わったタイミングでマネージャーが「選手のみんなに」と言ってかわいらしくラッピングされたお菓子を配ってくれた。
一年と二年の分はみょうじが作ってくれたらしく一人一人に手渡しして「いつもありがとう」なんてお礼を言っている。

「俺らももらいに行こうぜー」

太一に声をかけられてみょうじのほうへ向かうけれど昼の一件があったから少しみょうじの顔色を窺ってしまう。

「白布と川西くんも、どうぞ」
「サンキュー」
「こちらこそいつもありがとね。白布も、はい、これ」
「ありがとう」
「うん」

みょうじから手のひらの上にちょこんと乗せられたクッキーはプレーンとココア味らしい。
これだけの人数分を用意するのは大変だっただろうな、と今も残りの部員に配っているみょうじを見ながら思う。

「なぁ、お前らなんかあった?」
「……はぁ?」
「あったんだな、わっかりやす」
「いや、別に…」

何かあったかと聞かれれば、何もない。
昼休みに他クラスの女子からチョコをもらっているところを見られた、それだけだ。
たまたま廊下にいたみょうじとその時に目が合って、勝手に気まずいと思ったけれどみょうじはいつもと変わらない様子で。
思わず追いかけた先でみょうじが瀬見さんと仲が良さそうに話していたのだっていつも通りの光景だったのに、妙に焦ってしまって空回りってこういうことだなと昼に食べた生姜焼きが消化不良を起こしそうだった。
変に気にされたら困るけれど、何も思われないのも…寂しいというか拍子抜けというか、何もないのはいいことのはずなのに。

「まぁいいけど。今日は自主練してくん?」
「あー…うん、サーブ練したい」

太一が意外そうに目を見開いたから「なに」と返したら、「クリスマスんときみたいにみょうじと帰るのかと思って」と言う。

「今日は特に約束してない」
「なんだ、もうチョコもらったんだ」
「……まだだけど」

まだ、とか言ってしまう時点で期待しているのがバレバレだ、かっこ悪い。

「まぁみょうじのことだからなんも言わなくても帰り待っててくれんじゃねぇの」

うん、俺もそう思う。
…なんて、自分から何も言わずにいるのはみょうじへの甘えだったのかもしれない。



結局体育館を使える最終下校時間まで自主練に励んでしまって、体育館の外は真っ暗だった。
体育館を見渡しても、片付けのために用具入れの倉庫に行っても、部室棟に行っても、みょうじの姿はない。
連絡が来ているだろうかと部室のロッカーを開けてすぐに携帯をチェックするなんてらしくないことをしたけれど、なんの連絡もない。
もしかしなくても先に帰ったのだろうか。

マネージャーが自主練に付き合うかは日によって違うし、残っていたとしても最後までいるかだってその日による。
先に帰るときにわざわざ全員に「お先に失礼します」なんて言う必要だってない。

だけど、そうか、帰ったのか。

昼から抱えていたモヤつきが腹のあたりに落ちてずしんと重たい。
足におもりがついたみたいでいつもよりも帰り道が億劫で仕方なかった。




(2018.07.27.)

続きます



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