彼と彼女の恋煩い

工業高校の女子の割合は、およそ一割。
その女子がかわいい…というか自分のタイプである可能性はとても低く、もっと言えばその女子が自分の部活でマネージャーをやってくれるなんて、奇跡と言っても過言ではないほどなのだけれど。
そんな奇跡が、俺の身に起きているのだ。

「二口先輩、土曜の練習試合のことなんですけど」
「おー」
「十時には相手のみなさん到着するそうです。二チームは編成できる人数ってことなのでコート二面とも試合できます」
「ん、了解」
「また新しい情報来たら伝えますね」
「うん」

あぁ……またやってしまった……。
みょうじが熱心に俺の目をまっすぐ見上げながら話してくれる表情がかわいすぎて(だって上目遣いすげーかわいい)直視することが出来ず、返事もそっけなくしか返せない。
「お時間ありがとうございました」と律儀に頭を下げて、パタパタと小走りで俺から離れていく後ろ姿を眺めながら盛大な溜息をついた。

別に女子が苦手なわけではない。
むしろクラスの女子たちなんて女にも見えないというか、馬鹿なこと言い合える男友達と同じだし、今まで女と付き合ったことがないわけでもない。

ただ、どうしてかみょうじとはその他大勢の女子とは違って軽口を叩けないのだ。

「二口……毎日毎日落ち込むのやめてくれない…?」
「いや、落ち込むだろ」
「うざい」
「滑津はいいよな…女子だもんな…」
「はいはい、意味わかんないこと言ってないでシャキッとする」
「俺も女ならみょうじと気軽に話せたのに…」
「こんなデカくてゴツい女、嫌だよ」
「うん、俺も嫌」

滑津が「鬱陶しい」と俺の背中をパシンと叩いた。



土曜、練習試合の相手は伊達工のOBが多く在籍しているチームで、大学生や社会人が混ざっている中には顔見知りも多かった。

「ふったくちー!」
「うお、先輩」
「久しぶり!デカくなったねー」

体育館に迎え入れるなりまずは先輩たちと久々の再会を喜ぶ部員も多くて俺もその一人だったわけだけど、挨拶回りをしていたら後ろから体当たりをされて不意打ちすぎてよろけた。

「お久しぶりです、相変わらず元気そうっすね」
「これくらいでよろけるなんて鍛え方が足りないんじゃない?」
「いや突然来られたら誰だってこうなるって」

彼女は俺らが一年の時の三年生のマネージャーで、会うのは彼女が卒業して以来だからもう半年以上ぶりだ。
ほらな、他の女子とだったらブランクがあったって全然余裕で喋れる。
そんなことを考えていたら「タメ口やめなさい」と小突かれた。

「暴力反対ー」
「そんなんで主将ちゃんとやれてるの?新しいマネージャー入ったみたいだけどいじめてない?」
「ないない…、」

先輩がグルッと体育館を見渡すのに俺もならうと、みょうじとバチッと目が合って思わず言葉に詰まった。
話している内容が聞こえる距離ではないのにビビる。

「一年生だよね?かわいい子だね」
「あー…そうっすね」
「えっ二口、見たことない顔してるけど、まさか」
「ちょ、やめてください」
「えー!そうなんだー!」
「まだなんも言ってないです!」
「好きな子ほどいじめるタイプでしょ?優しくしてあげなよ?」
「だから好きとかじゃないんで」
「ふーん?」

ニヤニヤと俺の顔を見上げる先輩のことを初めて憎たらしいと思った。
てゆーかいじめてねぇし。
それ以前に未だに目を見て上手く話せません。




「みょうじ、この後打ち上げでお好み焼き行くらしいけど行くよな?」
「えっわたしもいいの?」
「みょうじちゃんもおいで〜!お兄さんが奢ってあげよう!」

練習試合から見えてきた課題を踏まえて先輩たちにしごきを受け、各々でクールダウンとストレッチをしていたら話題はこの後の夕飯のことになった。
社会人になっているOBたちが飯に連れて行ってくれるということで、黄金川がみょうじにも声をかけている。
ナイス黄金川。
そこにOBも会話に加わってみょうじが嬉しそうに「行きたいです」と答えたのが聞こえてきた。
先輩が「みょうじちゃんかわいいなー」と言う声も飛んできて、お好み焼き屋ではみょうじの隣は譲らないと決心した。

…のだけれど。


「なーみょうじちゃんって彼氏いるの?」
「えっいないですよ」
「うちのマネやってたらそんな時間ないよねぇ」
「お前に彼氏いなかったのはお前のせいだろ。みょうじちゃん絶対モテるじゃん」

隣には確かにみょうじ、目の前にはみょうじに絡んでいたOB、斜め前には先輩マネージャー。
普段は選手同士で帰りにラーメンとかはよくあるけれど、マネージャーと飯を食う機会はそうそうない。
せっかくのチャンスなのに、このテーブルのメンツではみょうじと仲を深めるというのは難しいのではないだろうか。
…作並あたりがいたらうまいことサポートしてくれるのに、なんてハナから後輩に頼る考えが浮かんでしまったけれど情けなさすぎるだろ、俺。

「な、二口」
「あー…俺そういうのよくわかんねっす」

同意するのも否定するのも違う気がしてそう返すとみょうじが眉を下げて俺を見上げている。
座っているからいつもよりも視線の高さは近くて上目遣いは軽減されているけれど、狭いお好み焼き屋で隣に座るなんて肩が触れそうで落ち着かない。
視線が絡むのにすら耐えられなくてフイッとそっぽを向いてしまった。

「…二口ちょっとこじらせすぎじゃない?」
「先輩黙っててくれます?」
「こいつとか滑津とは普通に話してんのにな」
「いや、あの、本当うるさいです」

マネの先輩にも、目の前のOBにもこの短時間で俺の恋心はバレバレらしい、マジかよ。
こんなこと言われたらさすがにみょうじにもバレてしまうのではないかと本気で止めにかかる。
チラ、とみょうじのほうを向くとやっぱり眉が八の字になっていて形の良い唇は曖昧に笑っていた。

これ以上この話題が続くのは避けたいし、先輩たちもそれほど鬼ではないようで話題はバレーや就職先での出来事に転がって行った。
知らない先輩二人と俺と同じテーブルではみょうじはつまらないかもしれないと少し心配もあったのだが、みょうじは終始ニコニコと楽しそうに話を聞いていた。

「俺、会計取りまとめてくるわ」
「あっわたしも行く」

かなりの量のお好み焼きを消費して遅くならないうちにそろそろ帰るか、という頃合いで先輩たちが示し合わせたかのように席を立った。
会計の取りまとめと言われたら後輩の俺とみょうじが手を出すのは違うし奢りという言葉に甘えて二人で着席して先輩たちが帰ってくるのを待つ。

「……」
「…」

(なんか話題、話すこと…美味かったな、とか)

二人にされた途端、何を話せばいいのかわからなくなってしまうあたり俺はやっぱり相当こじらせているのだろうか?

みょうじが両手でコップを持って水を飲んだのを横目で捉えて、俺も目の前の水をぐびっと飲んだ。
声を発していないのに喉はカラカラだ。

「あの、」
「えっなに?」

みょうじが小さく声を発して手元が狂った。
いや、コップをテーブルに置くのに狂うも何もないのだけれど、俺はみょうじにとことん弱いのだ。
なに?と返事をした拍子にコップが倒れてテーブルを濡らして行く。

「うわ、やべ」

慌ててその辺にあったおしぼりで被害の拡大を防ごうと試みる。
テーブルからポタポタと溢れた水が、俺たちの座っていた畳に落ちた。
みょうじも手伝ってくれて二人してあたふたと拭いていたら、みょうじの小さな手と俺のゴツい手が触れた。

コツン、と俺たちにしかわからないくらい小さく音がして視線が絡む。

「あ、ごめん…」
「いえ、わたしも、すみません」

固まってしまった俺とは反対にみょうじはすぐに動いて、ぶつかった手も気付かないうちに近付いていた身体もパッと離れた。
みょうじは何もなかったみたいに俯いて畳を拭いている。
みょうじの視線がこっちを向いていないのを良い事にまじまじと見つめて、サラ、と滑るようにみょうじの横顔にかかった髪に触れたいなんて思ってしまう。
もしもそんなことを試みたとしても触る前に俺の心臓が壊れそうだけれど。

「…みょうじ、さっき何か言おうとしてなかった?」
「えっ…」

急に話しかけられたことにめちゃくちゃ動揺してしまい話の腰を折ってしまったのだけれど、問いかければみょうじは口をもごもごと動かして「改めて言うのも変なんですけど…」と呟く。

「さっきOBさんの言ってた、こじらせてるってわたしのことですか…?」
「は、」
「わたし絡みづらいですかね……」

いやいやいや、どうしてそうなる。
って俺のせいか。

「わたし、二口先輩って舞先輩のこと好きなんだと思ってて、」
「…は、え?滑津?なんで、」
「いつも舞先輩と話してるときすごく楽しそうなので…」
「滑津は女として接してないから!」

みょうじがパチパチと瞬きをした。
急にデカい声が出てしまった、我ながらテンパりすぎである。

「あー…楽しそうに見えたのは、単にあいつは話しやすいからだと思う」
「あ、はい。今日OGのマネさんと話してるの見て、打ち解けてる人とはみんなとあぁいう感じなのかなって思いました」

ちょっと待て、この流れだとみょうじとはうまく話せない=打ち解けてない、だと思われているのか?
あながち間違ってはいないけれど心に壁があるとかではない、断じてない。
絡みづらいとかでもない。
俺がみょうじの目を見て話せないのは俺のせいであって、むしろ壁があるならぶち壊したいし、男として部の主将としてこんなことを後輩に言わせてしまうなんて情けなさすぎる。

「…俺、姉ちゃんいるから女子とも話すのそんな苦手じゃないんだけどさ、後輩ってどう接すればいーのかよくわかんなくて。みょうじはなんか、いっつもまっすぐ見上げて話してくれるから照れる」

もし気にしてたんならごめん、と早口で言い切る。

「けど話しにくいとかじゃないから、これは本当」
「いえ…実はわたしも二口先輩と話すの緊張してるので」
「えっなんで、俺怖い?」

確かに他校には喧嘩腰で話すこともあるし先輩に対してはクソ生意気な態度を取ることもあるけれど、みょうじには当たり障りのない態度で接していたつもりだ。
いや当たり障りのないってそれはそれでよろしくないことはわかっているし、日頃の行いのせいでみょうじに誤解されてしまっていたのだけれど。
グルグルとみょうじとのやりとりが走馬灯のように頭を巡った。
あ、走馬灯って死ぬときに見るやつだっけ。

「なんでですかね、自分でもよくわかんなくて。怖いとかじゃないんですけど、二口先輩の前では失敗しないようにダサいとこ見られないようにって緊張します」

変ですよね、とまた眉を下げて笑うみょうじに俺の顔がじわじわと熱くなる。
それって……、いやでも先輩の前ではキチンとしなければというみょうじの真面目さの表れか?
俺、一応主将だし。
この話の流れでみょうじも俺のことを、なんて考えられるほど俺はみょうじに対してポジティブではない。

「けど、二口先輩と部活以外で話す機会ってあんまりなかったから今日はなんか嬉しかったです」

は…?
いま絶対に俺の心臓にハートの弓矢刺さった、目には見えないけど絶対刺さった。

「じゃ、じゃあ、今度また飯食いに行こう。部活の帰りとか……みんなで」
「えっいいんですか?部活終わりのラーメンとか、黄金川くんに聞いて羨ましいなって思ってたんです」

クッソ、どもったしなんで「みんなで」って付け足した俺のチキン野郎!と思ったけれどみょうじの表情がパァッと明るくなったのを見て後悔が一瞬で吹き飛んだ。

「次行くとき、みょうじにも声かけるわ」
「はい、嬉しいです」

えへへ、と向けられた笑顔によってまた一本、ハートの弓矢が放たれた…ような気がした。



(2017.11.13)

ふたくちくんお誕生日おめでとう!
遅刻ごめんなさい。




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