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生まれた時からずっと見ていた景色、海が青く視界いっぱいに広がっていて空が高くて風が気持ちいい。
変わることなく在り続けてくれる世界は当たり前ではないことは、子供ながらにわかっていたつもりだった。



「…え、宗介が?」
『おう。帰ってきたんだよ。鮫柄に転校してきた』

しかも同じクラスだぜ?と話す凛の声は電話越しでも弾んでいることがわかる。

お昼休み、水泳部のみんなと屋上でお弁当を食べていたら珍しい相手から電話がかかってきた。
「あれ、凛からだ」と思わず声に出ていてみんなも「珍しいね」と不思議そうにしながらも出ていいよと言ってくれた。

凛と、今わたしの隣にいる江ちゃんの松岡兄妹とは幼い頃よく遊んだ幼馴染だ。
江ちゃんはお兄ちゃんっ子だからわたしが凛から電話だと伝えると目をキラキラとさせている。
みんなに断りを入れてから電話に出ると、凛が喜びを隠せないという声色で言った。
「宗介が帰ってきた」と。

聞き返した声は自分でもわかるくらいに弱々しくてつぶやきに近いものだったと思う。
だけど凛はちゃんと拾ってくれて、嬉しそうに話を続けた。
斜め前に座っていた真琴の方を見ることができない。

「そ、うなんだ…」
『なんだよ、反応悪いな』
「ごめん、ビックリして」
『だよな、俺もだ。今度休みの日にでもなまえも鮫柄遊びに来いよ。寮には入れねぇけど』
「うん…そうだね、合同練習の時にでも」
『それオフじゃねぇだろ…。まぁ宗介にも連絡するように言っておくな』

それはやめてほしいなぁと思ったけれどそんなこと言ったら凛にも岩鳶水泳部のみんなにも変に思われてしまうから飲み込んで、出来るだけ明るい声で「じゃあまたね」と電話を切った。


「宗介くんって、あの宗介くん?」

電話を切ったわたしに江ちゃんがすぐに聞いてくる。
わたしたちの知り合いに「宗介」という名前の人は一人しかいない。

「…うん、こっちに戻って来てるんだって」
「え?そうなの?」
「鮫柄に転入してきたって」
「そっか、だから合同練習の時にってなまえちゃん言ってたんだね!」

宗介くんの泳ぎも筋肉も一層磨きがかかってるんだろうなぁと江ちゃんが大きな瞳を輝かせているけれど、わたしはそれどころではない。

もう二年会っていないし連絡も取っていない相手。
オーストラリアに留学していた凛とだって、会えず連絡もたまに届く手紙だけ…という期間が長かったけれど宗介と凛とじゃ全然違う。
何がって聞かれたら明確にこうだと人に言えるような理由はないけれど、とにかくわたしにとって宗介はそんなに気軽に連絡をとろうとか地元に戻って来たなら会おうとか、そんなことができる相手じゃなくなっていた。


凛と江ちゃんと宗介と、わたし。
子供の頃は四人いつも一緒だった。
凛が風邪を引いて寝込んでいたクリスマスだって、江ちゃんと宗介と一緒になって凛のお見舞いと称して松岡家で遊んで、その次の日には全員そろって体調を崩した。
家族みんなで行った夏祭りでは宗介と二人で迷子になって泣いていたら花火が始まってしまって、大きな音と綺麗な花火に涙が引っ込んだこと、繋いでくれていた手に安心したことも覚えている。
家が近いからというだけで一緒にいられるって、今思えば特別なことだった。

中学に上がる頃に凛がオーストラリアに留学してしまって、わたしたちも中学生になると周りの環境がガラリと変わった。
私服から制服になって、出席番号が男女で分けられて。
休み時間はクラス全員でドッチボールや鬼ごっこで遊んでいたのに、教室で何組の誰がかっこいいとかって話をするようになって、宗介と廊下で話しているだけでからかわれるようになった。

今では部活のメンバーで男女関係なくこんな風にお弁当を広げているけれど、中学生にとって男女の違いというのはわたしにはすごく大きく感じた。
からかわれることが恥ずかしかったり面倒だったり、それもあるけれど。
多分わたしが宗介と距離をおくようになったのは怖かったから。
幼馴染だから一緒にいられた。
凛と江ちゃんがいたから四人で仲良くできた。
少しずつ変わる関係が、怖かった。
幼かったなと笑い話にできたらいいのに、それすらできそうにない。

宗介は東京の水泳強豪校に進学した。
「東京に行く」と硬い表情で告げられたのは中学三年生の三月のことで、もう何を言っても遅いのだということはわかった。
いつかこんな日が来ることは予想できたはずなのに宗介が遠くに行くとわかって「そっか」としか返せなかったわたしに、宗介もそれ以上は何も言わなかった。
あの息苦しさを今も覚えている。

わたしは岩鳶高校に入って、真琴に誘われて二年から水泳部のマネージャーになった。
水泳に関わることはどうしても宗介を思い出してしまうし最初は断ったけれど、眉を下げた真琴が「どうしてもダメ?」と本当に困っているように聞いてきて最終的に折れてしまった。
あんな目で見られて断れるわけがない。
おかげで凛と江ちゃんに再会できたし、水泳部の活動はすごく楽しい。


ふと江ちゃんから視線を真琴に移すと、眉を下げてわたしと江ちゃんの話を聞いていた。
あの頃、大切にできなかった自分の胸の奥にあった気持ちは、今は形を変えてここにある。

遊びに来いと言ってくれた凛の純粋な優しさが苦しかった。
宗介に会いたくないのかと聞かれてもうまく答えられない。
だって、自分でもわからない。
会いたいけど、会いたくない。
今のわたしを見たらどう思う?なんて言う?

水泳部のマネージャーをしていることも、真琴と付き合っていることも、自分の口からは言える気がしない。



高校最後の夏が始まろうとしていた。


(2014.07.12.)
(2020.07.08.加筆修正)

第二話に滾りすぎて書いてしまいました…。
肝心な宗介出てきてないですが。




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