1.

「ユーリ、お昼食べた?」
「食った」
「…なに食べた?」
「……」
「ユーリ?」
「…パン」

休憩室で休んでいたユーリに問いかければ言いづらそうに二文字だけを口にしてわたしから目をそらす。

「それだけ?ちゃんと栄養士の先生に用意されたもの食べなって言ってるのに」
「あーわかってるよ!今から食うつもりだった!」

ドン、とリュックからランチボックスを取り出したユーリが吠えるように叫んだ。
大きい声出さないでほしい。

わたしはコーチでもチームスタッフでもないけれど、幼馴染で恋人で、同じスケートリンクを拠点にしているユーリの様子はどうしたって気になる。
自らをアイスタイガーなんて言うくせにその実ナーバスなところもあるんだもん。
普段は練習が終われば「メシ!」とご飯をかきこむのに。

「なまえも飯食いに来たんだろ、さっさと食わねぇと時間なくなるぞ」

もぐもぐと頬に食べ物を詰めながら話す様子はまるで子供みたいだ。
食べ始めればいつも通りなその姿を見て安心する、口には出さないけれど。
細い身体のどこに入るんだろうと思うけれど美味しそうに食べるのだ。
ジュニアからシニアに上がって数年経ったけれどこういうところは変わらない。


ユーリとお揃いのリュックから、色とサイズ違いのランチボックスを取り出して向かいに座る。
そうするとユーリは満足そうに少しだけ頬を緩めて笑った。

一緒にいないと、ご飯をしっかり食べているのかもわからない。
依存とは違うけれど見ていないと不安なのは彼のためというか自分のためかもしれない。
…なんて、情けないけれど。


恋人になってから、お揃いのものが増えた。
毎日レッスン着を入れているリュック、栄養士の先生が美味しいご飯を詰めてくれるランチボックス、リンクサイドに置いてあるタオルやドリンクボトルも色違いのもの。
昔からのリンクメイトだから周りも何も不思議には思わなかったようだけれど、当の本人…ユーリはお揃いが増えるたびに嬉しそうに口元を綻ばせていた。
わたしも、特別が増えるみたいで毎日が色付くみたいで、むず痒いけれど嬉しい。


「ユーリ、午後は取材だっけ?」
「そう。めんどくせぇよな、オリンピックだからって騒ぎすぎなんだよ」

チッと心底嫌です、という顔をして舌打ち。
世界ランキング上位を常にキープしているのだからそれだけ注目度は高くて、ロシア以外の国からも取材が入るのは常だけれどオリンピックシーズンは殊更だった。

四年に一度のオリンピック。
大切な大会であることは間違いない。
だけどわたしたち選手側からしたらやることはいつもと変わらなかった。

「なまえは今日はなんもねぇの」
「うん、ユーリが撮られてるとき映り込まないような気をつけるくらいかな」
「なんだそれ」


取材と言っていたけれどインタビューはほとんどないようでユーリの練習風景を撮影しに来たようだった。
同じリンクにいるから完全に映り込まないのは難しいし、わたしがリンクメイトだということはスケートファンの方なら知っていることだから問題ないのだけれど、やっぱり少し気をつかう。

リンクサイドにいるコーチにステップについてのアドバイスをもらって、こくこくと頷いて了解の意を示しながらドリンクを飲んだ。
ふと息を吐いてリンクに目をやると、目の前でユーリが助走。
ザッと氷が削れる音がして、ユーリが飛んだ。
十分な高さがあるジャンプ、空中でくるくると回る。
女子にはまだ難しい四回転ジャンプ。
着氷の時にまた氷が削れるけれど、キラキラと氷の粒がユーリを纏ってそれすら美しく見えるのだから不思議だ。

毎日見ているのになぁと苦笑を押し殺していたら、カメラが直線上にあることに気がついた。

(え、この向きで撮ってるってことはわたし映ってるんじゃ…うわぁ……)

いや、さっきも言ったように別に何か問題があるわけではないのだけれど。
ただ自分用の取材ならもう少しきちんとメイクするのに、リップくらい塗り直しておけばよかったかも。

なんて、それくらいしかこの時は思わなかった。



(2018.03.31.)



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