5.見えない星にのせた想い

『ストバス?』

携帯から聞こえるみょうじさんの声は、無機物を通しているとは思えないくらい柔らかく鼓膜を震わせる。

「そう、ストリートバスケ。今度の土曜に俺と黒子っちとか知り合い集めてやるんだけど、みょうじさんよかったら見に来ない?」

みょうじさんと連絡先を交換して早一か月。
毎日メールのやりとり…なんて期待できるような展開になることはなく、電話もあの日、連絡先を交換した日以来だった。
学校も違うししょっちゅう会えるわけではなくて、実はそれ以来会えていないのが現状で、それを嘆いていたら黒子っちが「だったら今度のストバス誘ってみたらどうですか?」と提案してくれたのだ。
やっぱり黒子っち最高に優しい!
持つべきものは親友っスね!

『でもわたし知り合い黄瀬くんと黒子くんしかいないよ、行ったら邪魔じゃないかな…』
「全然!邪魔とかありえないっスよ!誠凛バスケ部の人たち来るから監督もいるし、俺らの中学時代のマネージャーの子もいるし!」
『うーん…リコ先輩もいるなら…』
「じゃあ決まりっスね!いつも現地集合なんスけど…」

ちょっと戸惑いながらも来てくれるという意思表示を受けて、内心でガッツポーズをした。
いや、内心というか、電話越しで見えないのを良いことに盛大にした。
みょうじさんに会えると思ったら口もとが緩むのが自分でわかる。

『そうなんだ、場所とか黒子くんに聞いておくね』

決まったら連絡する、と言おうと思ったのにみょうじさんに先手を打たれてしまった。
携帯を抱えたままうなだれたくなるのをなんとか堪える。

「うん。俺から黒子っちにみょうじさんも来るって伝えておく」
『ありがとう!黄瀬くんに会うの久しぶりだね、はじめましての人も多そうだし緊張するけど楽しみだなぁ』

楽しみ、と言うみょうじさんの声が本当に弾んでいるように聞こえて「お、俺も楽しみにしてる」と言うだけなのにどもってしまった。
恥ずかしい。


約束を取り付けて、ちょっと世間話もしたいなーなんて思っていたのに「明日も朝練だよね?遅くまでごめんね」なんて天使のようなみょうじさんの発言で電話は終了してしまった。
俺のこと気遣ってくれるのはめちゃくちゃうれしいけどちょっと残念だ。

さっきの短い通話を思い出して、何度もやりとりを反芻して、苦しいくらいに胸がいっぱいになる。
電話を切ってもふわふわした気持ちが持続するからみょうじさんってほんと癒し系。
らしくないことばっかり考えてしまうけれど、これが恋ってやつなんだろうな…って乙女か。


…あー、ストバスめっちゃ楽しみだ。





土曜日の朝。
電話の着信音で目が覚めた。

「…もしもし?」
『黄瀬くん、おはようございます』
「黒子っち?おはよ、どうしたの」
『十時に駅でみょうじさんと待ち合わせをしているので、黄瀬くん迎えに行ってあげてください。僕は買い出しがあるので先に行っています』
「え、なに?みょうじさん?」
『よろしくお願いします。では』

かぶっていた布団をガバッと払いのけて、通話が切れた携帯を呆然と眺める。

今、なんて?

みょうじさんを迎えに行けって?

時刻は八時半。
急速に目が覚めていって頭が回転し始めた。
直接コートに向かうのであれば十分間に合う時間だったけれど、みょうじさんを迎えに駅に行くにはギリギリだ。

飛び起きてとりあえず壁にかけてある鏡を見たら今日に限って寝癖がついていた。

(…シャワー、浴びよう)

家からジャージで行こうかと思っていたけれど、私服で行くか?
だって休日会うのってよく考えたら初めてだ。
現地集合だったら最初からジャージでもいいけれど、駅待ち合わせでジャージってどうなんだろうか。
いや、でも私服って、なに着て行けばいいんだろう。
考えている時間なんてないけれど、適当な服で行ってダサいとか思われたら立ち直れない。

あぁ、もう。
とりあえずシャワーだ。

みょうじさんはなに着て来るかな。

余裕のない中でも、駅で待ち合わせなんてデートみたいだな、なんて考えてたら顔がにやけて仕方なかった。




「え、あれ、黄瀬くん?なんで?」
「おはよ。黒子っちじゃなくてごめんね」

駅前、改札を抜けてすぐのガードレールのあたりにみょうじさんが立っている姿を見つけてまっすぐ彼女に向かって足を進めた。

俺を見つけて驚いたように目を見開いてあたふたしているみょうじさんは、Tシャツワンピースの下にショートパンツをはいて、薄手のパーカーを羽織っている。
ストバスを見に来るという目的に合わせてか程よくカジュアルな服装。
やばい、私服もかわいい。

「黒子っちは買い出しがあるから先行くって」
「あ、だから黄瀬くんが…わざわざありがとう」

納得したように笑うみょうじさんの笑顔に朝っぱらから癒された。

「すぐにコート移動して平気?コンビニとか寄る?」
「ううん、大丈夫だよ」
「じゃあ行こっか」

みょうじさんと並んで歩くのは二度目。
この前は誠凛との練習試合の後で、すっかり暗くなっていたから明るい時間帯に一緒に外を歩くのは初めてでなんだか緊張する。

…今朝散々悩んだ俺の服装は、結局無難なジャージだ。
だっていつもストバスに行くときはジャージだし。
今日だけ私服で行ったら気合入ってんなって、黒子っちはともかく他の奴らに冷やかされるのは面倒だし、それをみょうじさんに見られるのは避けたかった。
いつか、俺もみょうじさんも私服で一緒に出掛けられたらいいな、なんて。

「今日ってうちのバスケ部と黄瀬くんと、あと中学のお友達が来るんだよね?」
「うん。秀徳高校と、桐皇学園の奴ら。あと秋田と京都の学校にも元チームメイトいるんスけど、今日は東京にいる奴らだけ」
「えっ秀徳の、バスケ部の人たち来るの?」
「?うん、」

そうだけど、知り合いでもいる?と喉まで出かけたけれど、後ろからかけられたやたらデカい声に遮られてそのまま飲みこんだ。

「あっれーなまえちゃん?!」

聞き覚えがありすぎる声で、聞き慣れないみょうじさんの名前が呼ばれた。

「高尾くん!」
「なんでなまえちゃんがこんなとこにいんの?しかも黄瀬クンと」
「誘ってもらって今からストバス観に行くところで…もしかして高尾くんも?」
「おー俺もストバス!ってか今日来る誠凛のバスケ部じゃない女子ってなまえちゃん?」
「じゃあ秀徳のバスケ部の人って高尾くん?」
「そうそう、あと緑間っつーメガネな!」
「え?メガネ?」

あの緑間っちと良好な関係を築いているのだから、相当人の懐に入るのが上手いんだろうとは思っていたけれど。
みょうじさんと親しげに話す様子に頭が警鐘を鳴らす。

「あのー…俺もいるんスけど」
「あーごめんな、黄瀬クン!はよー!」
「おはよーってそうじゃなくて、何、二人って知り合い?」
「おう!中学が一緒だったんだよな」
「そうなの、卒業以来だよね」
「連絡は取り合ってたけどなー」

中学が一緒なのはなんかもう予想通りだった。
卒業以来ってことはそこまで深い関係ではなかったんだなと柄にもなく安心したのに、連絡を取り合うような仲ではある、と。

「ウィンターカップは観に行ったよ」
「えっマジ?教えてよ!」
「わざわざ連絡したら集中力切らしちゃうかなって。それに、誠凛とはライバルなわけだし…」
「あー。なんかなまえちゃんらしーな」

さっき「俺もいる」と言ったばかりなのにまた会話に置いてけぼりだ。
なんだこれ。
心臓が締め付けられるみたいに息がしづらくて早くここから立ち去りたい。

「ってやべーそろそろ行かないと遅刻するな、行こうぜ」
「うん!黄瀬くんと高尾くんが知り合いなんてびっくりだなぁ」
「…まぁ、同じスポーツやってりゃこういうこともあるっスよ」

みょうじさんが俺を振り返りながら言う。

「そうなんだ、今日のストバスも楽しみにしてたんだよ」
「みょうじさん、バスケ好き?」
「うん。詳しくはないけど、観るの好きだなってこの前のうちと海常の練習試合観て思った」
「そっか」
「頑張って応援するね」
「…ありがとう」

できれば俺のことだけ見て、俺のことだけ応援してて。




(2018.07.07.)


気付いたら三年ぶりの更新でした…。
黄瀬くんと高尾くんサンド大好きです。



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