4.

試合の結果がいつだってドラマチックなわけではない。
金メダル候補と今シーズン言われ続けた選手が勝つことは当たり前かのように言われることもある。
だけど、万全の状態を保ちながら今日を迎えて、自分の持てる最大限の力をこの日この場所で発揮することは決して簡単なことではなかった。


「なまえ!」
「ユーリ、」

女子シングルのフリープログラムが全て終わった直後、インタビューエリアを抜けて、関係者やスタッフに労いとお祝いをされていたら人混みをかき分けてナショナルジャージを着たユーリが走ってくるのが見えた。

「やったな!」
「わっ」

走ってきた勢いのままに思い切り抱き締められる。
ユーリは息ひとつ切らせていなくて、だけど心臓の音がいつもよりも早い。

「おめでとう」

人が見てるよ、とか、メイクがジャージに着いちゃうよ、とか。
頭に浮かんでも言葉にならない。

「ありがとう。ユーリも、おめでとう」
「おう、ありがとう」

背中に回された手にぎゅっと力が入る。
答えるみたいにわたしもユーリの背中に手を回す。
キス&クライで点数と順位を見たときに溢れた涙は、インタビューを受けて自分の演技を振り返っているうちに引っ込んでいたのに、ユーリの温もりに触れたらまたじわじわとせりあがるものがあった。

「おい、場所を考えろ!フラワーセレモニー始まるぞ!」

べりっとユーリから引き剥がされて我にかえると背後にはスタッフパスを首から下げたヤコフがいた。
教え子二人が金メダルを獲得したからか、ヤコフの瞳にも涙が浮かんでいるように見える。


数日前に行われた男子シングルでユーリは表彰台の一番高いところに立った。
今シーズンのベストスコアを叩き出したフリーの演技は圧巻で、応援席で観ていて同じ競技者として鳥肌ものだった。
リンクで輝いていたユーリが、今はわたしの優勝を自分のことのように喜んでくれている。
もう一度だけユーリをぎゅうと抱き締めて「行ってくるね」と言えば名残惜しげに手を離してくれた。

「なまえ」
「うん?」
「…すげぇ綺麗だった。おめでとう」

綺麗だった、なんて。

ユーリに表現やスケーティングを褒めてもらえることはあっても、「綺麗だった」なんて言われたことはなかった気がする。
スケーター同士、つい演技を観る時は同じ競技者としての視点で観てしまうからだと思う。

言葉が出なくて返事をできずにいたら、「じゃあ、セレモニーもしっかりな」と頭をぽんっと撫でられた。
言うだけ言って長い脚をさくさく動かして行ってしまった。
きっとこの後のフラワーセレモニーもしっかり見届けてくれるんだろう。
観客席にいるナショナルチームの面々と観戦していたはずだから、そこにまた戻るのであろう金髪を見送った。


「…おい」
「ごめんね、そろそろ行かないとね」

ヤコフに声をかけられ、付き添われながらフラワーセレモニーのためにリンクへ戻ろうと踵を返すとたくさんの関係者の人がいた。

「うわぁ……」

見て見ぬフリをしてくれている人、微笑ましそうに見ていた人…様々だけれどさっきのユーリとのやりとりを見られていたのかと思うと恥ずかしさがこみ上げてくる。
四年に一度の大舞台で結果を残せたことによる高揚のせいだと思ってほしい。

「ニュースになっても知らんからな」

バックステージとは言え取材陣だっているんだからな、と呆れたようにヤコフが溜息をはいたけれど労うように優しく背中を押してくれる。
「スケーターがスケート以外のことでニュースになるなんてありえん」とか云々唸っているけれど、それはもう今更じゃない?
ヤコフの教え子といえば一番に浮かぶ皇帝ヴィクトル・ニキフォルフのお騒がせっぷりを思い浮かべて少し笑ってしまった。

「苦労おかけします」
「全くだ」

やれやれ、なんて言いながらヤコフが優しげに目を細めた。



(2018.05.19.)



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