眠気覚ましはきみの声

「おはよー」
「おはよ、菅原くんがギリギリなのって珍しいね」


予鈴が鳴った少し後に、隣の席の菅原くんが澤村くんと一緒に教室に駆け込んできた。

「いつも朝練で早く学校いるからね」

やー焦った焦った、と言いながら部活道具と教科書が入っている重たそうなカバンを机の上に置く。

「今日は朝練休みだったの?」
「うん。今日はね、武田先生に頼み込んで国語科の準備教室でみんなとW杯観てた」
「えーなにそれ楽しそう!」
「あ、やべこれ言っちゃいけないんだった。秘密な」

口もとに人差し指を当ててシーってする菅原くんは今日も朝から爽やかだ。

「日本戦、ちょうど登校時間と被ってたもんね」
「そうそう。これは観ないわけにはいかないっしょーって話になってさ」
「菅原くんバレー部なのに?」
「男はみんなサッカー好きだよ」
「ふーん」

話しながら一時間目の数学の教科書とノートを取り出している。
一時間目から数学なんて、寝てくれといっているようなものだよ先生。

クラスの他の子たちもいつもよりも眠たそうに見えるのは、日本中が注目していたであろうサッカーW杯の日本戦が今日の早朝に行われたからだろう。

ブラジルとかサッカー強豪国は、国際試合がある日は学校や会社が休みになるってニュースで言ってた。
日本もそうならいいのになぁと思ったけれど、菅原くんとこんな風に朝から話せるなら悪くないなっても思う。



「みょうじは?」
「ん?」
「サッカー、観た?」

ごく自然な会話の流れといえばそれまでだったけれど、菅原くんから話を振ってくれたことが嬉しい。

「観たよー久しぶりに早起きしたら眠くて」
「はは、数学寝ないようにな」
「…寝たことなんてありませんけど」
「よく机に突っ伏してるの見ますけど」


よく見るって!

そんなところ見られていたなんて恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
菅原くんだって授業中眠そうにしていることはよくあるけれど、そういえば本当に寝てしまったことってあんまりないんじゃないだろうか。
少なくともわたしは見たことがない。


「みょうじサッカー好きなの?」
「んー見るのは普通に好き」
「彼氏サッカー部だもんな」
「え?」

一時間目の準備が終わって、教室にかけられている時計をチラッと見ると本鈴が鳴るまであと2分。
うちのクラスの担任はチャイムが鳴ってから職員室を出る人だから、まだしばらくは菅原くんと雑談していても大丈夫だ。

「あれ、2組の藤代、彼氏だよね?」
「藤代くんはそういうんじゃないよ」

2組の藤代くんは確かにサッカー部だけれど、彼氏なんかじゃない。
そもそも菅原くんのこといいなって思っているのに、他の人とお付き合いなんて考えられない。


「あー…そうなんだ」
「うん」
「なんかごめんな」
「え?いや別に…藤代くんとは仲良いからそういう風に思ってる人ほかにもいるのかなぁ」


話題の藤代くんとは中学から一緒で。
廊下で会えば言葉を交わすし、どちらかが教科書を忘れたら助けを求めたり、漫画の貸し借りをしたり。

…あれ、これって傍から見たら付き合ってるみたいに見えるんだ?

謝る菅原くんの言葉に返事をしながら冷静に考えると、まずかったかもしれないと少し血の気が引いた。

「藤代じゃないならさ、みょうじ彼氏いないんだっけ?」

菅原くんは教科書をパラパラと捲っていてこっちを見ていない。
…部活一筋な彼からしたら隣の席ってだけのわたしの恋愛事情なんて本当は興味がないのだろう。
そのことに少し胸を痛めながらも平静を装う。

「いないよー全然できる気配ない」

お恥ずかしい、と笑えば「みょうじモテるのに意外」と予想もしてない返事が返ってきて、手持無沙汰だった両手で持っていたシャーペンを思わず落としてしまった。
シャーペンは菅原くんのほうに転がってしまって、それに気が付いた彼はすぐに体を曲げて拾ってくれた。

「はい」と言いながら差し出されたシャーペンを受け取ったときに少しだけ触れた指先が熱くて、わたしの顔は赤くなっていないだろうか。


「…モテたことなんてないよ」
「少なくとも、藤代と付き合ってないってことで喜ぶ奴いると思うよ」
「えーそんな慰めはしなくていいんだよ菅原くん」


モテるのは菅原くんのほうじゃないですかって心の中でつぶやく。
笑顔が素敵で優しくて勉強もできて、部活を一生懸命やっている副主将だなんてモテないわけがない。



「俺は嬉しいっていうかホッとしたけど」



菅原くんがそう言ったときちょうど本鈴が鳴って、最後のほうがよく聞こえなかった。

「…え?ごめんもう一回言って?」
「…やだ」
「えぇ?!」

菅原くんがやだって言った。
あの優しい菅原くんに拒否されてしまったことにどうしてちゃんと声を拾わなかったのわたしの耳…!と思わず頭を抱えそうになる。

「もうちょっとみょうじが意識してくれるようになったら、言うよ」
「意識?」
「うん」
「どういうこと?」


益々わからなくて菅原くんの表情を窺っていたら、担任の先生がガラッと勢いよく教室のドアを開けた。


「…あのさ」

菅原くんが口を開いたのと同時に、日直の生徒が先生が入ってきたのを見て「きりーつ」と締まりのない声で号令をかける。
慌てて立ち上がるわたしとは違って菅原くんはゆったりした動きで立ち上がる。

「サッカー好きなら、今度Jリーグ観に行く?二人で」


れーい、と続いた言葉と一緒に教室にいるみんなが頭を下げる、けれど。
わたしは菅原くんの不意打ちのお誘いに耳を疑って、ただただ立ちつくしてしまった。




サッカー観るのは好きって言ったけれど。
男子は大抵サッカー好きだよって藤代くんが教えてくれたから。

W杯、日本戦くらいは観ておいたほうが菅原と話合うんじゃん?ってアドバイスしてくれたから。


そう言ったら菅原くんはどんな顔するかな?



「ちゃくせーき」の声と同時に始まってしまった朝のHRが終わったら、なんて返事をしよう。
いつもは長く感じる先生の話も右から左で、今はただ赤くなっているはずの頬を両手で覆うしかなかった。


(2014.06.29.)

W杯盛り上がってるうちにーと思い書きました。
すがさんとお隣の席になりたい…
眠たそうなところ覗き見したい…



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