真夏の内緒話

「夏合宿?」
「そう!なまえちゃんも行くっしょ?!」

季節は夏。
学生組のみんなはわたしを含めてみんな一学期が終わって夏休みを迎えた。
この長期休暇を利用して、行けるメンバーで合宿をしようという話になったらしくて一成くんが目を輝かせながら誘ってくれた。

夏組は第一回公演のときにも泊まりがけで合宿してたっけ。
行きたいけど、わたしが普段カンパニーのお手伝いでしていることと言えばチラシ配りや衣装係の幸ちゃんの手伝い、小道具の調達、それから公演期間のチケットもぎりや物販のレジ係などなど。
だから、合宿に付いて行ったとしてもあんまり役に立てる気がしない。

「うーん…行きたいけど、どうかなぁ。いづみさんに相談してみる」
「なまえちゃん!行きたいって思ってくれるなら来て!」
「えっ綴さん?どうしたんですか血相変えて…」
「今回の合宿、伏見さんが来れなくて…飯担当が俺だけで…けど俺も脚本書かなきゃいけないし時間取れるかどうか…」
「ご飯なら、夏組合宿のときはいづみさんが作ってたって聞きましたけど…」
「監督に任せたら毎日カレーになる」

綴さんがげんなりとした顔で溜息交じりに言う。
今日も今日とて寝不足なようで、ちょっとクマが濃い気がする。
夏休み期間は脚本や資料漁りに没頭してしまって昼夜逆転しがちって言っていたから、きっと昨日も夜遅くまで起きていたのだろう。

「げーおみみ来れないの?!カントクちゃんに任せたらガチで毎日カレーじゃん…なまえちゃんスケジュール的に行けるなら来てよ!ね?!」

一成くんが大きな声で言ってわたしの肩をガクガクと揺さぶると、近くにいた万里くんが「えっ合宿、臣来ねぇの?」と会話に参加してきた。

「マジかよ…くそ暑いのに連日カレーはしんどいわ」
「夏に食べるカレーっておいしくない?」
「たまに食う分にはいいけどな。毎日、っつーか毎食は胃が死ぬだろ」

この会話をいづみさんが聞いていなくてよかった。
きっとカレーの素晴らしさを延々と語ってくれただろうから。
ご飯係かぁ、別にいいけど、普段は臣くんと綴さんに任せっきりであんまり料理しないからうまくできるかな。
返事に渋っていたら綴さんが「もちろん俺も一緒にやるから…」と顔の前で両手をパンっと合わせた。

「はいはい!なまえちゃん来てくれたら俺も手伝う!」
「俺も」
「えっ一成くんはともかく万里くんまで?そんなにカレー嫌…?」
「万里は下心あるだろ」
「えっ」
「はァ?至さんいきなり会話入ってきて意味わかんねぇこと言うなよ」
「万里くんはなまえちゃんにも合宿に来てほしいんだよ、察してやって」

さっきまでわたしたちの会話には我関せずと言った感じでソファでスマホゲームにいそしんでいた至さんがわざとらしく「万里くん」やら「なまえちゃん」なんて普段と違う呼び方をする。

「至さんほんっとうるせー」
「なまえが行くなら俺も夏休みそこに合わせよっかな」
「えっ会社の夏休みってそんなに自由に取れるんですか?」
「早めに申請すればね。取引先との兼ね合いもあるけどお盆を避ければわりと自由だよ」
「そういうものなんですねー」
「至さんは大人しく社畜してろよ…」

なんてやりとりをしていたけれど、至さんは結局合宿に合わせて夏休みを取ることはできなくていじけていた。
おみやげ買ってきて、あと毎日LIME送って、と言われたけれど万里くんは「無視していいから」って…おみやげくらいは買ってあげようよ。







「なまえ、今日の飯なに?」
「今日はねースタミナ丼です!お味噌汁つけるからちょっと待っててね」
「おーうまそうじゃん」

合宿に来る前になまえに「俺も手伝う」なんて言ったくせに実際来てみたら稽古が忙しくてそれどころではなかった。
合宿のスケジュールが組まれた時点で難しいだろうことをなまえに伝えたら「全然いいよ!万里くんは本業に集中してね」なんて言われた。

「飯、よそうな」

並べられたどんぶりとしゃもじを手に取るとなまえが「ありがとう」とこっちを見上げて笑う。
初日は「えっいいよ!万里くんは座ってて!」なんて遠慮されたけれど、「二人でやったほうが早えじゃん」と聞く耳を持たなかったらそれからは素直に受け入れてくれるようになった。
エプロンを付けて髪を結わいたなまえと、台所で肩を並べている。
ありそうでなかったシチュエーションだなと隣で味噌汁をよそっているなまえのつむじを見下ろしていたら、他のメンバーが続々と集まってきた。

「万里くん今日も早いね」
「ネオヤンキーがあんなにテキパキ身支度してるとこ寮じゃ見られないよ。よっぽど夕飯の手伝いしたいんだね」

咲也が他意なく言ったことに幸が含みを持たせるもんだから思わず舌打ちをしたら、隣のなまえが「えっ何?!やっぱり手伝い嫌なの?!」と焦ったように言う。

「ちげーよ…」
「なまえちゃん俺も手伝うよ、毎日任せっきりでごめんな」
「あとよそって運ぶだけなので大丈夫ですよ、綴さんは座っててください」
「運ぶだけなら余計に自分たちでやるって。みんな自分の分は自分で運ぼうな」

なんて、綴がさすがの兄貴っぷりを発揮して夕飯の準備は速攻で終わった。

…手伝いをしたいというか、なまえへの好感度を上げたいというか、二人きりになりたいというか……至さんに言われた下心っつーやつはそりゃあある。
元々二十人いたメインの役者に加えて、最近また各組に新メンバーが入って二十四人の大所帯になったMANKAIカンパニーで、一スタッフのなまえとマンツーで何か仕事をする機会というのはなかなかないのだ。
合宿はいつもよりも少人数だからもうちょいなまえと話す時間があるかと思えばスケジュールがめちゃくちゃタイトだし監督ちゃんはスパルタだし、正直しんどかった。

みんなで食卓を囲んで、なまえもテーブルについたところで手を合わせて一斉に「いただきます」をした。
小学生かよ、と思うけれど集団生活ではこういう些細な規律みたいなもんも大事らしい。
よくわかんねぇけど。

食い始める前に、なまえが携帯で自分の分のスタミナ丼と味噌汁、それから大皿に乗せられたサラダを写真で撮った。

「記録用?!インステあげちゃう?」
「違うよー臣くんに写真送るの」
「は?なんでだよ」
「臣くん、毎食分の献立一緒に考えてくれて。こんな風にできましたって報告してるんだ」
「へぇ…」
「おみみ、自分も大学の課題で忙しいっぽいのに」
「ね。合宿のご飯担当になりましたって言ったらすごく親切に色々教えてくれた」
「伏見さんにも帰ったら礼言わないとなぁ」


寮ほどではないけれど騒がしい食事を終えて、皿洗いは日替わりでやることにしているから今日は俺と太一が当番だった。
その間に他のメンバーは風呂に入るべく居間を出て行った。
合宿所の大浴場はそれなりに広いのだがデカい男たちが十人以上で一気に入ると狭くなってしまうから入れる奴から順番に入ってしまおうと合宿初日に決めたのだ。

監督ちゃんは書類仕事があるらしく部屋に行ってしまって、居間に残ったのは俺と太一と、あとなまえ。
なまえはなんだかんだ皿洗いも毎日やってるらしい。
それなら俺だって毎日皿洗い当番やるけど、なんてことは言えなかった。

「二人ともお手伝いありがとうー」
「おう」
「ご飯作ってくれてんだからこれくらい当たり前っすよ!スタミナ丼うまかったっす!」
「えへへ、よかった」

普段女子と話せないって騒いでいる太一がこんな風になまえと話せるのは、別の意味でなまえが特別だからなんだろうけれど俺からしたら焦れるばかりだ。
飯がうまいなんて、サラッと言えればよかったのに太一が先に言ってしまったら後出しになってしまう。

「お茶飲む?麦茶、煮出しておいたの冷えてるよ」
「まじか、サンキュー」
「お風呂組が出てくるまでのんびりしよ」

居間は合宿所だけあって広くて複数人掛けのソファがコの字型に設置してある。
そのひとつに太一が座って、別のソファに俺となまえが並んで座った。

「今日も一日お疲れ様でした」
「なまえもお疲れ」
「カンパーイ!」

麦茶の入ったコップを軽く合わせて、お疲れと言い合った後に太一が俺となまえの顔を見比べた。

「なんだよ」
「そういえばなまえチャンってさ、」
「うん?」
「初恋いつだった?」
「えっ?!」

脈略もなくそんなことを言うもんだから口に含んだ麦茶を吹き出しそうになった。

「万チャンは初恋まだなんスよね?なまえチャンはいつだったのかなーって」
「え、万里くん好きな人できたことないの?」
「あー……まぁな。つか俺のことはいいだろ」
「万里くん絶対モテるのに意外」
「けど彼女はいたことあるんスもんね!かっけー!」

カンパニーに入ったばかりの頃にそんな話をしたけれど、あれから好きな女が出来たともまさかその好きな女が今俺の隣にいるとも太一は思っていないのだろう。
褒め言葉のつもりで言ったんだろうけど、なまえの前でその話を振られるのは居心地が悪い。

「初恋かぁ、いま考えると本当の意味での好きとは違うんだけど、小学生の時かな」
「おぉー!クラスの子とかッスか?!」

記憶を思い出しながら話しているなまえに太一が食いつく。

「ううん、違う」

困ったように眉を下げて笑うなまえが頭に浮かべた誰かをこんなにも羨ましく思うとは自分でも予想外だった。

「太一くんは?初恋いつだったの?」
「小さいときに、隣に住んでた子!いつかまた会えたら俺っちの芝居観て欲しいんスよね」
「そっかぁ。初恋の人にまた会えるって、すごいことだよね」

ガキの頃の話なんだから羨んだところで…と思うけれど、もしも再会したらなまえはまたそいつを好きになるのだろうか。

「…そういうもんか」

現在進行形で初恋というものをしている俺にはよくわからない。
独り言のようにつぶやいたその後、急に目の前が真っ暗になった。
比喩ではなく、実際に。

「は?」
「え、停電…?」
「わー!電気!懐中電灯!」
「太一うるっせぇよ!スマホのライト点けりゃいいだろ!」

とりあえず一番手近にある光はそれだろう、とスマホを手に取ってライトを点けるとなまえと太一も同じように自分のスマホを操作した。

「てか風呂入ってる奴ら大丈夫かよ…」
「お、俺っちブレーカー見てくる!」

そう言うとすぐにバタバタと足音がして居間から太一が出て行ったことがわかる。
走ると転びそうだ…と思ったらガツンと何かがぶつかる音がしたからどこかに足でも打ったんじゃないだろうか。

「わたしもいづみさんの様子見てくる…!」
「なまえはここにいろ。危ねぇから」

立ち上がろうとした気配を感じたから咄嗟に手を伸ばしたらちょうど良くなまえの手首を掴んだ。

「でも、」
「太一に任せよーぜ。下手に動いてすっ転んで怪我でもされたら困る」
「そっそんなにどんくさくないけど?!」
「はいはい、大人しく座ってろ」
「えっ、わ…」

ぐいっと手首を掴んで座らせようとしたら、なまえがぐらりとバランスを崩して俺の上に倒れ掛かってきた。

「ご、ごめん万里くん…」
「…おう」

飛び上がるようにすぐに離れて行ってしまって残念だなんてことは思っていない。

「……」
「…電気すぐ点くかな」
「ブレーカー落ちただけならすぐだろうけど。どうだろうな」
「そっか」

…暗闇の中の沈黙、すぐ隣にいるなまえの呼吸まで聞こえてきそうで、俺の心臓の音が伝わってしまわないかなんて柄でもない。

「なまえ、」
「うぇっな、なに?」
「ビビりすぎだろ。暗いとこ苦手なん?」
「苦手ってわけじゃないんだけど…突然だったからビックリしたし慣れてない場所だからちょっと、怖いかも」

つけていたテレビも当たり前だけれど消えてしまって、いつも率先して喋る太一がブレーカーを見に行ってくれているし周りに他の建物もないから静かだ。

「…なぁ」
「う、うん?」
「なまえの初恋の相手ってどんな奴?」
「えっその話題掘り返す…?」
「気になるだろ」
「万里くん人の恋愛とか興味なさそうなのに」

よくわかってんな、という言葉は飲み込む。
他人の色恋なんて普段はどうでもいいし勝手にやってくれと思う。
だけど、好きな女の話なら別だ。

「んー…足が速かった」
「なんだそれ」
「小さい時って足が速いだけでかっこよく見えたんだよね」
「参考になんねぇ…」

ん?なんの?となまえが呆けた声を出す。
暗闇への恐怖心は少し薄れたのだろうか。

「今は?」
「いや、さすがにこの歳になって足が速いから好きとかは思わないけど」
「じゃなくて。今はいんの、好きな奴」
「え、」

少しずつだけれど目が慣れて来て、スマホのライトのおかげもあって隣に座るなまえの表情はなんとなくだけれどわかる。
口籠っているけれど、この反応は、

「…どんな奴?」

いるって言っているようなもんだろ。

「う、えっと、難しい…」
「は?何が?」
「どんなって、一言で言うの難しいかも」

うーん…と、好きな奴を思い浮かべているのだろうか、眉をぎゅっと寄せて唇を引き結んでいる。

「学校の奴?」

なまえの通うO高は共学だし六月の体育祭の後にはクラス全員で打ち上げがあるとか言っていたから、仲が良いんだろう。
クラスの奴だろうか。
考えるとつい低い声が出てしまう。

「ううん、違う…」
「じゃあ、」
「ひ、秘密!万里くんは?好きな人いなくても、どんなタイプの子が好きとか、ある?」
「あー…まぁなくはないけど」

秘密って。
まぁ暗に好きな奴がいると肯定されてしまっている時点で俺の初恋は既に失恋決定ってことになっちまうんだけど。
好きな奴がいるとわかったくらいで引くつもりなんてない。

「万里くんの隣歩く子って考えたら、すっごい美人しか想像できないなぁ」

すっごい美人かと聞かれたら違うかもしれない。
なまえはどっちかっつーとかわいい系。
カンパニーの男共と一緒にいるとこばっか見るからかもしれねぇけどみんなにかわいがられているし、至さん流に言うと妹属性。

「別に顔で選ぼうとは思ってねぇよ」
「…そう、なんだ」
「おう。まぁ…芝居のことわかってくれる奴がいい」
「万里くん面倒見いいし、彼氏になったら優しそうだね」

なまえの口から「彼氏になったら」なんて、他意がないことはわかるけれど返事に詰まる。

「あ、ごめんね、わたしに優しくないとかって意味じゃないよ」


優しくするから、目いっぱい甘やかすから、俺のこと好きになればいいのに。



…なんてめちゃくちゃ恥ずかしいことを考えてしまって、電気が点いたときになまえが俯けていた横顔の頬をつまんだのは照れ隠しみたいな愛情表現だった。

「あっ電気点いた!って、なに?痛い…」
「柔らかそうだったから、つい」

気持ちを言うつもりなんてまだ全然なくて、好きな奴がいると聞いてしまったし負け戦はしない主義だけど、でもじゃあ一体いつ言うんだ。

つまんでいた手をそっと頬に滑らせるように添わせる。
さっき痛いと怪訝な顔をしたなまえが今度は目を丸くする。

「な、に?」

真夏だというのに日焼けなんてしていないなまえの肌を莇や東さんがよく褒めてるっけ。
初めて触れるそこを堪能するように指の腹でするすると撫でた。

「さっき太一が俺は初恋まだっつってたけど」
「うん」
「好きな奴いる」

なまえからしたらだからなんだって話だろう、戸惑ったように首を傾げられた。
明かりの戻った部屋でなまえのだんだん赤くなっていく頬も、膝の上で所在なさげに握られている白い手もよく見える。
その手を俺の両手で包むと自分の手のゴツさがなまえの手の小ささをひきたてて現実味がなかった。

「…万里くん?」
「俺、なまえのことが、」



ゴン、



「ちょっとバカ犬押すな」
「ご、ごめん幸ちゃん!」
「二人とも声が大きいよ、気付かれちゃう…!」
「ていうかもう気付かれてるんじゃないか、これ」

何かがぶつかる音がして、そっちを振り向いたら居間から廊下に続く扉のところに貼り付くいくつかの人影があった。

「えっ、みんななんでそんなところに、っていうか見てた…?」

握っていたなまえの手が俺の手を振りほどいた。
…あーくそ、言い損ねた。

「おい、お前ら……」

俺たちにバレたと気付いた途端に、ゾロゾロと居間に風呂上りのメンツが入って来る。
こいつらどこから見てたんだよ。

「ネオヤンが珍しく真面目に話してたから割り込まずに見守っててやったんだよ」
「結果的に邪魔したみたいになったけどな…」
「ば、万里くんごめんなさい…!」

幸はいつも通り悪態ついてやがるし咲也は奴らを止められなかっただけだろうけど、綴は邪魔してるってわかってんなら自重しろ。
他の奴らは何も言わないけれど、それが恥ずかしいとかマジでだっせぇ。

二紗子の腕を引いて、赤くなっている耳に自分の口を寄せて名前を呼んだ。

「…なまえ」
「は、はい」
「わかったと思うけど、そういうことだから」
「そ、そういうこととは…」
「あいつらいるけど、ハッキリ言ってほしい?」
「っ、い、今は、遠慮しておきます」

今はっつーことは、また場を改めれば言ってもいいって解釈するけどわかってんのか。
相変わらず頬を赤くしているなまえの頭をくしゃっと撫でたらなぜか莇と椋がなまえ以上に卒倒しそうだった。




(2018.08.04.)

A3!SECOND Blooming FESTIVAL お疲れ様でした!
イベントになぞらえて夏合宿のお話。

合宿参加者は、
万里、太一、一成、綴、幸、咲也、椋、真澄、九門、十座、莇
あたりかな、と思います。
みんな出せなくてごめんなさい。






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