スターライトパレード

……落ち着かない。

そわそわしながらカバンから小さな鏡を出す。
前髪、切りすぎたかな。
お肌、荒れて……ないよね。
クマ、昨日早く寝たから大丈夫。
毎日のように顔を合わせてるから今更気にしたって仕方ないことだけど、冴えない女の子が隣歩いてたら一緒にいる人に悪いもんね。
鏡をしまいながら誰に向けてだかわからない言い訳を心の中で繰り返す。
毎日着ている制服のスカートが短く感じる。
変じゃないかな、おかしいところないかな。

涼ちゃん、早く来ないかな。




「なまえー!」

切りすぎてしまった気がしてならない前髪を、引っ張ったり撫でつけたりしながら落ち着かない心を鎮めようと努めていたら、改札の向こう側から長い腕を伸ばしてぶんぶん手をふる幼馴染の姿が目に入った。
いつも見ている制服姿。
海常もうちの高校と同じく夏服に衣替えをしていて、白いワイシャツにネクタイという小ざっぱりした着こなしなのに、なんてことない格好なのに。
涼ちゃんが着るとものすごくかっこよく見えてしまう。

「ごめんね、待ったっスか?」
「ううん、さっき来たばっかりだよ」
「よかった!じゃ行こっか」

電車と専用のモノレールを乗り継いで着いた場所は、涼ちゃんが行きたいとリクエストした遊園地。
さかのぼること一週間、いつものようにわたしの部屋に遊びに来ていた涼ちゃんが、急に言い出したのです。

「遊園地、行きたくないっスか?」
「え?別に……」
「行きたくないっスか?!」
「い、行きたいです!」
「よし!じゃあ18日は遊園地デートっスね!」
「え、デート?ていうか18日って平日…」
「学校帰り!制服で遊園地デートっスよー!」
「え、だからデートって、え?」
「学校終わったら駅で待ち合わせね」

そんなわけで、あれよあれよと約束を取り付けられてしまった。



学校帰りや仕事帰りの人たちが多いのだろうか、こんな時間なのにそれなりに混んでいるチケット売り場で夜から入場できるチケットを二枚買う。
「楽しみっスね」と笑う涼ちゃんの横顔を見ると、ほんとのデートみたいだな、なんて思ってしまって顔が熱くなる。

どういうつもりで誘ってきたのかななんて考えてしまうけれど、どうもこうもないんだろうな。
こんなに楽しそうな顔して、よっぽど遊園地来たかったんだなぁ。
背はぐんぐん伸びて一般男子高校生の平均身長を大幅に超えているのに、中身は子供みたいなところあるんだよね。

「涼ちゃん、なに乗りたい?」

わたしの浮ついた気持ちがバレないように平静を装って尋ねる。

「なまえが乗りたいのに乗りたい!」
「えぇーなにそれ」
「オレ、どれがおもしろいのかよくわかんないんスもん」

入場時にもらったパンフレットを眺めながら「だからなまえが乗りたいの乗ろ」と言う。

「うーん、わたしはジェットコースター乗って夜のパレード見られたら満足かなぁ?」
「お、いいっスね」

じゃあまずはジェットコースター行ってみよー!と片手をあげて、軽い足取りで歩き出す涼ちゃんに置いて行かれないように慌てて付いて行った。

「人多いわりにはあんまり並んでないね」
「そっスねーみんな何乗ってんスかね」
「最近新しくできた乗り物かな?3Dでね、すごいんだって」
「あーそれテレビで見た」

土日は一時間以上並ぶのが当たり前な人気のジェットコースターも平日だからか比較的短い待機時間で乗れた。
待ち時間も涼ちゃんと話していればあっと言う間で、よく付き合いたてのカップルが遊園地デートに来ると間がもたなくて別れる……なんて話を聞くけれど、会話に困ることなんて全然ない。
「それも乗りたいっスね」と子供みたいに笑う涼ちゃんの横顔を眺めながらそもそもカップルではないんだけど、と心の中で訂正を加えた。



そう長くない待ち時間を経て、わたしと涼ちゃんの順番になった。
狭いジェットコースターの席に二人で並んで座る。
女友達と座っても狭いなんて感じないのに、細身なのにちゃんと男の子なんだなぁと当たり前のことを思った。

「はーい、では安全レバーおろしてくださーい」

係りのお姉さんの元気な掛け声に合わせて、涼ちゃんが安全ベルトをおろす。
「うおー久々だとテンションあがるっスねー!」
そう言った涼ちゃんに、ベルトを握っていた手を取られて驚いた。
「え?ちょ、なんで手、」
「怖いから!繋いでて!」

「では!いってらっしゃーい」
慌てるわたしのことなんてお構いなしでお姉さんが出発の合図を出して、ジェットコースターは動き出してしまった。



「………」
「なまえ…?大丈夫っスか?」
「いや、なんか…無駄に疲れた…」

涼ちゃんがずっと手を離してくれないものだからジェットコースターを純粋に楽しむことができなくて、繋がれた右手にばかり神経が集中してしまった。
怖いから手を繋いでいてくれと言った涼ちゃんは隣でケロッとした顔をしている。

「そんなに怖かった?」
「ジェットコースター自体は別に……」

きょとん、と首を傾げ大丈夫?と尋ねる目の前の幼馴染が憎い。
人の気も知らないで。

「ってかなまえ髪の毛ぼさぼさ」
「なっ涼ちゃんだって!」

風に煽られてぼさぼさになってしまった髪型を、2人して笑い合って、涼ちゃんにさらにわしゃわしゃって撫で繰り回された。

わたしばっかり意識して馬鹿みたいだなって、たまに思う。
でも、こんな近くで笑顔を見られるなんて嬉しくて幸せで。
普段だったらこんなことされたら恥ずかしくて仕方がないのにただただ楽しいのだ。
慣れないしかめっ面はすぐに解けて、自然と笑顔になってしまう。

「楽しいね」

思わず率直に言うと涼ちゃんも顔を綻ばせて「そうっスね」と言いながら自分でぼさぼさにしたわたしの髪の毛を直してくれた。



「いやーオレ、遊園地来たの中学の遠足以来っスわ」
「じゃあけっこう久しぶりだね」
「撮影とかならあるんスけどね。遊びに来るのは久しぶり」

広い遊園地内は、乗り物から乗り物へ移動するのもけっこうな距離を歩く。
けれどどこもかしこもかわいらしい作りになっていて、何回来てもこの長い移動距離さえ楽しく感じて笑顔が溢れてくる。

「あ、そろそろパレード始まるね。場所取らないと」
「場所取りなんてするんスか?」
「だってどうせならよく見たくない?」
「ふーん、女子ってほんとそういうの詳しいっスね」

パレードは遊園地内をぐるぐる回ってくれるから、どこにいても見ることができるけれど、事前に場所を取っておくと前に人がいなくて視界を邪魔されることなく見られる。
涼ちゃんは背が高いから前に人がいても関係ないかもしれないけれど、女子の平均身長くらいのわたしは男の人が前に立ってしまったら全く見えなくなってしまうのだ。

「なまえ、なまえ」

まだ人があまりいない場所に落ち着こうとしたら、涼ちゃんがわたしのセーラー服の袖をくいっと引っ張った。

「なに?」
「腹減らないっスか?」

そういえば夜ご飯食べてなかったな…と思うと急に空腹感に襲われた。

「うん、ちょっとすいたね」
「俺ポップコーン買ってくるっス!」

そう言うと颯爽と人混みの中に消えて行ってしまったので、よっぽどお腹すいてたのかな。
ポップコーンでお腹足りるのかな……と首を傾げつつ場所取りをしながら大人しく待つことにした。

少しずつ暗くなってきた辺りを一人で心許なく見回すと女の子同士のグループや親子連れもたくさんいるけれど、彼氏彼女もやっぱりすごく多い。
パレードを待っている人もその間に少し空くから乗り物に乗ろうと足早に歩く人たちもみんな笑顔。

さっきまでわたしの隣にいた涼ちゃんも楽しそうに笑ってくれていたけれど、今日一緒にいる相手がわたしでよかったんだろうか。
こんな大切な、一年に一回しかない日に。

なかなか戻ってこない涼ちゃんを待っている間、手持無沙汰になってしまってカバンから携帯を取り出す。
ホーム画面にブックマークしている涼ちゃんのブログを開くと、最新の記事にたくさんのコメントがついていた。

(お誕生日、だもんね)

ファンの人たちの応援があってこそのお仕事をしているんだから、嬉しいことだけど、それでも。
いつも当たり前のように一緒にいる涼ちゃんが、知らない人みたいに雑誌の誌面やブログの写メで笑っていると未だに不思議な感覚になる。

一緒に過ごしていても、さっきみたいに手を繋がれても、優しい言葉をかけられても、勘違いしちゃいけないんだっていつも自分に言い聞かせている。
涼ちゃんは優しい人だから。
誰にでも優しい人だから。
わたしだけが特別だなんて思っちゃいけないんだって、言い聞かせないとひどい思い違いをしてしまいそうになる都合の良い思考回路をコントロールするのは難しい。



「なまえっ」
「ひゃっ!」

思わず溜め息をつきそうになっていたら、突然頬にひんやりとしたものが押し当てられた。

「りょ、涼ちゃん」
「はい、飲み物も買ってきたっス」
「ありがとう……」

勝手に寂しい気持ちになっていたので、なんとなく気まずくて涼ちゃんの顔を見られない。

「けっこう時間かかったね。混んでた?」
「いやーなんか女の子に囲まれちゃって、」

待たせてごめん、と申し訳なさそうに謝られて全然大丈夫って返す言葉尻が震えてなかっただろうか。
仕方ない、と何回も心の中で繰り返すのにはもう慣れっこだ。

「お、来たっスよ!」
「わーすごいー!」

いつの間にか始まっていたパレードの光が、目の前で反射してキラキラ眩しい。
隣から聞こえる涼ちゃんの感嘆の声とか、四方から聞こえてくる見知らぬ人の楽しそうな笑い声とか、流れてくる盛大な音楽が遠くで聞こえているみたいだ。

すごく綺麗なのに。
楽しいのに。
心にもやがかかったみたいに視界が曇る。

「すごいっスねー」

ね?っと涼ちゃんに顔を覗きこまれて我に返る。
さらさら揺れる金髪が、光を纏って輝いている。
眩しくて目を伏せたくなるくらいに綺麗。
光の海にのまれて、沈んで、溺れてしまいそうだ。

わたしの気持ちなんて考慮してくれるわけもなく音楽が止まり、パレードも終わってしまっていた。
まだ目の前がチカチカしているような気がする。

「っなまえ!」

目の前を通り過ぎるキャラクターたちの残像を頭の中で反芻していたら涼ちゃんの声が少し遠くに聞こえた。
顔をあげて視線を巡らせると、パレードを見ていた人と足止めをされていた人が一斉に動き出したようで人の流れに身を任せるような感じになってしまった。
さっきまで隣にいたはずの涼ちゃんの声が後ろから聞こえる。

ふ、振り向かなきゃ……!

そう思うけれど四方から人にぶつかられてしまって身動きができない。

「りょ、涼ちゃ、」

このままじゃはぐれちゃう、と焦りで涙が出そうになったところで思わずぎゅっと目を瞑ると、行き場のない右手を掴まれてすぐ後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

「なまえ!」
「りょ、ちゃん」
「あーもうビビった…隣見たらいないんスもん……」

はぁ、と息を吐きながらもう一度強く手を握られて、反動で手を引いてしまったら「あ、こら」と涼ちゃんにいなされた。

「手離したらまたはぐれちゃうっスよ」
「でも誰かに見られたら困る」
「だーいじょうぶ!こんな人混みじゃ手元まで見えないっしょ。とりあえず空いてるとこ行くまで、ね」

そう言うとわたしの返事を待たずにきゅっと手を繋ぎ直して歩き出してしまった。
たしかにこの人の多さじゃまたいつはぐれても不思議ではないし、立ち止まって押し問答しているのも迷惑かもしれない。
大人しく手を引かれて歩くけれど、さっきのパレードの余韻か、涼ちゃんの揺れる金髪がキラキラと眩しくて目に痛い。

思わず目を伏せて足元を見ながら歩く。
繋がれた手が熱い。
心臓がドキドキうるさい。



「わっ」

どれくらい歩いただろうか、涼ちゃんがいきなり立ち止まったせいで彼の大きな背中に勢いよくぶつかってしまった。

「ちょっと、いきなり止まらないでください」
「あ、ごめん大丈夫?」
「鼻がつぶれた……」

自分の視線の高さよりも大分高いところにある涼ちゃんの無駄に綺麗な顔を睨んでやろうと上を見ると、さっき心配してくれた言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべていて拍子抜けしてしまう。

「大丈夫?」
「……うん、」

よかった、と言いながらわたしの頭をぽんっと撫でる。
さっきから心が落ち着かない。
ぶつかったときに涼ちゃんからふわっと香った柔軟剤の香りが風に乗って鼻をくすぐる。

「なまえ、これ乗んない?」

右手はわたしと繋いだまま、左手で指差したのは遊園地の定番であるカップルのための乗り物……だとわたしは思っているからさっき乗りたいなんて言えなかった、観覧車。

「またかわいらしい乗り物を……」
「俺観覧車って乗ったことないんスよね」

観覧車待機列のすぐ横でそんな会話をしているうちに、どんどん後から来た人たちに抜かされていく。

「どうせ時間的にあとひとつくらいしか乗れないしさ、これ乗ろ」

レッツゴー!と半ば強引に列に並ばされて、並んだのとほとんど同時に繋ぎっぱなしだった手を振り払うようにわたしから離した。
隣から小さく「あ、」と呟く声がしたけれど聞こえないフリをしてしまった。
だって、もう人波にのまれそうなわけではないし。
はぐれようがないし。
誰かに見られたら、黄瀬涼太が女と手を繋いでるなんて噂が広まったら大変だもん。

列の前も後ろもカップルに挟まれてしまって、なんだか居心地が悪い。
涼ちゃんはそんなこと気にしていない様子で、わたしが黙り込んでいたら「どうしたんスか?疲れた?お腹すいた?」と屈託のない笑顔で覗き込んでくるものだからたちが悪い。

「なんでもないよ」って答えたら「そっか」ってもうなにも言ってこない。
わたしがこれ以上聞かないでほしいなって思ってることには踏み込んでこない、その優しさがたまにもどかしい。

「次の方どうぞー」

こんばんは!という係りのお姉さんの元気な声が、すぐ傍で聞こえた。
悶々と考え込んでいるうちに、いつの間にか順番がわたしたちの前の人まで来ていたようだ。
観覧車は止まることなく回り続けて、円滑なお姉さんの案内によってわたしたちも無事に色とりどりの箱のひとつに収まることができた。

夕方から入園したにも関わらず、やはり疲れていたようで観覧車内に座った途端に思わず息を吐いたら、ばっちり涼ちゃんに聞かれてしまった。

「なまえやっぱり疲れてるっスね」

付き合わせてごめん、と苦笑させてしまった。
きっと犬だったらしっぽも耳もしゅんっとなっているんだろうな。
こんな顔させたいわけじゃないのに、謝らないといけないのはこっちだよ。

「疲れてるとかじゃなくて、」
「うん?」

口を開くと首を傾げて優しい目で続きを待ってくれる。
こういうところに、いつも胸が締め付けられるみたいに苦しくなる。

「人にバレたら大変って思ったら周りの目が気になっちゃって、気が気じゃなくて……けど意外と大丈夫なものだね」
「あー……暗いしね。案外他人のことなんてみんな見てないんスよ」
「そっか、そういうもんなんだね」

硬い椅子の背もたれに寄り掛かりながら、よかったと言うと、涼ちゃんはさっきよりもさらに苦しそうに笑った。

「ごめんね」
「えっなんで?」
「せっかく俺のわがまま聞いて付き合ってもらったのに、気ぃ遣わせたみたいで」
「涼ちゃん全然悪くないよ。謝らないで?せっかくお誕生日なのに……」

謝らせたかったわけなんてなくて、むしろ一年に一度、大切な日にこんな気分になってしまう自分を情けなくて仕方ないというのに、こんな顔をさせてしまって慌てて否定する。

「え、覚えてたんスか」
わたしが弱々しい言葉尻で話すと素っ頓狂な返事が返ってきた。
「え?」
「誕生日、俺の」

物心ついた頃からずっと一緒に育ってきたのに今更なにを言ってるんだろう。

「お誕生日だから遊園地来たかったんじゃないの?」

右に傾いたままの涼ちゃんの顔に合わせて、わたしもそちらに首を傾げて視線を合わせる。

「いや、なんも言ってくれないからすっかり忘れられてるのかと……」
「忘れるわけないよ、何歳からお祝いしてきたと思ってるの」
「そっスよね」

と言いつつも、涼ちゃんと遊園地なんてデートみたいな響きに浮かれまくってしまって、おめでとうって言っていなかったことに気が付く。
改めて言うのはなんだか気恥ずかしいな……と逡巡していたら、観覧車内の電気が急に消えて視界が暗くなった。

「え、停電?」
「なまえ、突然立ったら危ないっスよ」

慌てて立ち上がったわたしに涼ちゃんがすぐにそう言って手を伸ばしたけれど、涼ちゃんの反射神経が腕に伝わる前に観覧車自体が揺れてバランスを崩してしまった。

「わっ!」
「……っ」
「ご、ごめん……」
「いや、大丈夫スか?」
「大丈夫です……」

顔をあげられない。
視界が暗い。

ただでさえ暗い観覧車内でさらに視界が真っ暗になったのは、わたしが涼ちゃんの胸に顔から飛び込んでしまったからだ。
恥ずかしくて顔をあげられない。

細いように見えてがっしりしてる腕とか、薄いのにわたしを抱きとめるには十分すぎるくらい広い胸板とか、わたしを支えるように肩に添えられた骨ばった大きな手とか。
そういうの全部が突然近くなって、思考が停止してしまったみたいに体が動かない。

相変わらず電気はつかなくて視界が奪われている分、他の神経が過敏になっているようで涼ちゃんの息遣いを妙に近く感じる。

(離れなきゃ…)

「ごめんね、痛くなかった?」

恥ずかしい、と言いながら努めてなにもありませんでしたって顔して涼ちゃんと距離を取ろうと顔をあげようとした。

けれど、あげられなかった。

さっきまでわたしの肩に置かれていた手が、後頭部にあてられて、せっかくあげかけた顔をまた涼ちゃんの胸に押し付けられたからだ。

言葉が出てこない。
ただ心臓の音がうるさくて、でもこのバクバクって音が自分のものなのか涼ちゃんのものなのかわからなくて体温が上昇していく。

「なまえ、」
「……な、に?」
「オレ」

言いよどむ涼ちゃんの言葉に耳を澄ます。
顔は相変わらず涼ちゃんの胸に押し付けられたまま、床に座ったまま、繋がれた手もそのままで、

「オレ、今日めちゃくちゃ楽しみにしてたんスよ」

突然独り言みたいに話し始めた涼ちゃんの顔をこっそり見上げると、涼ちゃんはまっすぐに窓の外を見ていた。

「遊園地なんて普段は興味ないし、誕生日なんて大して嬉しくないけど。なまえと来れるっていうのがすげー嬉しくて。今日なんか朝からずっとそわそわしてたんスよ」
「わ、わたしもだよ」

涼ちゃんの言葉に、思わずかぶせ気味で自分もすごく、すごく楽しみにしていたんだってことを伝える。

「涼ちゃんがデートしよ、なんて言うからすごく緊張したけど楽しみにしてたんだよ」

涼ちゃんの手の力がふっと緩んで、どうしたのかなと表情を窺おうと顔を見ると、涼ちゃんはなぜかむっとした顔をしていてまずいこと言ったかなと怯む。

「……だったら」
「涼ちゃん?」
「だったら、もっと楽しそうな顔してくれると嬉しいんスけど」

観覧車の中は風なんて吹いていないのに外にいたとき香った涼ちゃんの柔軟剤の香りがまた鼻をくすぐる。
それだけ距離が近くて、体温を感じて、息が止まりそう。

「自分の誕生日なんてどうでもいいけど、なまえには祝ってほしいって忘れないでほしいって思うんスよね。なのにおめでとうの一言もないなんてひでーなって」

忘れられてるって思ってちょっと凹んだんスよ?って言う声はいつもより小さかった。

「ごめんね……その、今日ほんとに緊張してて。2人で遊園地なんてデートみたいだなって思ってたら肝心なこと言いそびれちゃって」

コホンっとひとつ咳払いをして、抱き締められていた体を少しだけ離してほしいと手で涼ちゃんの体を押し返す。

「涼ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ん、ありがと」
「改めて言うのって照れるね」
「そっスね、じゃあ」

言葉を切って、少し目を泳がせたかと思ったらまた目が合って。

「恥ずかしいついでに、ひとつお願いしてもいいっスか?」
「うん!お誕生日だもん、なんでも言って!」

なんでもって、と苦笑した涼ちゃんは「お願いっつーか、うん……」と独り言みたいにぶつぶつ言っている。
「うん?」と続きを促すように相槌を打つけれど、今までにないほどに近い距離。
幼馴染だからって笑い飛ばせないくらいの距離で、涼ちゃんの言葉を待ち続ける時間はわたしの小さな心臓には負担が大きすぎる。

涼ちゃんが浅く息を吸う。

「俺さ、なまえにこうやって毎年祝ってもらえるの本当に嬉しいんスけど。でも幼馴染って言っても男と女だし。いつまでもこのままってわけにはいかねーんだろうなっても思う」

いつまでも、このままってわけには。
涼ちゃんの言葉を黙って聞く。

「……もし、なまえに彼氏とか出来たらこんな風に遊ぶとかできないんだろうなって」

わたしに彼氏が出来るよりも、涼ちゃんに彼女が出来るほうが絶対に早いよ。
今までだって彼女がいたことあるって知ってる。

でも、いろんな人と付き合っても長く続かなかったことも知ってるよ。

そのたびに心が痛かったり不謹慎にも喜んでしまったり、わたしの恋は一人で上がったり下がったり忙しい。

「けど俺は、これから何年先だってなまえにこうやって祝ってほしい。……つまり、なまえに彼氏が出来るのは嫌ってことで、」

そこで涼ちゃんが言葉に詰まった。
さっきから心臓が締め付けられるみたいに痛いよ。

「えーっと、つまり」
「うん?」
「……こういうこと」

そう言った涼ちゃんの緊張したような、でも綺麗な顔が近付いてきて、状況を理解する前におでこに柔らかい感触が触れた。

「なまえのことが好きだから、これからは幼馴染としてじゃなくて彼女として一緒にいてください」

キスされたって気が付いたら顔に急激に熱が集まって、そのあとの言葉に顔だけじゃなくて涼ちゃんに触れられている肩とか、肩から腕に熱が移るみたいに全部全部熱くて。

涼ちゃんは人との距離が近いなって思うことはあるけど、そんなレベルの話じゃなくて、ってそんなことを考えている場合ではなくて、いま、キスされた?
おでこにだけれど。
涼ちゃんにとってのキスは挨拶か何かなんだろうか、アメリカ人か!って突っ込みを入れている場合でもない。

涼ちゃんが言葉を発するまでの数秒で頭の中をいろんな考えが走り抜けて行った。
何か言わなきゃ、返事をしなきゃ。

わたしも好きって、言わなきゃ。

「えっと、」
「俺のこと幼馴染ってしか思えないっスか?」
「そんなこと、ない、けど」
「うん?」

自分もおしゃべりなくせに、こうやってわたしが言いたいことを言葉にするまで待ってくれるところとか。
話しやすいように促してくれるところとか。
支えてくれる腕が、引っ張ってくれる手が優しいところとか。
一緒にいてこんなに安心できるのは涼ちゃんが幼馴染で小さい頃から一緒にいたからってだけじゃないよ。

「わたしも、涼ちゃんが好き」

珍しく自信がなさそうな不安そうな表情をしていた涼ちゃんの顔がパッと明るくなった気がして、その後また「好きの意味わかってる?女の子としてキスとかハグとかしたい、の好きっスよ?」なんてことを聞いてくるから思わず「わかってるよ!」と口調が強くなったのはただの照れ隠しだってわかってほしい。

「わたしも涼ちゃんのこと男の子として好きだし…ぎゅってしたいよ」
「……」
「りょ、涼ちゃん?」
「今のほんと?」
「こんな嘘つかないよ」
「そんなこと言うと俺遠慮なくするけど」
「……さっき抱き締めたくせに」
「それはそれ!これはこれっスよ!」

「あーもう!」とやけ気味に抱き締めてきた腕は少し痛かったけれど、それでもやっぱり優しかった。



無事に動き出した観覧車から降りたあと、涼ちゃんが欲しいって言うからペアのストラップをお土産に買った。
ベタじゃない?って聞いたら、幼馴染で付き合うって時点でもう我ながらベタだからいいんじゃないスか?って嬉しそうに笑うから、まぁいいか。



(2014.06.18.)


黄瀬くんお誕生日おめでとう!
うちの黄瀬くんは基本へたれですけど今日はお誕生日なので頑張ったほうじゃないですか?!
またひとつ大人になったね……。




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