I'll stand by you.

「みょうじ」
「え…大地さんだけ、ですか?」


12月31日午後23時20分。
毎年恒例の、バレー部員での年越し初詣。
今年も行ける部員で行こうと待ち合わせをしていたのだけれど、待ち合わせ場所に十分前に着いたら、そこにいたのは大地さんだけだった。

「おー。実は西谷がみょうじに間違えた待ち合わせ時間伝えたらしくてな、他の奴ら先に行ってるんだ」
「え?!」
「23時半って聞いてただろ?」
「はい…」
「本当は23時だったんだよ」

西谷は自分が待つって言ったんだけどな、と言う大地さんの鼻の頭が心なしか赤い。

「大地さん、ずっとここにいたんですか?」

待ち合わせ場所は坂ノ下商店を下ったところにある分岐路で、こんな時間だからお店も開いていないし電柱の明かりだけが頼りみたいな所だ。
こんな寒いところで、大地さんを一人で待たせていたなんて申し訳なさすぎる。

「電話くれればよかったのに。大地さんわたしの番号知ってますよね…?」

大地さんじゃなくたって、西谷だって田中だって連絡先くらい知っている。
待ち合わせは23時だって電話の一本でもくれればよかったのに。

「知ってるけど。西谷が間違えて伝えたって気付いたときにはもう23時すぎてたし。今更言ってもみょうじが着く時間変わらないだろうって話になってな」
「でも…連絡くれたら急いで来ましたよ」

ちょっと不満そうだったのが顔に出てたんだと思う。
大地さんがわたしの頭をポンッと撫でた。
大きくて安心する手だ。

「みょうじ悪くないのに急がせるのかわいそうだろ」
「……でも、」
「まぁとりあえず神社向かうぞ。のんびりしてたらなんにもないところで年越すことになる」

ほら、と背中を押されて歩き出した。
大地さんのこういう有無を言わさないのに嫌な感じじゃないところ、すごいなぁって思う。

「大地さん」
「ん?」
「待たせちゃってすみませんでした」
「おー」



春高出場を決めた烏野排球部に冬休みなんてものはない。
進学クラスの大地さんは受験生でもあって、バレーに勉強に、と忙しいみたいだ。
学校の成績は良かったから指定校推薦も狙えたらしいけれど一般受験をするらしい。
そんな大地さんを寒空の下で待たせるなんて申し訳なさすぎる。



神社までは歩いて10分弱。
近付くにつれて人が増えてきて、境内はもうたくさんの人でごった返していた。

「わーすごい人ですね。みんなどこにいるんだろう」
「電話してみるか」

大地さんが携帯を取り出して電話をかける。
スガさんあたりにかけているのだろう。

「……出ないな」
「気付いてないんですかね?わたしもかけてみます」

西谷や田中だと潔子さんをナンパから守るために忙しいだろうと思い縁下にかける。

『もしもし、みょうじ?』

プルル、というコール音が何度か鳴ったところで、携帯から落ち着いた縁下の声。

「あ、縁下?ごめんね、今どこ?神社着いたんだけど」
『あー実はもう参拝の列並んでて』
「え、」
『今から戻れないし、横入りもできないだろうから、お互い参拝終わったら連絡するってことでいいか?』
「でももうすぐ年越しちゃうよ」
『、おいっ日向どこ行くんだ!影山と月島もこんなとこ来てまで喧嘩しない!』
「……」
『あーみょうじごめん、一旦切るわ…』
「…了解」

なんだか大変な様子だけは伝わってきた。
まとめ役は縁下しかいないって誰もが思っているけれど、未だに一年生は自由すぎて苦労することがあるらしい。
日向たちももうすぐ先輩になるっていうのに困ったものだ。

「みょうじ、縁下なんだって?」
「いま参拝の列並んでるらしくて、終わったら連絡くれるそうです」
「まじか…あと10分で年変わるぞ…」
「文句言いたいのは山々なんですけど、一年生の面倒が大変そうで言えなかったです」

あー…と漏らした大地さんが遠い目をした。

「どうしましょう、わたしたちも並びますか?」
「んーそうだな」

ずっと境内の入り口で立ち止まっていても迷惑だろう、と参拝列に向かって歩き出す。

たぶん、このまま二人で年越しだなぁ。
わたしは、正直嬉しい。
けど大地さんにはわたしなんかと二人で年越しってかなり申し訳ない。

「みょうじ寒くないか?なんか温かい飲み物いるか?」
「いえ、大丈夫です。着込んできたんで!大地さんこそ寒くないですか?いま風邪なんて引いたら大変」

嫌な顔ひとつしないで、気を遣ってくれるところも先輩だなぁって。
年齢がひとつ年上なだけなのにすごく大人に感じる。

大地さんの隣はひどく緊張して、もう二年近く先輩後輩をやっているのになぁと溜息をはきそうになった。
こっそり見上げれたらすぐに気付かれて、「どうした?」って聞いてくれる声が優しい。

「澤村―!」

少し遠くのほうから大地さんを呼ぶ声がして、二人で振り返ればそこには女子バレー部ご一行がいた。
声をかけてきたのは道宮先輩だ。
引退してから少し伸びた髪の毛が似合っている。

「道宮、偶然だな」
「まぁこの辺で初詣って言ったらここくらいしかないしね。澤村は、今日はなまえちゃんと二人なんだ?」
「おー他の奴らとはぐれてな」
「ふーん」

そのとき、道宮先輩の口角がにこーってあがった。

「おい、なんだその顔」と言う大地さんの声が少し揺れたような気がした。

「なんだって?元からこういう顔ですー」

なんか、口をはさむところもなくて置いてけぼりだ。
中学校から一緒だという元主将同士は仲が良いというか戦友というか、二人の空気感は誰も割り込めないなって思う。
道宮先輩は優しくて大好きな先輩だけれど、ちょっと苦手だ。
どうやったって敵わない。

「よかったね、良い誕生日プレゼントだ!」
「おい、道宮…余計なこと言うなよ…」
「ごめんごめん!邪魔者は消えるね、良いお年をー!なまえちゃん、またね」
「あ、はい。良いお年を…」

女子バレー部のみなさんがいなくなったあとの空気ったらない。
さっきまで気遣うようにたくさん話してくれた大地さんが黙ってしまったからだ。
だったらわたしが話せばいいんだろうけど、道宮先輩と話す大地さんの様子が頭から離れなくて話題が浮かんでこない。

(……大地さんと初詣に来れるのも今年で最後かもしれないのに)

春高が終わっても、三年生はこれからセンター試験やら本試験やらが控えていて、きっと三月まで受験一色だ。
冬休みが終わっても三学期は自由登校だから学校ではきっとほとんど会えない。
三月の半ばには卒業式で、そうしたらこうやって並んで歩くなんてことはもうないだろう。

ずっとコートの外から、頼もしい背中を見ていた。
ベンチに入ることすらできなくて、いつも観客席から声援を送ることしかできなかった。
肩を並べているスガさんが、旭さんが、潔子さんが、道宮先輩が羨ましかった。

「みょうじ、前見て歩かないと危ない」
「え、わっ」

ぼんやり歩いていたら前の人の背中にけっこうな勢いでぶつかりそうになっていて、それに気が付いた大地さんがわたしの腕を掴んで引き寄せた。

「すみません、ありがとうございます」
「考え事か?」

ぼけっとしてるなんて珍しいな、って少し笑われる。

「えっと、今みんなどこら辺かなぁと思って」
「あー合流したいよな?」
「そういうわけではないんですけど」
「え?」
「あっいや合流したいです」
「はは、どっちだよ」

苦し紛れに誤魔化そうとしたら、余計変な感じになってしまった。
それなのに大地さんはまた笑ってくれて胸がぎゅってなる。
笑った顔も大好きだなぁ。

「あの、大地さん」
「ん?」
「なんか言いそびれちゃったんですけど…お誕生日おめでとうございます」

あ、タイミング間違えた、かも。

いま言ったら道宮先輩が言ってるの聞いて思い出したみたいだ。
ちゃんと覚えてたし、むしろ昨日から「明日は大地さんの誕生日だ」ってそわそわしていたのに、わたしのバカ。

「おーサンキュ」

大地さんの顔を見上げたら、目尻を下げるわたしの大好きな笑顔があって、なんだか恥ずかしくてすぐに俯いてしまった。
いま絶対顔赤い、熱い。
頭上から降ってくる低くて穏やかな声が、余計に体温をあげる。
外気に晒されている顔は冷たいはずなのに熱い。

「みょうじ忘れてんだろうなーって思ってた。そもそも知らないかもって」
「ちゃんと覚えてましたよ」

知らないわけない。
去年の今日だって、他の部員とお祝いした。
12月31日生まれの大地さんのお誕生日を祝ってから年越し、これが暗黙の了解みたいな感じだった。
今年は、突然二人っきりになってしまって正直それどころじゃなかったというか、完全に言いそびれていた。

「あー…そう言えばな、西谷たちが誕生日プレゼントくれたんだ」
「?そうなんですか?」

なにそれ、聞いてない。
去年はみんなで誕生日プレゼントを買いに行ったのに。
というか、誰かの誕生日のときは何かしらのお祝いをしている。
プレゼントをもらったという大地さんは手ぶらで、ポケットサイズのものでももらったのだろうか…と訝しむ。

「なにもらったんですか?」
「んー、時間」
「へ?」
「この時間。みょうじと二人の」

どういうことですかと聞いた声は我ながら小さい。

「西谷が時間伝え間違えてたのは本当なんだけどな。それに気付いたらスガがさ、俺に残れって言って」
「だ、大地さん?」
「なんつーか、言ってないのにバレてるもんだな」
「あの、なんの話ですか…?」
「みんなが気ぃ遣ってくれた、みょうじと二人になれるようにって」

ちょっと待って、

「部活ばっかりで二人で話す機会とか全然ないから、みょうじのこと待ってるとき柄にもなく緊張した」

寒さで大地さんの鼻の頭が赤くて、でもだんだん頬にも耳にも赤が広がっていく。

「っ駄目です」

これ以上聞いたら、自分の決意が揺らぐようなして思わず大地さんの言葉を遮る。

「駄目なんです。言わないでください。えっと、駄目っていうのはその、大地さんと二人になるのが嫌だったとか、大地さんのことが嫌いとかじゃなくて、大地さんのことは大好きなんですけど、」

言いたいことがまとまらなくて、なんだかものすごいことを口走ってしまって、泣きそうだ。
大地さんは唖然としていて、一拍置いて顔がボッと赤くなった。

「わたし、春高が終わるまでは言わないって決めてるんです」
「えーっと、言わないって俺のことが好きってこと?」

コクコク、と首を縦に振る事しかできない。

「それ、もう言ってるけど…」
「うっ…でも決めてるんです!」



ずっと大地さんが引退するまでは言わないでいようと思っていて。
バレーに真っ直ぐな大地さんの邪魔をしたくないとか、フラれて気まずくなりたくないとか、理由は色々あって、でも最初はたぶん自分への言い訳だった。
だけど好きになってから前よりももっと大地さんのことを見るようになって、ただ純粋に大地さんの応援がしたい、そう思うようになった。

こんなふうに告白するはずじゃなかったのに。
そう思ったら目頭が熱くなってきて、目の前の大地さんが「みょうじ?!」って慌てだす。

「うぅー…ごめ、なさい」

言葉を絞り出そうとしたら一緒に涙が溢れて、大地さんのことを困らせたくないのに。

「あー…泣くな」
「泣いてない、です」
「涙すげー出てるけど」

タオルとか持ってねーよって呟いて、そうしたら目の前が暗くなって、え?って思った次の瞬間にはゴシゴシってコートの袖で目を擦られていた。

「だ、大地さん?痛いです」
「悪い」

痛いって伝えたら今度は恐る恐るという感じで指先で涙を拭ってくれる。
少しかさついていて硬くて、頑張っている人の指だと思った。

ちょっとこっち来て、と手を引っ張られて境内の隅のほうに連れて行かれる。
確かにあんな人混みのなかで押し問答して泣いていたら目立つし他の参拝客に迷惑だ。

「とりあえず涙ひっこめて」
「ごめんなさい…」

大地さんの手が伸びてきて、さっきみたいに指で涙を拭ってくれるのかと思ったら、いつもしてくれるみたいに頭をぽんぽん撫でられてた。
なんだか勝手に期待したみたいで恥ずかしい。

「俺さ、バレーもあるけど受験生でもあるんだ」
「?知ってますよ」

だから大地さんの邪魔がしたくなくて、せめて春高が終わるまで、一区切りつくまでって思っていたんだ。

「うん。だから春高終わって部活引退したところで忙しさ的には変わらないと思うのね」
「…はい」

あぁ、もうこれはフラれる奴だ。
お前なんかに時間を使ってる場合じゃないってフラれる奴だ。
さっきもしかして大地さんもわたしのことを…って思った自分が恥ずかしい。

「みょうじが春高終わるまでって思ってくれてるのはわかった、けど、俺そんなに我慢強くないんだ。…俺のこと、好き?」
「……好き、です」

真っ直ぐな瞳が射抜かれるようで。
言わないって決めてるなんて宣言しておいて、大地さんに好きなのかって聞かれてあっさり認めてしまって情けない。
だって好きじゃないなんて嘘でも言えないよ。

「俺もみょうじのことが好きだよ。だから、俺達付き合おう」

お互い好きなのに我慢する必要なんてないと思わないか?って聞かれて、止まっていた涙がまた込み上げてくる。

「返事は?」って手を取りながら聞かれて、あぁやっぱり大地さんはずるいなぁなんて思うけれど、幸せすぎてわけがわからなくてただ頷くことしかできない。
遠くのほうであけましておめでとうという声が聞こえてきて、あぁ年が明けたんだなって他人事のように思った。






「なー大地とみょうじさんどうなったかなー」
「みょうじも大地さんも、お互い意識してるの周りにはバレバレなのに本人たちは気付いてないとか、もどかしいにも程がありますよね」
「本当それ。大地はみょうじさんの前だとかっこつけようとするし、声のトーンめちゃくちゃ優しいし」
「みょうじも大地さんにドリンク渡すときだけやたら緊張してますし」
「見てるこっちが恥ずかしいから、さっさとくっつけばいいのにな」



(2015.01.11.)

大地さんお誕生日おめでとうございます。
遅刻ごめんなさい。

最後の会話はスガさんと縁下です。




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