「あれ、音也くんだ」
集合時間よりもだいぶ早く着いてしまったスタジオ、これからST☆RISHのメンバー全員でのダンスレッスンだ。
作曲家だからダンスレッスンに同行するのは本来はわたしの仕事ではないのだけれど、マネージャーさんがどうしても別件で来れないと言うので今日は代打。
メンバーよりも早く来てスタジオ環境を整えておこうとそれぞれの好きなドリンクを用意して、音響機材の電源を入れて音源をセットして…あとは…。
みんな個人での仕事も多くて全員でのレッスンは時間に限りがあるから、集まれる時間を無駄にしないように思考を巡らせながらレッスン室の扉を開けたら、先客がいた。
「ずいぶん早いんだね」
「っえ!なまえ?なんで?!」
アコースティックギターを真剣な表情で弾いていた音也くんはかなり集中していたようで、扉を開けた段階ではわたしに気付かなくて声をかけたら肩がびくっと揺れた。
今日わたしが来ることを聞いていなかったらしくすごく驚かれた。
マネージャーの代理で…と言ったら「先に言っておいてよー」と言われてしまった。
「アコースティックギター、練習してるの?」
「あーうん…ちょっとね!」
なんとなく、聞いてほしくないのかなぁと思って「頑張ってね」とだけ返した。
明らかに音也くんがホッとした顔をしたので頭にハテナを浮かべながらも気付かないフリをして準備を続けたら、音也くんはギターを置いてストレッチを始めた。
二人になるといつもしきりに話しかけてくるのになぁ。
少し寂しい気もするけれど、このあと他のメンバーも集まってくるだろうし、オンとオフのメリハリはしっかりつけられるようになったんだなって思うことにした。
「おっはようございまーす!」
「翔くんおはよう」
「あれ、みょうじなんでいんの?」
「今日は代理で。よろしくね」
「まじかー音也よかったじゃん!俺もっと遅く来ればよかったな!」
「翔…そういう気遣いしなくていいから…」
苦笑いする音也くんがらしくなくてやっぱり違和感。
…練習の邪魔しちゃったからなぁ、なんて反省しているうちにみんな揃って、ダンスの先生も来て、レッスンは滞りなく終わった。
ソロでの活動もみんな楽しそうだけれど、やっぱりST☆RISHで集まれる時間は特別なんだろうなぁ、とみんなの笑顔を見て思う。
レッスン中にお互い声を掛け合う様子とか、休憩中に騒いで「休憩にならない」って笑い合う様子とか、見ていてホッとした。
「音也くん、おかえりなさい」
「ただいまー」
「遅くまでお疲れさま、ご飯食べる?」
「うん、ありがとう」
背負っていたギターケースとレッスン着が入っているであろうリュックをどさっと置いて、手洗いうごいを済ませた音也くんがダイニングテーブルに座った。
「うまそう」
と、特別でもなんでもない生姜焼きを見て頬を緩める音也くんと向かい合って「いただきます」をした。
一緒に住むようになって一年くらい。
わたしの仕事は在宅で済むことが多い分、家で一人で無茶されるのが怖いとかなんとか言われて、音也くんの勢いに負けて転がり込むようにしてマンションに引っ越してきた。
音也くんが元々住んでいた部屋だから二人だと少し狭い。
だけど、仕事が軌道に乗ってから住み始めたというこの家を出るつもりはまだ二人ともなかった。
「今日、みんなのダンスレッスン久しぶりに見れて嬉しかったなぁ」
「学園時代はよく見に来てくれてたもんね」
「うん…今日ギターの練習邪魔しちゃってごめんね、わたし早く着きすぎちゃって」
「あぁ全然。俺も早く着いちゃって暇だったからいじってただけだし、気にしないで。それより今日さ、」
それから、音也くんはレッスンの後に入っていた雑誌の取材であった話をしてくれた。
音也くんと一ノ瀬さん二人での取材で、用意されていたお菓子を食べていたら怒られたとか、でもカメラの前に立つとやっぱりトキヤはかっこいいんだよ、とか。
早乙女学園を卒業してからは作曲家としてたくさん仕事をさせてもらえるようになって、学生時代はパートナーとしてずっと一緒に行動していたST☆RISHのみんなとは歌の仕事でしか一緒にならなくなった。
それが寂しいような、忙しいのはありがたいと嬉しいような、そんな風に思いながらお互い必死に仕事に向き合っている。
「なまえ、来週の土曜日だけど」
「土曜日って、音也くんのバースデーイベント?」
「予定空けてくれてる?」
「もちろん、音也くんが来てって言ってくれたんだもん。何が何でも行くよ」
「よかった!関係者席用意してもらったから受付で名前言ってね」
「えっわざわざ席用意してくれたの?袖から見る気満々だった…いいの?」
毎年行われているバースデーイベントはファンクラブの子たちでもチケットは抽選制だと聞いたことがある。
そんなイベントに席を用意してもらうなんて、申し訳なさすぎる。
「今年はいつもより会場大きくなった分、申し込んでくれた子たち全員参加してもらえるから。全然大丈夫」
わたしの心配なんて先読みしてたんだろう、そう答えてくれる音也くんに「それならよろこんで」って言ったら嬉しそうに笑ってくれた。
「楽しみだなぁ」
「内容はなまえにも秘密だから聞かないでね。俺、聞かれたらポロッと言っちゃいそう」
なんてやりとりをした数日後、「純粋にお客さんとして来て!」って音也くんに言われたから(関係者席なのに)妙にドキドキして会場で席に着いた。
会場全体が始まりを楽しみに待っていてそわそわしている雰囲気。
事前に座席に置いてあるペンライトを握りしめる。
腕時計の針が開演時間を指したと同時に暗転してイベントが始まった。
「…えー、みんな今日は来てくれてありがとう。楽しんでくれてるー?」
イベントも終盤に差し掛かっている時間帯、音也くんの言葉に返事をするようにみんながペンライトを振っている。
関係者席だからちょっとやりづらいな、なんて心配は杞憂で、わたしの両隣は空席だった。
だからと言って人目を気にせずに盛り上がれるというわけではないけれど、ステージにいる音也くんに向かってペンライトを振った。
「毎年こうやって誕生日イベントをできて、みんなが来てくれて、本当に嬉しい。けど、楽しい時間はあっとゆー間って本当で、イベントはそろそろ終わりです」
音也くんのその言葉に、お客さんたちが「えー!」と声を合わせる。
その声の大きさに音也くんは驚いたような、嬉しそうな複雑そうな笑顔。
「みんなありがとう。最後に、俺からみんなにお礼として歌を歌わせてください」
キャーっという割れんばかりの歓声、音也くんが「新曲だよー」ってはにかむ。
新曲?…わたし、知らない。
音也くんの曲はほとんどわたしが作っているけれど、もちろん全部ではない。
今から歌うという新曲も、わたしが知らないところで動いていたのだろうか。
少し寂しいな、なんて。
「今回はちょっといつもと雰囲気を変えて、アコースティックギターで歌うんだけど。作詞も作曲も自分でやったんだ」
音也くんが、自分で?
早乙女学園時代から作詞は自分でしていたけれど、作曲も?
話しているうちにスタッフさんが椅子やらギターやらを運んできて準備が進む。
「いつも作曲は早乙女学園のときにパートナーを組んでいた人にお願いすることが多いんだけど。みんなも知ってるよね。でも誕生日のイベントで新曲を歌おうって決めてから、その曲は自分で作りたいと思って、その人にも秘密で進めちゃった」
照れくさそうに話す音也くんの顔がなんだか新鮮だ。
慣れた手つきでチューニングをして、マイクの位置を自分に合うように合わせる。
「これまで歌ってきた曲とは少しテイストが違って。ちょっと照れくさいけど俺にとっての愛ってこうだなーって気持ちを書いたんだ。…みんな、大切な人っている?いま、思い浮かんだ人のことを想って聴いてほしいな」
瞬間、目が合ったような気がする。
ドキドキうるさい心臓を抑えつけるように胸に手を当てた。
油断したら涙が出そうだ。
ふわりって効果音がつきそうな穏やかな顔で音也くんが笑った。
「それじゃあ聴いてください。木漏れ日ダイヤモンド」
音也くんの指がコードをおさえて、イントロの優しいメロディが会場全体を包んだらやっぱり涙がボロボロ溢れてしまった。
ずるい。
こんな歌、作ってたなんて全然知らなかった。
きっと、絶対、この前レッスン室で練習してたのはこの曲だ。
わたしのことを想って歌ってくれたなんて思うのは思い上がりかな?
それでも、音也くんのまっすぐな瞳がこっちを見ているから、一文字、一音、全部全部聴き逃さないように、涙で歪む視界でも耳はちゃんと音也くんの気持ちを受け止めたい、そう思った。
歌い終えた会場、一瞬の静寂のあとに大きな拍手。
ファンのみんなもすすり泣きだし、わたしも涙腺が壊れてしまったみたいだし、歌い終えた音也くんも少し涙目だ。
「…あー緊張したー!」
開口一番そう言った音也くんに笑いが起きる。
「俺の音楽、みんなに届いたかな?」
届いたよーって声が会場いっぱいに響いた。
わたしは大きな声は出せないけれど、心の中でたくさん頷いた。
「今日は来てくれて本当に、本当にありがとう。みんなのおかげで、俺はステージに立てます。ファンのみんなの声があるから頑張れるよ。またひとつ大人になって、年齢だけじゃなくて中身もでっかくなって、声援に返していきたいと思ってます。これからもよろしくね」
イベント終了後、楽屋に行ったら音也くんが「なまえ、目ぇ真っ赤じゃん!」って驚いたように言った。
「音也くんのせいだよ、なにあの曲、全然知らなかった」
「だって秘密にしてたもん。ビックリした?」
「ビックリしたよ…すごいね、感動した」
上手に感想が言えなくて悔しい。
作曲家なのに、技術的な面とか音楽的なことならきっとたくさん言えるけれど、そうじゃない。
音也くんが音に乗せて伝えてくれた気持ちを返すにはどうしたらいいんだろう。
「わかってると思うけど、なまえのこと考えて作ったし、なまえに向けて歌ったんだよ。これから何回も歌うことになると思うけど、その度になまえの顔が浮かぶんだろーなって、作りながら思った」
「うん…」
「だから、あの曲はなまえにあげる」
そんなことを言われてまた涙が溢れてきたわたしを、音也くんの温かい体温が包んだ。
大切な君へ。
(2016.04.11.)
音也くんお誕生日おめでとう