さよなら、モノクローム

扉があいて、歓声が全身を包む感覚がする。
向こう側のベンチには君がいて、ライバルがいて、目が合った瞬間お互いに笑い合う。



今は違うユニフォームを着ているけれど、共に過ごした時間は今でも俺を強くする。

モノクロな俺の世界を極彩色に染め上げた。
君にもらった色でいっぱいの道を歩くって決めたんだ。










壁があるなぁ、となんとなく最初から思っていた。

誰に対しても作り笑顔しかできない時期が自分にもあったから、そういう笑い方には敏感なのかもしれない。
まぁ彼女は誰に対しても、ではなくて俺にだけっぽいけど。
気にしないフリをするのは簡単だけれど、毎日部活で顔を合わせてる手前それもどうなんだろうかって、こんなこと考えちゃうなんて俺らしくない。



俺がバスケ部に入ろうと思ったのは青峰っちのプレイを見たからだ。
一度見たらなんでもコピーできてしまう俺は何かひとつのスポーツに打ち込むなんて考えられなかった。
青峰っちのおかげで、俺は今バスケ部にいる。

…んで、青峰っちの幼馴染のなまえちゃんと知り合った。


「あ、新入部員の黄瀬って本当にあの黄瀬涼太くんのことだったんだ!」

最初はまぁなまえちゃんもその辺の女子と同じだろうなって思って、適当に部員とマネージャーとして付き合っていけばいいかって思っていたんだけど。

なまえちゃんは俺には大した興味も持たず(というか、他の部員たちと同じように)接してくれて、そんな彼女のことが結構気に入った。

次第に、なまえちゃんにとって青峰っちはただの幼馴染じゃないんだってことがわかってきた。

「なまえ、ボール出し頼むわ」
「はーい」
「体育館移動すんぞ」

頼む、なんて言いながら青峰っちはなまえちゃんに断られるとは微塵も思っていないって態度だし、ズカズカ歩いて行く青峰っちの後ろを小走りで追いかけるなまえちゃんも青峰っちの横柄さなんて全く気にしていないって様子だ。

青峰っちとなまえちゃんが一緒にいるときの空気感はなんだか特別で、俺には息苦しかった。








「なまえちゃん、告白しないんスか?」
「え…誰に……?」

卒業も間近に迫った3月。
明日は卒業式だ。
制服を着たままなまえちゃんと体育館で何をするでもなく話をしていた。

バスケ部は、俺達の代は色々あって。
青峰っちは部活には来なくなったし、俺は…まぁモデルの仕事とバランス取りつつって感じ。

だけどなまえちゃんは俺達キセキの世代がバラバラになってからも献身的に部員を支えてきた。
途中入部で最後も適当になってしまった俺とは、この体育館への思い入れが違うんだろう。
そんななまえちゃんに、「最後に体育館行かないっスか?」って誘ったのは、断られないって確信があったからだ。


「誰って。青峰っちに」
「…しないよっていうか、なんで大輝?黄瀬くんにそんな話ししたことないよね?」
「言われなくてもなんとなくわかるって」
「…大輝は幼馴染だよ」

あくまで認めないっぽい態度に内心苦笑しながらこっそり深呼吸。


今日なまえちゃんのことを呼び出したのは別に青峰っちの話しをするためじゃなくて、俺の気持ちに区切りをつけるためだ。
進学先は別だし、バスケ部は同窓会なんてやるような関係じゃない。
もう今までみたいに学校に来れば会えるなんて幸せな環境ではなくなるんだ。
言いたいこと言っとかなきゃな。
後から後悔するのは性に合わない。

「俺さ、バスケ部に入ったの青峰っちのおかげなんスよ」
「知ってるよ。大輝、本当に楽しそうにバスケしてたもんね」


青峰っちはすっかりバスケ部に顔を出さなくなって、それをなまえちゃんは自分にも責任があるなんて思っているんだ。
そんなことは絶対にないのに。

なまえちゃんの表情が少し暗くなった。


「黄瀬くんは?バスケ、楽しかった?」
「…悔しいことのほうが多かったっスかね」

バスケ部にはとんでもない奴らばっかりで、初めて勝てないと思う相手を見つけた。
それが悔しかったし、そんな仲間と一緒にバスケをできることが嬉しかったし楽しくて仕方なかった。

「なんにも続かなかった俺が、バスケだけは頑張れたのはなまえちゃんのおかげっスよ」
「…そんなこと言ってもらえるとマネージャー頑張った甲斐があるね」

照れ臭そうになまえちゃんが笑う。

もっと笑ってほしい。
俺にも、青峰っちに向けるみたいな表情を見せてほしい。

だけど、笑ってほしいと思うのにバスケ部が壊れていく過程のなまえちゃんの無理して笑う姿は苦しくて仕方なかった。
俺も原因の一端だったくせに。

「卒業する前に黄瀬くんとこうやって体育館で話せてよかったよ。…ほら、いろいろあったから」
「…そっスね」
「バスケやってたら、また大会とかで会うこともあるだろうしお互い頑張ろうね」

そろそろ戻ろうか、と体育館の出口へ向かうなまえちゃんの後ろ姿を眺めることしかできない。

呼び出したのに、何も言えない自分が情けなくて。
俺っていつからこんなにヘタレになったんだっけ?

二人並んで体育館を出たら夕陽がちょうど沈むタイミング。
赤と青が混ざったような、言葉じゃ表せない空の色。
三月のこの時間に吹く風は大分冷たくて、思わず身震いした。




次の日、俺たちは帝光中を卒業した。
卒業式の日はなまえちゃんと写真を撮って、押し付けるように制服のボタンを渡した。

だけどそれだけだった。

鮮やかな思い出が詰まった校舎や体育館にもう一度足を踏み入れるようなセンチメンタルなことはきっともう二度とない。












「なまえちゃん!」

俺たちが高校にあがって初めての全国大会。
準決勝で海常と桐皇が当たることになって脳裏に浮かんだのはかつてのチームメイトとマネージャー。
お互い強豪校に進んだし、キセキの世代なんて呼ばれているわけで、こんな日がいつかは来ることはわかっていた。
青峰っちとやれるのは楽しみだった。

外の空気を吸ってロッカールームに戻る途中、桐皇バスケ部のジャージを着たなまえちゃんが走っていく後ろ姿を見て思わず呼び止めていた。


「黄瀬くん!久しぶり、元気だった?」
「ぼちぼちっスね」
「大輝、いつも試合遅刻して来るくせに今日はちゃんと来たの。黄瀬くんとできるの嬉しいみたい」

そう言って笑うなまえちゃんを見て、やっぱり敵わないなぁと思う。

「俺も、すっげぇ楽しみにしてた。…なまえちゃん今時間ある?」
「え?うん、まだ大丈夫だよ」

腕につけたゴツめの腕時計(帝光のときから付けてる奴だ)をチラッと確認して、なぁに?と見上げてくるなまえちゃんに、ずっと言えずにいたことを。

桐皇とやれるのは楽しみだった。
青峰っちに勝ちたい。
強くなった海常で試合がしたい。

…なまえちゃんに会いたかった。




「俺、なまえちゃんが好きっス。なまえちゃんが青峰っちのこと好きなのは知ってるから返事はいらないけど、今日は、バスケは青峰っちに負けるつもりないから」

一気に捲くし立てるように言ってしまって、会っていなかった数ヶ月で気持ちの整理もフラれる覚悟もしていたハズなのに心臓がバクバク鳴る。

「じゃあ、試合で」

ポカンとしているなまえちゃんに手を振ってその場を離れようとした、ら、




「ま、待って」

なまえちゃんが大きな瞳に涙をためて、俺のジャージの裾を掴む。
瞬きしたら涙がこぼれそうだ。

「わたし、大輝のことは好きじゃないって、卒業式の前の日に言ったよね?」
「あー…別に今更隠さなくても…俺は大丈夫っスから」
「そうじゃなくて、わたしが好きなのは…黄瀬くんだよ。」




……なまえちゃんのことを好きになったのは中学二年の夏の終わり頃だった。

部活帰りにみんなでアイスを食ってたとき、食べるのが遅いなまえちゃんがガリガリくんをドロドロに溶かしてしまって地面に残りが落ちた。
ついでに手がべたべたになっていて、みんなそれを爆笑してたけど、俺が「手ぇ洗いに行こっか」って言ったら嬉しそうに、恥ずかしそうにふんわり笑ったんだ。

それまでちょっと壁があるなって思ってた分、たったそれだけのことが嬉しかった。
単純すぎるけれど、それでコロッと恋に落ちたのだ。


二年間の片想い。
ずっと叶うことがないと思っていた片想い。


「…え……本当っスか?冗談とか聞く心の余裕ないんスけど」
「わたし物心ついた頃からずっと大輝のことが好きで。大輝のことが好きな自分が当たり前で、他の人のこと好きになるなんて考えたこともなくて、」
「うん」
「でも、黄瀬くんが頑張ってる姿とか、何回大輝に負けても勝負しに向かっていく姿とか見てたら、なんか、好きかもしれないって」
「…うん」
「でもね、黄瀬くんのこと好きになっちゃいけないって思った。黄瀬くんいつもかわいい女の子といて、彼女もかわいくて、わたしなんかが黄瀬くんのこと好きなんて言えないって思った。大輝に告白しないのかって聞かれたとき、わたしなんて対象外なんだって悲しかった」


なまえちゃんが着ているジャージは桐皇学園のものだ。
そりゃあ桐皇に通っているんだから当たり前なんだけれど。
どうして俺と違う色のジャージなんだろう。
まぁ俺たちが中学のときにもしも付き合うことになっていたとしても、なまえちゃんは海常には来ていないだろうけれど。
なまえちゃんが青峰っちと同じ高校に進むっていうのは至極当然のことだった。
それが悔しかった。

悲しかった、と言ったなまえちゃんの目から涙がこぼれる前に、細くて強く握ったら折れてしまいそうな手首を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。

「…なまえちゃん、俺の彼女になって」

抱き締めたら懐かしいなまえちゃんの香りがして、俺の体にすっぽり隠れるなまえちゃんをこのまま連れ去ってしまいたいと思った俺は大分重症だと思う。
中二のときから燻り続けている片想いとか、厄介にも程がある。


「黄瀬くん…」
「試合始まったら、なまえちゃんは青峰っちの応援するんでしょ?」
「…大輝のっていうか、桐皇のサポートするよ」

抱き締める腕に力を込めたら、なまえちゃんの小さい手が俺の背中に回った。

そういうの、ずるい。

なまえちゃんは今日もベンチで青峰っちを、桐皇を支える。
この先卒業するまでずっとだ。
その姿を見るたび、きっと俺は胸が苦しくなるんだろう。

だけど、そんななまえちゃんを好きになったんだ。


「試合が終わったら、もう一回ちゃんと告白するから」
「うん…でも、」

ぐすぐすと、鼻をすするような音が聞こえた。
あーあ、泣かせちゃった。

腕の力を緩めて、覗き込むように「ん?」となまえちゃんの顔を見たら、バチッと目が合って、なまえちゃんがかわいらしく笑う。
涙はあっという間に引っ込んだみたいだ。

「試合は負けないからね」

さっきまで泣きそうだったくせに、さすがキセキのマネージャーやってただけはある。

「それはこっちのセリフ!」

そうお互いに言い合って、反対側のロッカールームへの進む彼女を見送って、俺も歩き出した。 




踏み出した一歩に、躊躇いなんてない。


(2015.06.30.)

黄瀬くんお誕生日おめでとう。
今日もあなたが笑っていてくれますように。
バスケを楽しいと思ってくれますように。

アニメ最終回記念も兼ねて。



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