淡く色付く

「おっす」
「おはよ、摂津くんが朝からいるなんて珍しいね」
「寮の奴らに叩き起こされた」

そしたら隣の席のみょうじは「やればできるんだ」と笑ってカバンを席に置いたあと、すぐに友達のところに行ってしまった。

監督ちゃんに起こされたのは本当。
だけどそれはいつものことで、今日に限って朝のHRに間に合うように登校してしまったのは理由があった。

「あれー万里だ!」
「おっす」
「おはよー誕生日おめでとうー!」

そう、今日は俺の誕生日だ。
欲しい言葉をくれないかと淡い期待を抱いて学校に来ちまうなんてらしくねぇな、と遠ざかるみょうじの背中を見て朝から溜息を飲み込んだ。





………あーうぜー…。

寮にいれば団員たちが騒がしく祝ってくれるからあまり気にならなかったけれど日付が変わった瞬間から鳴り止まない携帯のメッセージ通知が鬱陶しい。
夜のうちに早々に通知音はオフにして、メッセージは夜中にまとめて読んだ。
気持ちはありがたいのだけれど、いちいち返すのもしんどい。
音は鳴らなくてもホーム画面に表示される通知の数字が見るたびに増えていて、こいつらも授業中じゃねぇのかよ。
普段学校に来ても校内のどこかでサボったり、授業に出ても寝ているか携帯をいじっていることが多いけれど今日は寝ずに授業を受けていて、携帯もカバンの中にぶち込んでしまった。
授業毎に異なる教師に「今日は摂津がいるのか」と驚かれるのもそろそろ飽きた。


四時間目の授業が終わって思わず机に突っ伏したら、みょうじが「摂津くんが疲れてる」なんてちょっと笑いながら話しかけてきて、顔をあげるときに少しげんなりした表情を作る。
本当は口の端が緩みそうだとか思春期のガキかよ…実際やっと十八になったばっかだけど。

「やっぱ休めばよかった」
「たまに来ると疲れる?」
「周りがうるせぇ…」

授業間の短い休み時間にもかわるがわる人が来て、誕生日を祝ってくれる。
おめでとうと言われるのは悪い気はしないけれど高三にもなって恥ずいし、プレゼントを押し付けられるのは正直鬱陶しかった。

「摂津くん、友達多いよね」
「いやダチっつーか…」
「モテるのも大変だねぇ」

あはは、なんてみょうじが笑うから余計にげんなりする。
もうちょい苦笑いとか複雑そうな顔してくれたらまだ来た意味もあるのに。

「モテてねぇから」

女が寄って来る容姿をしている自覚はあるけれど、みょうじにそんな風に言われても嬉しくもなんともない。

たった一言、みょうじからの「おめでとう」が欲しいだけなんだけど、なんて、柄じゃねぇよな。

みょうじが財布を持って立ち上がる。
昼飯、食堂で食うんだろうか。

「なまえ、席なくなるよ」
「あっごめん!摂津くんじゃあね」
「おー」

友達に呼ばれたみょうじが慌てたように教室を出て行った。
ヒラヒラと手を振ったら小さく振り返してくれて、なんだあれかわいいな。

「万里、飯食おうぜー。ってなに、顔暗くね?」
「朝から囲まれてりゃ暗くもなるわ」
「羨ましいけどな」
「わけてやりたい」
「はいはい、イケメンも大変だな」

俺のところにも財布を持った友人がやってきて、食堂?コンビニ?なんて話しながらとりあえず教室を出た。





「突然だけど先生からみんなにお願いがある」

六時間目が終わり終礼もそろそろ終わる、早く終われ、なんてクラスの全員がなんとなくそわそわし始めた頃。
いきなり担任が面倒そうなことを言い始めたから目を合わせないように大半の奴らが一斉に顔を俯けた。

「みんなって言ってもなーまぁ二人で足りるか」

なんだ、二人か。
そう思って携帯をいじっていたら「摂津、」って、は?俺呼ばれた?

「普段全然来ない分たまには仕事頼まれてくれ」
「えー…マジっすか」
「マジです。もう一人はそうだな…隣の席のみょうじな。終礼終わったら職員室まで来るように」

最っ悪だわ、と舌打ちが出そうになったところで担任が思いがけないことを言って、隣でみょうじが小さく「えー…はい…」なんて小さく返事をした。
「じゃあ今日はこれで終わります」という担任の言葉のあと、日直が号令をかけて今日の授業は全部終わり。
普段なら速攻で教室を出て稽古かゲーセンに向かうことが多いけれど、今日はさっき言いつけられた仕事とやらができてしまった。
俺が席を立つとみょうじも慌てたようにガタガタっと椅子から立ち上がって、二人並んで教室を出た。



カサという紙の音と、パチンというホチキスの音。
あと窓の外から聞こえるグラウンドのサッカー部の声、廊下からかすかに聞こえるまだ校内に残っている生徒の声。
そういう日常の音に支配された教室でみょうじと二人きり。
想定外すぎて正直テンパってる。

担任に押し付けられたのは明日他のクラスで配る資料のホチキス留めだった。
「留める必要なくね?」と聞いたら「配る時に楽だから」って、そのために俺らに仕事押し付けるのってどうなんだよ。

「摂津くん、今日予定とかなかったの?」
「いや特に…直帰だけど」
「えっ」
「なにその反応」

みょうじがせっかく話題を振ってくれたというのになんの面白みもない返事をしてしまった。

「誕生日だから、彼女とデートかと」
「はぁ?」

あ、やべ、思わず兵頭に返すみたいにドスの効いた声が出た。

「彼女いねーんだけど」
「…彼女と名のつく人はいないってこと?」
「なんでだよ」

みょうじの中の俺のイメージくそすぎんだろ…。

「摂津くん、最近雰囲気変わったからちゃんとした彼女できたんだって噂だったんだけどなぁ」
「…は?」
「なんか柔らかくなったよね。前より学校来るし」
「まぁ、寮にうるせぇ大人が多いから」
「劇団の寮ってどんな人がいるの?」
「中学生から上は三十過ぎてるオッサンもいる」

オッサンって、とみょうじが笑う。
みょうじが笑うと安心するなんておかしいだろうか。
いい奴だし、気さくに話してくれるけれど共通の話題っつーか、こいつが何を言ったら興味を持ってくれて楽しいと感じてくれるのか俺にはわからないのだ。
他の女に対してはこんなこと考えたこともなかったっつーのに。

「楽しそうだね、いいなぁ」
「今度遊びに来れば」
「えっ女子立入禁止とかじゃないの?」
「いや、そもそも監督が女」
「ふぅん。佐久間くんとか二年の碓氷くんもいるんだっけ?」
「あーうん」
「お芝居、楽しい?」
「まぁ、意外と続いてんな」

ぽんぽん、と会話が続いていたと思ったらみょうじがふわっと微笑んで「そっか」と言うから心臓がおかしな音を立てた気がする。

「…なんだよ」
「摂津くん、やっぱりちょっと変わったよね」

積み重なったプリントを束ねて、とんとんと角を整えながらみょうじが柔らかく笑う。

「前のとんがってた感じより、今のほうが好きだな」
「……は?」
「あ、好きって違うよ、そういうんじゃないから大丈夫」

いや、なんにも大丈夫じゃねぇんだけど?
てか「そういうんじゃない」ってなんだよ。
一瞬浮きかけた俺の心臓どうしてくれんだよ。

「…今度観に来れば、芝居」
「えっいいの?」
「チケット身内の分もらえるし、招待ってことで」
「身内ではないけど」
「まぁ細かいことは気にすんなって。公演の詳細決まったら言うわ」
「う、うん。いいのかな…」

みょうじの返事に少しだけ間があいて歯切れも悪いから、強引だったかと柄にもなく心配になって表情を窺ってしまう。

「悪い、興味ないなら言って」
「えっ違うよ、観に行きたい、すっごく。誘ってくれたの社交辞令でも嬉しい」
「いや社交辞令じゃねぇよ」

慌てたように言うみょうじに、ムッとして声が低くなった。

「なんか、なんとなくだけど摂津くんにとってお芝居って大事なものなんだってわかったから、いいのかなって」
「…誘う奴はまぁ選ぶけど、」

みょうじに観て欲しいんだよって言えないあたり、ダッセェよな。


資料のホチキス留めも終わって、後は職員室に持って行ったらようやく帰れる。
なんだか変な空気になってしまった…と思ったけれど、みょうじはさっきとなんら変わらない雰囲気に一瞬で戻った。
こういうとこが、なんか良いんだよな。

「わたしこれ先生のとこ持っていくから摂津くんは先に帰っていいよ」

結構な分厚さのプリントの束を、みょうじが俺からサッと奪った。

「は?なんで?」
「寮帰ったらお祝いとかあるんじゃないの?」

きっとみんな待ってるよ、と言うみょうじに思わず眉間にシワが寄る。

「別に職員室寄っても大して遅くなんねぇから大丈夫だろ。貸して」

ちっさい手に抱えられた資料を奪い返すと少し驚いたような顔をした後に目尻を下げて「ありがと」と笑みを浮かべた。
みょうじに重いもんを持たせるのも仕事を押し付けるのも嫌だったし、何より一緒にいられる時間が延びるならこれくらいいくらだってやるだろ。

下校時刻が迫った校内にはもうあまり生徒は残っていなくて、二人で静かな廊下を歩くのはなんだか緊張した。

「センセー、終わりました」
「おっありがとな。お疲れ」
「人使い荒いっす」
「みょうじもありがとな。暗くなってきたし気を付けて帰れよ」

んな心配してくれるくらいなら仕事押し付けんなよ…という言葉はさすがに飲み込んで職員室を後にした。

てかよく考えたらこれ一緒に帰る流れじゃね?

「みょうじって電車通学?」
「うん、そうだよ。摂津くんは?」
「俺も電車」
「そっか」

下駄箱について、ローファーを取り出しボトッと下に落とす。
みょうじは俺みたいな雑なことはせずにちゃんと床に置いていた。

二人で校舎を出て駅に向かう道のりは真夏のような暑さはもうなくて、駅までの短い通学路を言葉少なに歩いていたらあっという間に着いてしまう。

「摂津くん、天鵞絨町方面?わたし逆方面なんだ」

言いながらみょうじが鞄から定期券を取り出す。

あわよくばおめでとうの一言が欲しいなんて誰かにバレたら相当恥ずかしいことを考えていた。
結局誕生日だとはわかっているはずなのに祝いの言葉なんてかけてもらえなくて、まぁただのクラスメイトなんてこんなもんか、とも思う。

「じゃあ、また明日ね」
「おう…みょうじ、今日悪かったな。俺の巻き添いっつーか、放課後潰しちまって」
「え?ううん、摂津くんと話すの楽しかったし全然大丈夫」
「ならいーんだけど」
「摂津くんこそ誕生日なのについてなかったね」
「いや……、」

多分、みょうじは俺とは違うタイプの人間で。
人生スーパーウルトライージーモード、とかこいつの前で言ったら嫌われないにしろ多少は引かれるんじゃねぇかなと思う。
別にみょうじがハードモードな人間とかってことではなくて、普通に学校行って真面目に授業受けて、友達と楽しく品行方正に生活している、そういう感じ。
平行線とまではいかなくても、きっとこのまま月日が進んでも俺たちの歩く道のりは交わらないのかもしれない。
だからって諦める気もさらさらねぇんだよな。

「俺もみょうじと話せて嬉しかった」

まぁ、きっとこれだけで伝わるような相手じゃねぇんだけど。
物事には順序とか過程ってものがあるし、今はこれでいい。

案の定なんにも響いてなさそうに笑いながら「明日も朝から摂津くんに会えるといいなー」なんてみょうじがふざけたように言う。
この言葉に俺の心がどんだけ揺さぶられているかなんて全く気付いてないんだろう。


「あ、」
「んだよ」
「摂津くん、誕生日おめでとう」

だから。
なんでこのタイミングだよ。
予想外すぎてすぐに言葉が出てこないとか笑える。

「なんか言うタイミング逃しちゃって。寮のお誕生日会、楽しんでね」

手を振りながら「じゃあね」と言ったみょうじにかろうじて「おう、明日な」と手を振り返したような気がする。

日付が変わってから聞き飽きたわってくらい言われた言葉だというのに、みょうじから発せられただけで色をのせたみたいに届いた。
誕生日も悪くねぇな、なんて、ほんっと柄じゃない。

とりあえず明日も朝から学校に行くことになりそうだ。




(2017.09.16.)

摂津万里くんお誕生日おめでとう!
遅刻ごめんなさい。
今年9/9は土曜日で学校休みかなと思いましたが目を瞑ってやってください。



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