キラキラ、キラキラ。
ステージで歌う音也くんはいつだって眩しくて。
時々目がくらむ。
「後輩ちゃん浮かない顔してるねー」
「寿先輩」
ステージの袖から、トークコーナー真っ最中の音也くんを見ていたらゲストとして来ていた寿先輩に声をかけられた。
人から見てわかるくらい、冴えない表情をしていたのだろうか。
無理矢理笑顔を作って振り返ると、寿先輩はいつも通り、人好きのする笑顔を浮かべていた。
「おとやんのバースデーイベントなんだからさ、スマイルスマイル〜!」
「…そんなにひどい顔してました?」
今日、4月11日は音也くんの誕生日で、ファンクラブ会員限定のバースデーイベントが開催されていた。
主役の音也くんは初めに1曲だけ歌ったあと、ゆるっとしたトークを司会役の林檎ちゃんと繰り広げている。
「んーいつもの後輩ちゃんじゃないかなって。なんとなくだけどね」
寿先輩はもうすぐサプライズゲストとしてステージに登場する予定で、わたしなんかに気を配っている場合じゃないのに…と申し訳ない気持ちになった。
「なんか思うことがあるなら嶺ちゃんに話してごらん?」
「でも、寿先輩もうすぐ出番ですし…」
「いいのいいの〜!なんか今盛り上がってるからタイミング違うしさ、ね」
たしかに、音也くんが通っていたアイドル養成学校の早乙女学園で、林檎ちゃんが担任の先生をしていた話で盛り上がっているようで、しばらく寿先輩が呼びこまれる気配はなかった。
「…眩しいなぁって思って」
ぽつり、と小さい声で言うと、寿先輩は大きな瞳を見開くようにしてわたしの顔を見た。
「それだけです」
我ながらぎこちない笑顔だな、と思う程には表情筋がうまく働いてくれなかった。
「…まぁ僕らみたいな職業の人間と付き合う上では仕方ない悩みではあるねぇ」
寿先輩は困ったみたいな表情で頭をぽんっと撫でてくれて、「おとやんがステージからにらんでくるからそろそろ行こっかな」とだけ言って颯爽とステージへ向かった。
「さっき嶺ちゃんとなに話してたの?」
トークコーナーが終わって一旦袖にはけてきた音也くんが暗幕の影で衣装を着替えている。
このあとはライブで3曲だけ歌う予定になっていて、ステージでは寿先輩と林檎ちゃんが繋いでくれていた。
「え?」
「なんか2人とも困ってたみたいだったから、どうしたのかなーって」
「えーっと…」
「なんかあった?」
普段のライブでは早着替えのためスタッフさんが着替えを手伝うけれど、今回のイベントはそこまでタイトなタイムスケジュールじゃないから、話しながらテキパキと1人で着替えている。
「たいした話はしてないんだけど」
「俺には言えない?」
言い淀むわたしに今度は音也くんが困ったみたいに微笑んだ。
誕生日の音也くんに、今日の主役の音也くんにこんな顔させるなんて彼女失格だなぁってまた胸にズシリと鉛みたいになにかが落ちてきたような気がした。
「…眩しいなぁと思って」
言っていいものか、と少し悩んだけど、ここで変に隠してこのあとのライブに影響が出たら嫌だから。
もっとも、音也くんはプロだからそんな心配は杞憂だろうけれど。
「アイドルとしてステージに立つ音也くんがかっこいいなって。それだけだよ」
「ほんとに?それだけ?」
衣装をバッチリ着込んで、最後にイヤモニを付ける。
もう慣れたその動きは流れるようだ。
ステージにいた音也くんの表情は輝いていて、この場が楽しくて仕方ないって全身から伝わってきて、それを見ているファンの人たちも今日をずっと楽しみにしてたんだってわかった。
「ステージに立つ音也くんはキラキラしてて、アイドルで。ここに来てるファンの人たちみんな音也くんのことが大好きなんだなぁお誕生日祝いに来てくれたんだなぁって思ったら、嬉しいのになんか複雑な気持ちになっちゃって、それだけ」
我ながら馬鹿だなぁと思う。
情けない表情を見られたくなくて前髪を撫でつけるフリをして手で顔を隠して、ステージにいる林檎ちゃんと寿先輩が早く音也くんを呼んでくれないかなって、ただ願った。
「なまえ?」
「なに?」
顔をあげられずにいたら、わたしより二回りは大きい手に手首を掴まれた。
「こっち向いて、俺の目見て?」
なんだかすごく泣きそうで。
喋ろうと思うと声が震えてしまう気がして無言のまま首を横に振って、気が付いたら音也くんの腕の中にいた。
「お、とやく…」
「そんな顔してるなまえ置いてステージ立てないよ。俺、そんなに頼りない?」
いつもじゃれるように抱き付いてくる音也くんの両腕にぎゅってきつく力が籠められる。
「…逆だよ」
本当はこんなこと言いたくないんだけど、と前置きをして、音也くんの背中に腕を回した。
「音也くんがどんどん先に進んでいくから、逞しくなってくから。わたしばっかり音也くんのことどんどん好きになってくなぁって。ここに来てる女の子たちみんな、音也くんのこと大好きなんだって思ったら、なんか、」
そこまで言ったとこで、柔らかい唇がふってきて続きは言葉にならなかった。
「俺は、なまえじゃなきゃ嫌だよ」
コツン、とおでことおでこを合わせてまっすぐ見つめてくれる瞳に自分が映っている。
今にも泣きだしそうな情けない顔。
音也くんはちょっと怒っているような顔で、だけど抱き締める腕はひどく優しい。
「俺が前だけ向けるのはなまえがいてくれるからで、なまえの頭の中が俺でいっぱいになればいいのにっていつも思ってる」
「音也くん…」
「今日のイベントもさ、誕生日にイベントできるってすっげー嬉しいしファンの子たちが来てくれるのもありがたいけど、ここでなまえが見ててくれるって思うと何倍も頑張れる」
わたしの不安なんて全部溶かしてしまう音也くんの言葉は太陽みたいで。
見つめてくる瞳とか抱き締めてくれる腕とか、そういうの全部で好きだよって伝えようとしてくれてる。
あぁわたし、音也くんのこういうまっすぐなところが大好きだなぁ。
「ていうかさ。なまえは俺のパートナーなんだよ。俺がここに立てるのは、なまえがいるから、わかる?」
優しく諭すように話す音也くんに、コクコクって頷くことしかできない。
胸がいっぱいってきっとこういうときに使うんだ。
「俺が眩しいっていうんなら、それはなまえがいるからだから。不安になったらこうやってぎゅってして、キスして、何回でも好きだよって言わせて」
だからもっと弱音はいていいし、俺のこと頼って?そう言った音也くんに「ありがとう」って消えそうな声で言ったら大好きだよって柔らかい声が返ってくる。
衣装が皺になっちゃったらどうしようって少し脳裏をよぎったけれど、ぎゅうぎゅう苦しいくらいにお互い抱き締め合った。
どれくらいそうしてただろう。
きっとそう長くはない時間だったと思うけれど、暗幕の向こう側で、そろそろ準備できたかなーって寿先輩の声が聞こえて2人して我に返ったみたいにおずおずと顔をあげた。
「…俺行かなきゃ」
「ん、もう大丈夫。みんな待ってるよ」
音也くんがちゃんとステージで輝けるように、わたしは精一杯の笑顔で送り出さないといけない。
そっと離れて、触れるだけのキスをくれる。
「音也くん、お誕生日おめでとう」
「うん、ありがと」
「お誕生日なのに困らせてごめんなさい」
勝手に不安になって、ファンの子にやきもちをやいて、音也くんがキラキラなアイドルなことなんてわかりきってることなのに。
「なんで謝るの?俺はなまえに愛されてることがわかって幸せだけど」
「そっか」
じゃあ、いってくるねって片手をあげて、アイドルの顔になった音也くんはステージに走って行く。
イベントが始まるときは、その後ろ姿を見送るときに心臓がきしきし痛かったけれど今はもう大丈夫だよ。
ステージでみんなに手を振りながら楽しそうに歌う音也くんがいて、ファンのみんなの歓声で会場の温度が一気にあがったみたいな感覚になった。
アイドルをしている音也くんも、
甘えたで子供みたいな音也くんも、
さっきみたいに力強く抱き締めてくれる音也くんも、
全部全部一十木音也という人で。
キラキラ眩しくて、太陽に向かって伸びるひまわりみたいにまっすぐ。
そんな音也くんの隣にずっといたい。
ひとつ大人になった音也くんがステージで最高のパフォーマンスをして戻ってきたら、もう一度おめでとうって言って、生まれてきてくれて出逢ってくれて一緒にいてくれて、ありがとうって言うんだ。
音也くんが生まれた特別な日に、こうして一緒にいられる幸せを教えてくれてありがとう。
お誕生日、おめでとう。
もらったぶんだけのものを返せてるかな。
願わくば、出来得る限りの幸福をあなたに。
(2014.04.11.)
音也くんお誕生日おめでとう!
大好きです。
愛が大きすぎてうまく表現できない。