そのときはどうか頷いて

※最終回を読む前に書きました。
短編「夢に翔ける」の続きです。
読んでいなくても問題なくお読みいただけます。



「いやぁすごかったな…」
「めちゃくちゃ興奮しました…」
「オープニングゲームからこんな試合見せられたら決勝が終わる頃には喉が終わってる気がする」
「わたしもです」

予選第一試合、日本は勝利を収めた。
試合中は我慢していたみたいだけれど、ヒーローインタビューを受ける後輩たちを見たら堰を切ったように涙腺が緩んだらしいなまえは会場を出ても鼻をぐずぐずすすっている。
みんなすごかったですね、とまだ放心状態の背中をぽんぽんと叩くと安心したように表情を緩めた。


「スガ、お前らどうなってんだよ」
「どうとは」
「とぼけんなよ、みょうじのことだよ」
「健全にお付き合いしてますけど」
「あのなぁ、健全なんて年齢でもないだろ」

呆れたように言う大地の右手にはビールジョッキ。
大地は飲んでも顔色が変わらないけれど、一定のラインを越えると説教くさくなる。
にこにこと笑っている旭は自分には火の粉がかからない話だと思っているのだろう。
さっき女の子からメッセージ届いてきてたの通知で見えたぞ、彼女だろ。
会社の後輩と付き合ってるんだと報告してきた時の旭の顔の締まりのなさったらなかった。

「そうだよ、菅原。のんびりしてると誰かにさらわれるよ」
「清水まで…」
「清水じゃないぞ、もう田中だ…数年前から田中潔子だ…」
「まさか田中と清水がそんなことになるなんてなぁ」
「東峰、それ何年間も言ってる」
「もうここまで来たら一生言うんじゃないか?」

うまいこと話題をそらせたと思ったのに清水は俺の方に向き直って手に持っていたグラスをとんっとコースターに置いた。

「菅原、なまえちゃんと付き合って何年?」
「えーっと…卒業してからだから、八年…?」
「なのにいまだに菅原先輩なんて呼ばれてるの」
「うっ…人が気にしていることを…」
「下の名前で呼んでほしいって言えばいいだろ」
「今更?もう十年もそう呼ばれてるのに?」
「このままじゃ一生菅原先輩だぞ」
「それは寂しいなぁ」
「旭むかつく」
「なんで俺だけ?!」

話題の中心であるなまえは隣のテーブルで田中や西谷と話している。
別に他の男と話しているからって嫉妬とかしないし、相手は田中と西谷だし。
田中は既婚者だし。

「龍も夕もすっかり大人になって…」
「まぁな。俺は海の男だぜ」
「めっちゃ焼けてるよね、日焼け止め塗りなよ」
「この小麦色の肌が海の男らしさをよりいっそう引き立たせていてだな!」
「小麦色通り越してるよ、身体に悪そう」
「おいなまえやめろ、くすぐったいだろ!」

…相手は西谷だし……。

昔からだけどなまえは二人のことを下の名前で呼ぶ。
西谷は漁師になったとかで日焼けした肌をつんつんと指でさして遊んで騒いでいるところは「どこが大人だ?」と首を傾げたくなる。
だけどこんなことでおもしろくないと思ってしまうあたり俺も大人になりきれていないのかもしれない。
大人ってなんだろう。

なまえに日焼けした二の腕をつつ、と触られた西谷が「なまえはなまっちろい色してんな」となまえの腕に触ろうとして、ハッとしたように俺のほうを見た。

「す、すみませんッ!」
「えっ何が?」
「なんかスガさんから禍々しいオーラを感じました!」
「夕、海の男っていうか野生児になったの?」
「殺気を感じた!」

けらけらとなまえが楽しそうに笑っていて、西谷は危険を察知したかのようになまえから離れる。
俺そんなオーラ出してないと思うんだけどな。
まぁおもしろくなかったのは確かだから、こっちを向いたなまえに「おいでー」と手招きをしたらグラスを持って俺の隣に移動してきた。

「高校時代から変わらないよぁ、スガとみょうじは」
「え、」
「スガはみょうじのことかわいくて仕方ないって感じで、」
「なまえちゃんは菅原のことすごく信頼してる感じ?」
「うんうん、わかる」
「まぁ俺はその通りだけど」
「わたしもその通りです!」
「田中と清水のことはビックリしたけど、スガとなまえちゃんが付き合ったっていうのは誰も驚いてなかったよな」
「たしかに報告するの緊張したのにみんな全然ビックリしてなかったですね」
「だろ?やっとかーって感じだったよ」

隣でちょこんと座っているなまえを見ると、アルコールのせいか少し顔が赤い。

「だからいきなりみょうじがスガのこと名前で呼んだり、結婚しますって報告されても多分誰も驚かないよ」
「盛大にお祝いする」
「俺は結婚報告はさすがに泣いちゃうかもしれない…」
「田中たちの結婚式でも泣いてたもんな」
「大地もスガも泣いてただろ?!」

……俺となまえを置いて盛り上がるのはやめてほしい。
なまえは笑いながら話を聞いているけれど、顔の赤が濃くなったのは多分アルコールのせいじゃない。
二十代も後半になってこんなからかわれ方をするとは思わなかった。

「あ〜ほら旭、想像で泣かない」
「ちょっとうるっと来ただけだよ…」

清水が笑いながら綺麗なおしぼりを旭に差し出していたら、店の扉が開いて生ぬるい空気が入ってきた。

「え、何、君たち結婚すんの?」

Yシャツにスラックス姿のデカい男が入ってきた。
手にはビジネスバッグとスーツのジャケット、ごく普通のサラリーマンの服装なのに、かもしだす雰囲気がうさんくさいのはなぜだろう。

「黒尾、お疲れ」
「おーありがと。久しぶりだな」

おしぼりを持ってきた店員さんに生一つください、と伝えてなまえの隣のスペースに座る。
お疲れ、ともう一度みんなで乾杯をして、「良い試合内容だったなぁ」と試合の話や近況報告をするけれど、話題の中心がバレーなのはいつまで経っても変わらない。

「てか結婚どころか付き合ってたの知らなかったんですけど。高校ん時から?」
「卒業してからです!あと結婚はまだです!」
「まだ、ねぇ」

なまえが答えると黒尾が目を細めて笑う。
…黒尾、高校生のときなまえのこと気に入ってたんだよな。
合宿で一緒になるたびにちょっかいをかけられていて気が気じゃなかった。

「黒尾さん、今日祝勝会とかなかったんですか?」
「まだ予選第一試合目だからね。お偉いのおじさんたちとは軽く飲んできたけど」
「あっ名刺ください。日本バレーボール協会!」
「人の勤め先を大声で言うんじゃないよ」

……せっかくなまえが隣に来たのに黒尾にとられた。
まぁいつでも会える俺と違って黒尾に会うのは久しぶりだろうし、俺も大人だから気にしませんけど。

「卒業してからってもうすげー長いじゃん」
「そうなんです、長いんです」

えへへ、となまえがとろけそうに笑う。
かわいいな。

「菅原に飽きたら俺のここ空いてますよ」
「ここ?」
「そう、ガラ空き」

狭い席で黒尾が両腕を軽く広げるから思わずなまえの腕を引いたら俺の方にぽすっと倒れてきた。

「菅原先輩?」
「目の前で起こりそうな浮気を阻止してるところ」

俺に身体を預けながらなまえがまた笑うけれど笑い事ではない。

「黒尾さん、すみません飽きる予定はないです」
「それは残念」
「彼女いないんですか?」
「激務すぎてそれどころじゃないんだよね」

ま、楽しいからいいんだけど、と黒尾がビールをあおって「菅原に殴られたくないから席移動しよ」と月島たちのテーブルに移った。
月島は「来ないでください」と言っていて相変わらずすぎてみんなで笑った。



「結婚かぁ」となまえにだけ聞こえるようにつぶやいたら、丸い瞳が俺を見た。

「…菅原先輩、下の名前で呼ばれたいですか?」
「うん。まぁいつまでも菅原先輩は寂しいなぁとは思うけど、」
「?」

二人きりの時というか、ちょっといい雰囲気になった時に頼むと「孝支くん」と恥ずかしげに呼んでくれるし、なまえの苗字が菅原になったらきっと呼び方も変わるだろうから。
別に焦って変えてもらいたいとかは思っていない。

「なまえも菅原になってほしいなぁとは思ってるよ」

これもなまえにだけ聞こえるように赤い耳元でささやいたら、なまえがバッと自分の耳を右手で覆った。
くすぐったかった?と聞いたらわかってるくせに!と怒られた。

「今度ちゃんと言うから、それまでは菅原先輩でいいよ」
「……今のうちにいっぱい呼んでおきますね」


ちゃんと言うから、の目的語ははっきり言わなくても伝わってくれたみたいだ。


(2020.07.19.)



完結記念その2です。
黒尾さんにちょっかい出させるの好きなんですよ。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -