A Special Day

※ ≠ 監督です 





「あれ、一成くんどうかした?チーフ崩れちゃった?」

みんなの準備が終わった頃、楽屋に向かう途中の廊下で一成くんが衣装のポケットチーフを落ち着かない様子で触りながら台本片手に立っていた。

「なまえちゃん、」
「んー大丈夫そうだね、綺麗だよ」
「ありがとー!なまえちゃんに褒められるとかマジテンアゲ!」

一成くんがニコっと笑って淡い黄色のポケットチーフから手を離すけれど、ほんの少しだけ、表情が暗い気がして顔を覗き込むようにして一歩近付く。

「…一成くん、なんか変じゃない?」
「えっ」
「ほら、なんか顔赤いもん!風邪かな、冷えピタ貼る?あっでもメイク終わってるよね…」
「いやいやいや、違うから!」

わたしが一歩近付くと一成くんが後ずさるようにして一歩下がる。
少し赤い頬に右手を伸ばすと、ぎょっとしたような顔をして「ちょー元気だから!」と台本でブロックされてしまった。

「でも、」
「ちょっと緊張してただけ!体調はバッチリ!」
「えっ一成くんでも緊張なんてするの?」

また一歩、後ろに下がった一成くんが「あはは…」と苦笑いをして頬をかく。

「朗読劇なんて初めてだし、オレ実行委員だからセリフも多いじゃん?衣装着たら急に緊張してきちゃって」
「なんか意外かも」
「いやーさっきステージリハしたら会場デカ!ってなってさ」
「そっか…確かにいつも立ってる劇場より大きいもんね」
「うん。しかも普段は役としてお客さんの前に立ってるけど、今日はオレとして出るから」

MANKAIカンパニー初めてのファンミーティング。
日頃劇場に足を運んでくださるお客様に感謝の気持ちを込めて、一日だけ行われる特別なイベント。
チケットは即ソールドアウトで、劇団のみんなで驚きながらも絶対良いイベントにしようねって張り切ったのは夏真っ盛りのことだったっけ。
春夏秋冬、四組の合同開催ということで各組から実行委員を一人選出して、イベント内容もみんなで話し合って決めた手作りのものだ。
一成くんは副実行委員長と、いつものようにポスタービジュアルを担当してくれていて、キービジュアルを発表したときのSNSでの反響は上々だった。
それに合わせてグッズデザインなんかにもたくさん関わっていたから、イベントに対するプレッシャーも大きいのかもしれない。

「みんな一成くんに会えるの楽しみに来てくれてるから大丈夫だよ。一成くんは一成くんらしく、楽しんでる姿が伝わったらきっとお客さんも楽しんでくれると思う!」

グッと右手でコブシを作って見せると、綺麗なアーモンド形の瞳がぱちぱちと瞬いた。

「…ありがと」
「なんて、偉そうなこと言っといてわたしは舞台に立たないんだけど」
「なまえちゃんいっつもオレらのサポートめちゃくちゃ頑張ってくれてるじゃん!」
「えへへ、そうかな」

そうだよ、と一成くんが良く通る声で返事をくれたら、ガチャっと近くの扉が開いた。
秋組の楽屋だ。

「おい、一成うっせーぞ」
「カズくんと…あっなまえちゃん!二人で何話してたんすか?」
「セッツァーめんご!たいっちゃんも混ざるー?」
「だから!うるせぇって、左京さんが今にもブチ切れそうなんだよ!」
「えっ万里くんごめんね、一成くんボリューム落とそう…」

万里くんのシャツの裾をちょいちょい、と引っ張りながら小声で謝ると「いや、なまえには怒ってねぇから」なんて言ってくれるから万里くんって実はけっこう優しいよね。
開け放しにされた秋組楽屋の扉から中に顔を出すと、左京さんが青筋を立てて目を瞑っていた。
できるだけ外界をシャットアウトしようとしているのだろうか。
今度左京さんには耳栓でもプレゼントしたほうがいいかもしれない。

触らぬ神になんとやら、と言うし、左京さんには声をかけずに見なかったことにした。
人差し指を唇にあてて、一成くんにシーっとジェスチャーをしたら、一成くんも同じポーズをしてくれて、それがなんだかおかしくて二人で声を出さずに笑ってしまった。

「…なんかカズくんとなまえちゃん仲良くて羨ましいっす。ね、万チャン?」
「はぁ?!別に羨ましいとかねーんだけど、んぐ」
「ちょ、万里くん声!」

太一くんも声を抑えながら話してくれたのに急に万里くんが大きな声を出すから思わず両手で万里くんの口をおさえる。

「、なまえ…」
「あっごめんね、つい」

もごもごと言いながら万里くんがわたしの手を掴んで引きはがした。

「リップ取れちゃった?ごめんね」
「いや謝るのそこじゃねーし。女の口紅とは違うから多少取れたって問題ねぇよ」
「そう…?万里くんのスカーフ、おしゃれだね。髪の毛結んだんだ」
「おーサンキュ」
「なまえちゃんなまえちゃん!俺っちはー?!」

太一くんがいつものテンションで、でもしっかり声のボリュームを下げて聞いてくる。

「サスペンダーかわいい!あ、待って蝶ネクタイ曲がってるよ。うん、これでよし!」

太一くんは黒いシャツにオレンジのサスペンダーとオレンジの蝶ネクタイをしていてとっても似合っていたけれど胸元のちょうちょが少し曲がっていた。
これでお客様の前に出ると、それはそれで「かわいー!」なんて歓声が上がるだろうけどしっかり定位置に直して形を整える。

「あ、ありがとうっす…」
「おい太一…」
「えっ万チャンなんで胸倉掴むんすか、せっかくなまえちゃんに直してもらったのにまた曲がっちゃうんすけど!」
「いや、別に、意味はないけど」
「意味もなくヤンキー発揮するのやめてほしいっす!」

そうこうしているうちに、開演五分前を告げるベルが鳴った。
事前に録音しておいた「まもなく開演です」というアナウンスや、イベント中の注意事項が会場全体に流れる。

「あっもうこんな時間?一成くん練習するつもりだったよね…邪魔してごめんね…」
「ぜんっぜん!なんか落ち着かなかっただけだからなまえちゃんと話せてよかった」

ありがとねん、と笑う顔はさっきよりもずっと晴れやかで、邪魔してしまったかと思ったけれど秋組の実行委員である太一くんと並んでステージ裏に向かう後ろ姿はとっても頼もしく感じた。

「なーなまえ」
「うん?なぁに万里くん」
「俺にも頑張ってって言って」
「え…?一成くんに頑張って、とは言ってないけど…?」
「細けぇことはいいんだよ。ほらほら、応援してみ」
「えぇ…なんかやだ…」

ずいずい、と背の高い万里くんが壁のようにわたしの前に立ちふさがる。
万里くんはさっきまで少し不機嫌そうな顔だったのに途端にニヤニヤし始めてなんかすごく嫌だ。
ヤンキーなんて言われてるけど顔は綺麗だからあんまり近付けられるとドギマギしてしまう。
そういえばさっき万里くんの口、触っちゃった。
咄嗟のことだったから唇に触れたかは正直わからなかったけれど、よくよく考えたらあんまりよくなかったかもしれない。
あの時万里くんビックリしてたし、これはさっきの行動の仕返しだろうか。

「が…」
「ん?」
「が、がんばってください」
「ぶっは!素直かよ!」

言われた通りに言葉にしたというのに、吹き出すように笑い出すから万里くんをジト目で見上げるけれど「そんな顔したって怖くねぇから」と頭をぽんっとされてしまった。
完全に子供扱いである。

「万里くんももう行かないと」
「おーいっちょやってくるかー」

わたしの頭に置いた手をそのまま雑に動かして、髪の毛がわしゃわしゃっとかき混ぜられる。

「ちょっと万里くん…」
「エネルギーチャージしてんの」
「?これでチャージできるの?」
「できるできる。ありがとな」

万里くんは頭が良いからか、たまにわたしには理解できないことを言う。
思考回路が普通の人とは違うのかなぁ。

「あ、いたいた!なまえちゃん、ちょっと来てー!」
「綴さん、どうしたんですか?春組もそろそろ移動してくださいー」
「うん、移動したいんだけど至さんがちょっと」

万里くんと顔を見合わせながら春組楽屋に向かう。
他の組のメンバーはぞろぞろとステージ裏に向かっているから万里くんにも先に行ってて、と言ったけれど、至さんグズってんなら俺いたほうが良いと思うけど、と言われて納得。
万里くんは至さんと趣味が合うからいてくれたほうが助かるかもしれない。

「至さん?」
「あ、なまえ…」
「あの、綺麗なお顔が大変なことになってるんですが……」
「さっきガチャ回したらドブ?だったらしくて。咲也となんとか引っ張って行こうとしたんだけど動いてくれないんだよ…」

無理に引っ張ると衣装が傷むし…と綴さんが本当に疲れたように溜息を吐いた。

「景気付けに、と思ったらクソドブだった…もうやだ…」
「至さん!もうイベント始まるんで行きましょう!」
「イベントなんてゲームの世界だけで十分なんですけど……」
「これが終わったらいくらでもゲームしていいですから!ほら、実行委員さん!」
「え、待って今のもう一回言って」

控えめに至さんのジャケットの袖を引っ張りながら立たせようと色々言葉を重ねていたら、至さんが急にフッと真顔になった。

「え、いくらでもゲームしていいです?」
「違うそのあと」
「実行委員さん?」
「それ…もう一回」
「え?実行委員さん…」

至さんの瞳の色によく合ったくすんだピンク色のジャケットの袖を持っていたら、その手を至さんにしっかりと握り込まれて肩がビクついた。

「…あー実行委員さんって響きめっちゃ学パロっぽい」
「が、がくぱろ?え?」
「なまえが制服着た限定SSRに見えてきた」
「よくわからないけどそれはよかったです…ほら、立ってくださいー!」
「うん、わかったから引っ張らないで」
「至さんが立って歩き出してくれたら離します。というか、いま手握られてるのどっちかって言うとわたしなんですけど」
「あはは」

さっきまで負のオーラ全開で寮の部屋で引きこもっているときのような外面ひっぺがした状態だったのに、たった数秒で綺麗な「茅ヶ崎至」になってしまうんだからインチキエリート恐るべし。
なんだかよくわからないけれど、至さんがブルフェス実行委員で助かった。

妙に上機嫌になった至さんに手を握られたままわたしも一緒にステージ裏に向かうことになってしまった。
春組と万里くん以外のみんなはもう既に移動が完了しているようで楽屋のある廊下は静かだ。

「おい、至さん手ぇ離してやれよ」
「えーいいじゃん、たまには」
「たまにとかそういう問題じゃねぇだろ」
「羨ましかったら万里もやれば?」
「っだから!羨ましいとかじゃねぇって!至さんあんま大人げないことしてっとなまえに嫌われんぞ」
「そうなの?なまえ」
「え、」

なんとか丸く収まりそうでよかった…なんて万里くんと至さんの会話を半分くらいしか聞かずに歩いていたら急に話を振られて思わずわたしの両側を歩いている二人を交互に見上げる。

「いえ、至さんはこれくらいじゃないと逆に調子が狂うかもしれないです…」
「でしょ?さすがなまえ」
「それに決めるところはちゃんと決めてくれる人だってわかってるから。仕事もですけど、劇団の大事なイベントに穴あけるなんて絶対しないって、信じてます」

愚痴を言いながらも毎朝ちゃんと起きて仕事に行っている。
ゲームのイベントがどうのって部屋に籠ってろくに食事を摂らないことだってあるけれど、稽古には出てくれるし今回のイベント実行委員だってなんだかんだ楽しそうにやってくれていた。

「ですよね?至さん」
「うん……ねぇなまえって本当は天使か何か?」
「え、違いますけど」

そうこう言っているうちにステージ裏に辿り着いた。
他の参加メンバーは緊張している様子もあるけれど、客席から聞こえてくるざわめきに耳を傾けて早くステージに立ちたいって顔をしている。

至さんに握られたままだった手をなんとか引き剥がして、「至さん、ほら外面張り付けてください」と言ったらそれはもう綺麗な120点満点の笑顔を向けられてちょっとドキッとしたのは内緒だ。



いつもとは少し違うけれど、舞台袖を出てステージに立ち幕があがればそこには彼らを待っているたくさんのお客様がいる。
演劇は、観に来てくださる人がいないとどんなに役者が頑張ったって陽の目を見ないもの。
潰れかけていたMANKAIカンパニーを立て直したみんなはそのことを痛いくらいにわかっている
だからこそ、感謝の気持ちをその声に乗せて。
夢をたくさん咲かせるためのステージで、今日も色とりどりの輝きを。
まだまだ道の途中だけれど、みんなが満開に咲かせる花の色は綺麗だって、胸を張って言えるよ。



(2017.10.29.)

FIRST Blooming FESTIVAL おつかれさまでした!




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