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三月に入り暦の上ではすっかり春だし少しづつ暖かくなってきた今日この頃。

先日行なわれた第一志望大学の合格発表はそっけないかなネット上での番号確認だった。
合格発表のためだけに東京へ行くことはできないわたしのような受験生にはありがたいけれど、自分の受験番号と共に表示された「合格」の文字を見てもあんまり実感がわかなかった。
発表からしばらく経ってから入学の為の書類が郵送されてきてようやく「あぁ、受かったんだなぁ」と気が緩んだのだろうか。

予定していた全受験日程を終えた今。
絶賛風邪引きで寝込んでいます。



『受験の疲れが出たんだよ、きっと。ゆっくり休んでね』
「ありがとう…」

受験が無事に終わって、今日は江ちゃんがみょうじ家に遊びに来る予定だった。
両親が一泊二日で出かけるというから江ちゃんも泊まりで。
それが今朝になって、両親を見送ってからどうにも調子がおかしいなぁと体温を測ったらしばらくお目にかかっていなかった高熱が出てしまっていた。

熱があるとわかった途端に具合の悪さを一気に自覚してしまうのはどうしてだろうか。
ふらふらとした足取りでなんとか自室に戻って、江ちゃんに電話をかけたら優しい言葉を返してくれて、「ごめんね」ともう一度謝ってから通話を終えた。

(せっかく久しぶりに江ちゃんとゆっくり話せる日だったのになぁ…)

合格発表を終えて、進路を決めたことを江ちゃんに伝えたらそれはもう喜んでくれた。
「おめでとう!」とわたしの両手を握って何度も言ったあと、「そうだ、」と目を輝かせたと思ったらこう続けたのだ。
「なまえちゃんとたくさん遊ばないと」と。

二人で日程を合わせて今日せっかく泊まりに来てくれることになっていたのに、本当に申し訳ないことをしてしまった。



通話を終えた携帯をローテーブルに置いて、ベッドに沈み込んだ。
このまま寝てしまいたい…だけどせめて部屋着に着替えなければ。
江ちゃんを迎え入れる予定だったから普段着に着替えてしまっていたのだ。
上半身を起こして緩慢な動きでなんとか着替えを済ませる。
脱いだ洋服は丸めてその辺にぽいっと投げて、とりあえず寝よう。
風邪薬あったかなぁ、病院…行くのもちょっと今はしんどいし、少し寝て起きてから考えよう。
土曜日にやってる病院って近くにあったかな。

……うん、起きてから調べよう…。





ピンポーン、


誰かが家を訪ねてきたことを表す音で目が覚めた。
かぶっていたタオルケットと毛布から顔を出して、逡巡する。

(…まだ起きたくない)

なんて思っていたらもう一度ピンポン、とインターホンが押されて渋々ベッドから這い出た。
人が訪ねてくるなんて江ちゃん以外に考えられないけれど、江ちゃんには連絡を入れたし、宅配便だろうか。
土曜日なのにお疲れ様です。

一応鏡で寝癖がついていないか、一瞬とは言え人様に会っても大丈夫な見た目だろうか、と確認をして部屋を出る。
のろのろと廊下を歩いて、自分の容態が大して良くなっていないことに気が付いた。
まぁ薬も飲まず、水分も摂らずにただ寝ていただけだし。
さっき時計をチラッと見たらベッドに潜ってからそう時間は経っていなかったから、良くなる要素はなかった。

「はい、」

と寝起きで掠れた声しか出ないなりにインターホンに返事をしたら、予想していた「宅配便です」という返事は返ってこなかった。

『なまえ?俺だけど…』
「俺、?」

働かない頭で一瞬ハテナが浮かんだけれど、『真琴です』と控えめに告げられた名前に熱がまた上がったような気がした。

「……、」

え?どうして真琴が?
返事をできずにいたら焦ったように真琴が声をあげた。

『なまえ?大丈夫?』
「う、うん、とりあえず開けるからちょっと待って」

鍵を開けて、少しだけ扉を開けて覗き見るようにしてそろりと顔を出したら本当に真琴がいた。
熱による幻聴ではなかったみたいだ。
久しぶりに会った真琴は変わらない様子で、だけど心配そうに眉を下げている。

「おはよう」
「お、おはよう…どうしたの?」
「江ちゃんになまえが体調悪いって聞いて…おばさんたちも今日いないんでしょ?」

控えめに笑う姿がなんだかひどく懐かしくて油断したら涙が出そうになってしまった。
涙腺が緩いのは、具合が悪くて心まで弱ってしまっているからだろうか。

パジャマだし一応鏡で確認はしたけれど寝起きだし、急に恥ずかしくなって俯くと、その拍子に少しクラっと立ちくらみがした。

「…ぁ、」
「なまえ!」

本当に少しよろけただけなのに真琴が腕を掴んで支えてくれる。

「ご、ごめん…」
「大丈夫?」

聞かれた言葉に大丈夫、と返そうとしたけれど掠れた声しか出なくて真琴が眉をしかめた。
立ちくらみも掠れた声も寝起きのせいだと思うよって言おうとしたのに、それを伝える前に掴まれた腕が背中に移動してそっと押される。

「少しだけあがってもいい?すぐに帰るから」

そう言う真琴に「大丈夫だから」と返したけれど、真琴が眉間のシワを深くした。
と、思ったらふわっと身体が軽くなって抱きかかえられていることを理解したときには真琴が玄関の扉と鍵を閉める。
わたしのことを抱えながらなのに、器用だなぁなんて呑気に考えてしまうからやっぱり熱のせいで頭が回っていないのかもしれない。
身体が熱いのだって、体調のせいだ。

「ごめん、部屋入るね」

真琴は迷うことなく階段を上ってわたしの部屋へと向かう。

あ、待ってさっき脱ぎ捨てた服そのまま床に置きっぱなしだ…なんて止める暇もなく開けっぱなしになっていた扉を通り抜けてしまう。
さっきまで寝ていたベッドにそっとおろされて、しっかり掛け布団もかけてくれた。

「…ありがとう」
「ううん。これ、飲み物とかゼリーとか買ってきたから…あとお粥。インスタントで悪いんだけど」

真琴が手に持っていたビニール袋を掲げながら「病院行った?」と聞いてくる。

「まだ…病院行くのもしんどくて、とりあえず寝ようかなって」
「そっか。市販の薬も買ってきたんだけど…変に飲まないほうがいいかな」
「至れり尽くせり……」
「これくらいしかできないけど」

しゅん、と眉を下げる様子はさっきわたしを無理矢理抱きかかえた人と同じとは思えなくて、なんだか笑ってしまう。
迷惑をかけているのに笑える立場ではないのだけれど。
つい「ふふ、」と笑いが漏れたら真琴が驚いたように目を少しだけ見開いた。

「十分だよ、ありがとう。薬飲んでみるね」
「…うん。ご飯食べた?お粥作ろうか?」
「チンするだけだし、自分でやるよ」
「駄目、なまえは寝てて。これ飲んで待ってて。台所借りるね」

起き上がろうとした肩を押されてまたベッドに沈まされて、有無を言わさない真琴がビニールからポカリを出してベッド横のテーブルに置いた。
お母さんみたいだなぁと言ったら今度は不満そうな顔をされて、真琴のいろんな表情がこんなにころころと変わるのを見るのは久しぶりで少し嬉しくなった。

「…相変わらず心配性だなぁ、真琴は」
「相手によるよ」

それはわたしだからってこと?なんて、聞けるわけがない。
立ち上がった真琴はこっちを見ないで部屋を出て行ってしまった。

なんのしがらみもなく笑い合えていたあの頃が懐かしくてもう戻れない日に帰りたくなる。
もう大分吹っ切れたと思ったのに駄目だなぁ。
真琴の足音が遠ざかっていくのが、どうしようもなく切なくて寂しく感じた。



(2018.06.06.)



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