くちびるにコスモス

「え?ジルとコラボ?」

公式から発表があってすぐになまえに報告をしたら目を丸くさせたあとすぐに「すごいね」と顔をほころばせてくれた。
リーダー会議で新規の依頼が入ったと監督ちゃんから話を聞いたときは俺も驚いた。
ブランドの十五周年を祝って晩夏にリニューアルする口紅のタイアップ企画としてうちの劇団にお声がかかったらしい。
名前くらいは俺も聞いたことがある有名ブランドで、華やかなブランドビジュアルは嫌いな女子のほうが少ないんじゃないだろうか。

「万里くんはどんな色なの?」
「あーなんかチョコレートコスモスとかいう色で、これだな」

スマホを操作して商品ページを見せると少し唇をとがらせた。

「……この色、似合うかな?」

色でいうと、咲也や紬さんのカラーは誰にでも似合う定番カラーだと思う。
俺のはけっこう濃い発色で、カシスを煮詰めたような色。
コスモスは俺のモチーフカラーだし、この色も自分で言うのもなんだけど俺っぽいと初めて見たときに感じた。
だけど、まぁなまえらしいかと聞かれると微妙かもしれない。
化粧品なんて好きな色のもんをつければいいと思うけれど似合う似合わないというのはあるのだろう。
なまえがここまで濃い色の口紅をつけているのは見たことがない。

「あ、至さんの色かわいい」

監督ちゃんからリーダー会議でこの話を聞いたときに真っ先に浮かんだのはなまえの顔で、カラーサンプルを見せられたときに俺のカラーはなまえは使わねぇかもなとは思った。
思ったけれど。
目の前でほかの男の色がかわいいと言われたらおもしろくない。

「……サンプルでもらったの持ってきたんだけど。いらねぇ?」

自分のカラーの口紅を一本、実はブランドからそれぞれプレゼントされていた。
もらってもどうしたらいいのかわからないと言っている奴もいたけれど俺はすぐに使い道が決まった。
正直、なまえよりも姉貴にあげたほうが活用してくれる気はする。
姉弟だけあって顔の系統が似てんだよな。
だけど、似合わないかもしれないと思ってもこれはなまえに渡したいと思ったのだ。
ご丁寧にしっかりギフトラッピングをされて贈られた口紅には俺の名前が刻印されているらしいし、そんなもん姉貴にあげるのも違うだろ。
通常であれば刻印のカラーは選べないらしいが、今回のコラボ期間だけ春夏秋冬のイメージカラー四色を限定色として取り扱ってくれているという。
改めてすげーキャンペーンだな。
俺が差し出した小さな箱をなまえの手のひらに乗せるとぱちりと目を瞬かせた。

「え、いいの?」
「おー。化粧品なんて自分で持っててもしょうがねーし他にあげる奴なんていねぇし」
「ありがとう、嬉しい」

さっきまで画面に表示されたチョコレートコスモスの色を渋い顔で見ていたくせに、一気に瞳が輝いた。

「開けてみてもいい?」
「どーぞ」

ブランドのイメージがぴったりのピンクの箱を開ければ、ピンクの薄い包装紙に包まれた口紅。
パッケージにこだわりが詰まっていて女子のドレッサーに置いてあったりポーチの中に入っていたりしたらそれはもうテンションがあがるんだろう。
(…と、撮影時に顔を合わせた広報担当が言っていた、そういうコンセプトらしい)
丁寧な動作で包装をといて、つやつやと輝く口紅を見たなまえは「わぁ…」と小さく声をこぼした。

「綺麗だね、ジルの化粧品って持ってるだけで幸せな気持ちになれそう」
「そりゃよかった」

こっちを見て、それはもうとろけそうに目じりを下げて笑いかけられる。
本当ならなまえの好きな色とか似合う色の化粧品をプレゼントしてやれたらいいんだろうけれど、自分の色をつけてほしいと思ってしまうのは仕方がないだろう。
フタをスライドさせるとブラックカシスが綺麗にカッティングされて筒の中に納まっていた。

「かわいくて使うのもったいないな」
「つけなくてもいいから持ってて。これ俺の名前入ってんだわ」
「え?わ、本当だ!しかも名前オレンジなんだね、秋組の色だ」

フタをくるっと回転させてまじまじと見ていて、持っていてほしいと思ったのは本当だけれど決して好みの色ではないだろうにこんなに喜んでくれるとは予想外だった。
さっき至さんの色がかわいいと言われたことなんてもうどうでもよくなってしまう。

「…つけてみれば案外似合うんじゃねぇの」
「そうかな?」
「貸してみ」

寮内での適切な距離を保って座っていたなまえのほうにぐっと寄る。
今更これくらいの距離に照れるような関係でもない。
貸せと言ったらすぐに渡された口紅を右手に持って、なまえの顎に左手を添える。
俺が何をしたいのかすぐにわかったらしいなまえが目を伏せた。
思いきりつけたら色が濃すぎてなまえの顔には浮くだろう。
とんとん、と唇の中央に色を乗せるようにするとぽっとチョコレート色が咲く。
上唇と下唇それぞれ同じように色を置いて口紅のフタを閉めて、終わったのかとこっちを見たなまえの頬を左手で包む。
空いている右手の親指の腹で色を広げるように唇を撫でた。

「……くすぐったい」
「喋んなって」
「うん」

ふにふにと柔らかい唇を弱く撫でるとなまえの瞳に違う感情が乗っかったのがわかる。
…そんな顔をされてしまったら、俺だってキスしてぇなと思うけれど口紅を塗っている最中にできるわけもない。
唇の中心が一番色が濃くなるよう、口角に近づくにつれて薄くなるように色を広げると撮影時にブランドのメイクアップアーティストが教えてくれたグラデーションリップができた。
初めてにしちゃうまくいったと思う。

「できた。鏡見るか?」

なまえの顎から手を離して、髪を撫でる。
どこかに触れていたいといつだって思っているけれど、親指についた口紅を拭くためにティッシュを取りに立ち上がるとなまえも俺についてくるように立ち上がって部屋の入口にある全身鏡の前に移動した。

「え、すごい…綺麗なグラデになってる、すごいね万里くん」
「まーな」
「メイクもできるなんて女子顔負けなんですが」
「てか本当に似合う色ならこんな工夫してつけなくてもいいんだろ、多分」
「うん、普段はぺっぺーって塗ってる」

言いながらなまえがしぐさで口紅を適当に塗っている真似をするから「なんだそれ」とまた髪を撫でると丸い目が細められる。
「似合う?」と言いながら見上げられて「俺のって感じがする」と抱きしめたら今度はなまえが「なにそれ」と笑った。

「落とすのもったいないね」
「また塗ってやるよ」

さっきと同じようになまえの小さな顎に手を添えて上を向かせる。
ふさぐように合わせた唇からはほのかに甘い香りがして、香りは全色共通だと聞いたけれどなまえの香水のにおいが混ざっているような気がする。
甘い、ずっとそばに置いておきたい香り。
唇を離してふと鏡を見ると、俺の唇にも色が移っていてこのまま部屋を出たら大変なことになるね、と今度はなまえが俺の唇を撫でた。



(2020.09.12.)


化粧品コラボ記念。






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