Happily ever after

※「春を待つ」の数年後です。
短編「メランコリックラベンダー」よりも後のお話。
連載を読んでいなくても問題なくお読みいただけます。
最終回を読む前に書いた捏造だらけのお話。



「なまえ、今年の夏休みなんだけど」

仕事から帰ってきて、手洗いうがいとシャワーを手早く済ませた賢二郎が食卓につく前に切り出した。

「うん?」
「七月末に取れることになった」
「わ、よかった!」

まだ研修医である賢二郎は職場でも新人だから、長期休暇や休み希望は先輩医師のみなさんが優先だと前に聞いたことがある。
病院勤務だから特別なわけではなくて、多分どこの職場も同じだろう。
わたしも夏休みの希望を提出するときは「先輩とかぶりませんように」と祈りながらスケジュール希望を書き込んだ。

「わたしも七月の最終週に夏休みもらえたよ」
「そっか、よかった」
「牛島さんチケット忘れてないかな…」
「さすがにないと思うけど…牛島さんだからな…」
「本人に聞くの図々しいよね、あとで大平先輩に連絡してみようかな」

お味噌汁とご飯をよそっていたら賢二郎が運ぶのを手伝ってくれる。
いつものことだけれど、ありがとうと伝えたら短く「おう」と返してくれる。
何気ない日常だけど好きな時間だ。

2021年の夏、今年の夏休みは特別だった。
今までは長い休みが取れたらどこか旅行に行くことが多かったけれど、今年は世界中から日本の東京に人が集まってくる。
四年に一度のスポーツの祭典、オリンピックのためだ。
東京でオリンピックが開催されるとわかってから、その年には自分は何歳だから…なんて計算をして子供みたいにあと何年、あと何日と楽しみにしていた。
だって、昔のチームメイト、今も尊敬している先輩の牛島さんがきっと絶対に日本代表としてコートに立つから。

白鳥沢学園バレー部に所属していた頃から、牛島さんは十九歳以下の日本代表に召集されていた。
ずっと最前線で戦い続けていた人。
才能努力センス、それからバレーへの愛情。
全部を磨いて日本代表に選ばれ続けてきた。
牛島さんは、わたしたちの誇りで自慢の先輩。
同じチームで戦っていた頃のことは大切な思い出できっと一生色褪せない。
真っ赤なユニフォームを纏って日の丸を背負う牛島さんは、それはもうめちゃくちゃにかっこいい。
その勇姿をこの目で見ないわけにはいかない。

オリンピックの自国開催なんて一生に一度あるかないかだろう。
賢二郎と東京に一週間のオリンピック遠征をすることは、どちらが言い出すでもなく自然に決まった。
予選を勝ち進むことができたらその次の週は…スポットで休みもらえるかな、頼み込むしかない。

「きっと烏野の人とか青城の人とか、みんな来るよね」
「あーだろうな」
「会場でバッタリ会えたりしないかなぁ」
「…会いたい奴なんていんの?」
「え?うーん…日向くん、は選手だから無理か。誰でも会えたら嬉しいかも」

日向くんは一年合宿で呼ばれていないのに勝手に来たことがあって、思えばあの時から普通じゃなかった。
…その前に白鳥沢は烏野に県大会決勝で負けてしまって、ちょっと日向くんめ、なんて思っていたんだけれど。
呼ばれていない合宿に乗り込んで、目的だったはずのバレーができないのに一生懸命で、その姿を見て「すごい子だなぁ」と月並みだけど驚いた。

「元気かなぁ、日向くん」
「どう見ても元気だろ。昨日のインタビュー」
「あぁ、うん。昨日のおもしろかったね」

ちょうど昨日、スポーツ番組でバレーボール特集が組まれていて。
牛島さん、影山くん、日向くん、それから及川さんの四人が座談会形式でインタビューを受けていた。
インタビュアーさんもいたけれど、このメンバーでうまくトークを回せる人なんているの?と思いながら見ていたら案の定たじたじで。
結局及川さんがなんとかまとめていたけれどVTR明けにMCさんが「いろんな意味でモンスタージェネレーションですね」と苦笑していた。
木兎さんが呼ばれていなくてよかったと直接の知り合いではないのに思っていたら賢二郎も同じことを言うから笑ってしまった。
賢二郎は木兎さんみたいなスパイカー苦手そうだなぁ。

「及川さんも相変わらずだったし、あ、そういえば昨日及川さんがチケット取るよって連絡くれたよ」
「…ふーん」
「牛島さんにお願いしてるので大丈夫ですって言っておいたけど、白布くんによろしくね、だって」
「おう。てか連絡いまだに来るんだな」

賢二郎がこっちを見ずにトマトを口に入れた。

「久しぶりだよ、来たの」
「なんでそんな気に入られてんの?」
「気に入られているわけでは…あ、見てこれ」

及川さんから送られてきた画像を賢二郎に見せる。
ご飯が終わったら見せようと思っていたんだけれど、どうやら少し機嫌を損なってしまったらしいから今見せてしまえ。
お付き合いも長くなったしこの年になってもやきもちを妬かれるってあんまりない気がする。
内心かわいいなぁ、なんて、思っていることがバレたら多分もっと拗ねる。

賢二郎に見せたのは、及川さんと牛島さんのツーショット写真だ。
昨日放送だったインタビューの時に撮ったらしくて、日向くんと影山くんが写っている写真もある。

「……なまえ、牛島さんの話すれば俺の機嫌がとれると思ってるだろ」
「え、いや、そんなことは…ありますけど。なんでわかるの?」

だって、賢二郎は牛島さんのこと大好きでしょ?と言ったらジト目で見られた。

「大好きって、まぁ尊敬してるけど。男の写真見せられても」
「そっかぁ。この牛島さんかっこいいのに」
「……」

賢二郎がお味噌汁をすすってから、妙に丁寧な仕草でお箸とお椀を置いた。

「俺、なまえは牛島さんのことが好きなんだと思ってたことがある」
「…、え?!」

初耳だった。

「な、なんで?いつ?」
「中学の時から、告白する少し前まで。理由は、」

一呼吸おかれて緊張してしまう。
中学の時って、わたし牛島さんと話したことすらないんだけど…一方的に知ってはいたけれど、そんな勘違いをされる理由が自分では思い当たらない。

「…中学三年の時にみんなで県大会予選見に行っただろ」
「うん」

白鳥沢と青葉城西の決勝戦、息をのみながら牛島さんのパワーに圧倒されたことは覚えている。
だけど、わたしあの時に白布のこと好きになったのに。

「なまえが試合熱心に見てて、帰り道に牛島さんかっこよかったって友達に話してたの聞いて」
「うん」
「それで」
「え、それだけ…?」
「は?」
「かっこいいって中学生女子の口ぐせみたいなものだよ……」

拍子抜けしてしまって思わず反論したら賢二郎の眉間に力が入って、じわじわと耳が赤くなっていく。

「牛島さんはたしかに昔からかっこよかったけど、わたしの「牛島さんかっこいい」は賢二郎が言う「牛島さんかっこいい」と同じ意味だよ、昔からずっと」
「……いや、まぁ誤解ならいいんだけど」
「わたし、賢二郎のこと好きになったの、その日なのに」

誤解ならいい、と言ってお茶を飲んだ賢二郎が思いきりむせた。

「わ、ごめん、大丈夫?」
「それ本当か」
「ん?」
「その日に、俺のことって」

好きになった理由は一言じゃ説明が難しい。
どこが好きなのって聞かれてもたくさんあって、言葉にできないこともある。
長く一緒にいるからか嫌いなところなんてないし、お互いの価値観の違いもすり合わせながら大人になってきたような気がする。
理由は言えなくても、キッカケははっきり覚えている。
白鳥沢と青城の試合を見ていた横顔。
熱の入った視線、握りしめられたこぶし。
あの日、賢二郎が「部活仲間」から「好きな男の子」になった。

「本当だよ」

言ったことなかったっけ?と少し恥ずかしくごまかすようにわたしもお茶を飲んだ。
賢二郎が珍しく小さな声でつぶやくように何か言う。

「俺も」
「え、ごめん何?」
「俺も、その日」

お互いを好きになったキッカケなんてきっと付き合ってすぐに話すようなことだ。
だけど、昔からわたしたちにとっての普通は少しズレていたような気がする。
ゆっくりゆっくり、自分たちのペースで進んできた。
バレー部の選手とマネージャーとしての節度を保ちながら。

部活を引退してから賢二郎は猛勉強の末に国立の医学部に現役合格した。
医学部入試は試験科目が多いし問題の難易度もそれはもう高くて、わたしより何倍も勉強していたと思う。
白鳥沢のバレー部にいながら、だ。
医学部に入ってからも勉強勉強の毎日で、家庭教師のアルバイトをしながらわたしとも変わらずにお付き合いをして。
毎回学期末の試験勉強はめちゃくちゃ大変そうだった。
大学の試験ってノート持込可とかレポートのみとか、出席するだけで単位がもらえることもあるのに医学部は毎試験留年がかかっているらしく友達と泊まり込みで試験対策をしていた時もあった。
病院での研修期間なんて寝る時間もなさそうで、生活サイクルが違いすぎて少しだけ寂しいなと思ったこともある。
だけど、ハードじゃない?と聞くと決まって返事は「バレー部の練習のほうかきつい」だった。
白鳥沢で過ごした三年間は、いつだってわたしたちを強くしてくれる。


寝る時間が重ならない日も、食事を一緒にとれない日も珍しくない。
だけど今日みたいな日はお互いの体温を分け合うように眠らせて。

「俺も、その日になまえを好きになった」とまっすぐに目を見て伝えてくれた賢二郎に、告白をしてくれた十六歳の賢二郎が重なった。
運命なんて恥ずかしい言葉は言えないけれど。
二人して照れ隠しみたいに笑った今日の胸のあたたかさが、この夏も四年後もずっとずっとその先も、いつまでも続きますように。


(2020.07.19.)


完結記念その3。
連載「春を待つ」の最終回みたいになってしまいました。
医学部は学校によってかなり違うみたいです。





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