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「なまえ、ユーリと噂になってるよ」
現役を引退してスポーツキャスターになったミラが、オリンピックの開会式に参加した選手陣を取材に来たときに爆弾を投下した。
マイクは向けられていないオフの状態でこっそり耳打ちされた内容に目を見開く。
「えっ、噂ってなに?」
「まぁ事実だから問題ないと言えばないと思うけど」
「いやいや、なにが?!」
冬季オリンピックは当たり前だけれど毎回寒い中で開会式が行われる。
支給された防寒性バッチリのアウターやニット帽に身を包みぬくぬくとしていたら、雪だるまみたいだとユーリに笑われてしまったけれど彼だって同じ服装をしていた。
記念に写真を撮ろうと言ったら「しょうがねーな」と言いながらもちゃんと撮ってくれたのは数時間前の話だ。
そのユーリと、噂って。
なにが?と聞いたけれど大体予想はついてしまう。
「付き合ってるんじゃないか、って。スケートファンの間で疑惑が出て、マスコミ関係者にも広まってるよ」
まぁ今更だよね、とミラがけらけらと笑ったけれどわたしは全然笑えなかった。
この大切な時期にどうして。
やることは変わらないと言っても、四年に一度の舞台。
気にかかることは少ないほうが良いに決まっている。
「ユーリは、知ってるのかな?」
「さぁ…けど変わった様子もないしユーリの耳には入ってないのかしらね」
それなら良い…いや、良くはないのだけれど。
スケーター同士の恋愛禁止なんてルールはないし疚しいことがあるわけではない。
噂の出所がどこなのか気にならないとは言わないけれど、今は数日後にあるオリンピックの舞台での演技に集中しないといけない。
ユーリだってそうだ。
自分で言うのもなんだけれどわたしのことを大事にしてくれているからこそ、彼の耳には入れないほうが良い気がする。
「…どうしてそんな話出たんだろう」
「心当たりない?」
「…ありすぎて」
そもそも、ノービスの時代からリンクメイトとしてやってきたしヤコフの元で共同生活だってしていた。
わたしとユーリ以外に同じように生活している選手は他にもいたけれど。
「この前、ユーリの練習風景を取材した特番やってたの、観た?」
「リンクで撮ってたときはいたけど、放送されたのは観てない」
「それに映ってたのよねぇ」
映ってたって、わたしあの日はユーリとは取材陣が来ていたときは話してない。
練習帰りに一緒に帰ったところを撮られていたとか?
でもそんなのいつものことだし今更…。
首をかしげるわたしに、ミラがまたぐっと身を近づけて耳に唇を寄せた。
「お揃いのもの、たくさん持ってるんですねって」
「え、」
「何を今更って感じよね」
はぁ、とわざとらしくミラが吐いた息は真っ白だ。
「ドリンクボトルとか、タオルとか。あとあの日、なまえが着てたレッスン着ってユーリも持ってるの?」
「…何着てたかすら覚えてないけどお揃いのレッスン着は何着か持ってる、かも」
と言ってもレッスン着なんて凝ったデザインのものは着ていなくて、なんの変哲もないシンプルなものが多い。
パッと見てお揃いかどうかなんて…わかってしまうのだろうか。
それにスポーツブランドのものが多いしスポンサーさんからいただいたものもあるから、ユーリ以外のスケーターともお揃いなんてザラのはずなのに。
わたしの表情や歯切れの悪さからミラも察してくれたようで、「まぁファンはそれだけ鋭いってことね」と苦笑した。
「前からちょこちょこ噂にはなってたけど二人なら納得、とか好意的な意見が多いみたいだから気にしなくていいんじゃない?」
「…だったらオリンピックが終わってから言ってほしかった……」
「あはは、ごめんごめん。けど出掛ける時とかは気にした方がいいよってこと」
ぽん、とわたしの肩を叩いて今度はカラッと笑う。
もう…と唇を尖らせるけれどお姉さん的存在のミラが心配してくれてることはわかったから何も言い返さなかった。
「あ、噂をすれば」
「え?」
「ユーリ!久しぶり、調子良さそうね」
「よう。当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ」
人の気も知らないでユーリがふんっと胸を張る。
「あとは宿舎帰って寝るだけよね?選手村どう?」
「まぁまぁだな。遊ぶもんは多い」
「そうなの!ゲームとかたくさんあってね、ご飯も美味しいよ」
「食べすぎんなよ」
「大丈夫ですーその分動きますー」
「そう。なら試合終わるまではあんまり出歩かずに済みそうね」
ユーリと観光くらいはしたいなって思っていたけれど、それも試合後の話だし。
ミラの助言の通り、選手村で大人しくしていよう。
(2018.03.31.)