「あ、ねぇ翔ちゃんこれは?」
「あーそうだなーこっちのほうが好きそうだけど」
「たしかにこっちもかわいい」
「女ってなんでもかんでもかわいい、だよな」
人の目につくところで、ぎゃあぎゃあと、うるさくて堪らない。
うーん…と首を捻りながら考えているなまえ…俺の彼女の隣にはST☆RISHのちび、来栖翔が座っている。
歌謡祭のリハが終わって、楽屋に戻ったらだだっ広い部屋の隅っこで、あぁでもないこうでもない、と言い合っていた。
2人でなに見てんだ、とそちらを見やると、iPhoneで何かを検索しているらしい。
ちっちぇ2人がちっちぇ画面見ながらなにしてんだか…と半ば呆れながらオレは持って来ていた雑誌に視線を落とした。
「翔ちゃん翔ちゃん、こんなのどうかな?」
「お、いいんじぇね?」
「何色がいいかなー」
「イメージはやっぱ黒だよな」
「うん、黒だね」
楽しそうに笑うなまえの声と、無駄に通る翔の声が耳についてうるさい。
広い楽屋だと言うのに、あいつらの声ばっかり聞こえてきやがる。
大体どうしてST☆RISHとQURTET NIGHTの楽屋が同じなのだろうか。
確かに今回は真斗とレンとオレの3人での歌もあるが…だからってなんで後輩と大部屋を使わなければならないのか。
「ちょっとランラーン!今にも人殺しそうな顔するのやめてよー」
「うっせえ」
「えーそんなことなくないー?後輩ちゃんたちのほうがよっぽど、ね?」
「…顔がうぜぇ」
したり顔で首を傾げてくる嶺二が鬱陶しくて仕方ない。
無視して雑誌に視線を戻すが、横にいる嶺二は喋り続けている。
それでも、なまえと翔の声だけやたら音を拾ってしまって苛立ちは増していくばかりだ。
「じゃあ今度見に行ってみるね」
「おう!頑張れよー!」
「ありがと翔ちゃん」
聞きたくない、見たくない、と思いながらも目の端で捉えてしまったなまえの笑顔に、頭の中でなにかが切れた音がした。ような気がした。
ガタっとわざと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
机に置いていた携帯をポケットに突っ込んで、2人のほうに近寄ると翔がようやく俺の不機嫌な様子に気が付いたようで顔面から血の気が引いていくのがわかった。
一方でなまえはきょとん、とした表情で椅子に座ったまま俺を見上げている。
楽屋にいた他のメンバーも、さっきまで各々の過ごし方をしていたくせに全員こっちを見てやがる。
…鬱陶しい。
「おい…」
「はいっ」
不機嫌さを隠さずに声をかけると、翔が肩をビクッと揺らして立ち上がりながらでけえ声で返事をした。
「てめえじゃねぇよ…なまえ」
「え、わたし?ですか?」
「ちょっと来い」
相変わらず呆けた顔ばかりする奴だ、と内心舌打ちをしながらなまえの手を乱暴に掴んで楽屋を出た。
くそ、らしくねぇ。
「く、黒崎さん!」
後ろを振り返りもせずにとにかく廊下を突き進んでいたら少し息を弾ませた声が飛んできた。
「あ?」
「ど、どこまで行くんですか?いきなりどうしたんですか?」
「ちょっと黙ってろ」
どうもこうも。
自分でもあんなことでここまで苛立つなんて信じられない。
けれどあの場にいることになぜか堪えられなくて。
ましてこいつとあのちびを、あのまま放っておくことなんて出来なくて。
「あの、でも、こんな…手繋いでるとこ他の人に見られたら…」
繋いでいる、というよりおれがこいつの腕をひっつかんでるというのが正しいが、なまえの言うことは尤もで、心の中で何回目かわからない舌打ちをして辺りを見回すと、都合よく空いている控え室があった。
運よくここまでは他の出演者やスタッフには遭遇しなかったが、これ以上歩き回るのは得策ではないから、掴んでいた手をグイッと引っ張ってなまえをその部屋に連れて入る。
状況を掴めずに未だおろおろしているなまえを部屋のソファに座らせて、自分もその隣にドカッと腰を下ろした。
「黒崎さん、あの、」
「ちょっと黙ってろ」
「っ…」
掴んだままの手から、触れ合いそうな隣の小さい肩から、戸惑いと少しの恐怖が伝わってきた。
黙ってろ、と言ったものの無理矢理引っ張ってきておいてなんだが何か声をかけるような気分にもなれず、ただただ沈黙が流れる。
手を離すタイミングも逃した。
優しさなんて見せてやれないし、ほのぼの話す、なんておれにはできない。
さっきまで笑ってたこいつに、自分の感情をぶつけて。
情けねぇな。
(そろそろ戻らねーとやばいか…)
時計を確認すると、いつの間にかそろそろ戻らないといけない時間になっていた。
そんなに経っただろうか。
気まずいままだったが本番に遅れるなんてシャレにならない。
無言のまま立ち上がり、ようやくなまえに声をかけようとしたら腕をぐっと引かれた。
顔を見ようと振り返ると俯いていて見えない。
「おい…」
行くぞ、と言いかけたところで、少し震えた消え入りそうななまえの声が鼓膜に届く。
「黙ってろって、」
「あ?」
「黙ってろって言ったって、黒崎さんから何も言ってくれないじゃないですか…」
「なまえ」
「確かに、そもそもわたしなんかが楽屋にいたら迷惑だったかもしれないです」
「おい、」
「それに翔ちゃんと騒いじゃって、うるさかったかもしれないです。それは謝ります」
ごめんなさい、と言ったあとに唇を噛みしめる。
でかい瞳に涙が溜まっていくのが見ていてわかった。
「本番前の集中したい時間なのに、邪魔してごめんなさい」
もう一度謝ったあとに「でも、」と続けてようやく顔をあげた。
「だからって、いきなり楽屋出て行って、なんにも言ってくれないのに黙ってろなんて、」
あ、零れる。
そう思った次の瞬間、大きな涙の粒がなまえの瞳から零れるみたいに溢れた。
「謝らせてもくれないんですか?」
泣かれると弱くて、これだから女は…なんてこいつに限っては思えない。
ぽろぽろ零れていく涙を手の甲で少し乱暴に拭ってやると、弱々しい声で「痛いです…」と言う。
「あー…泣くな」
「わたしが悪いのはわかってるんですけど、」
「いや、お前は悪くねぇ」
よくわからない、と顔に書いてあるなまえの頭を力任せにくしゃっと撫でる。
「お前が楽屋いんのも、ガキ同士で騒いでんのも別にかまわねぇ」
確かに少しうるさかったが、と付け足す。
「じゃあなんでいきなり楽屋出てったんですか…?」
まだ目の端に残る涙を、今度は指で拭ってやるとくすぐったそうに目を細める。
「名前、」
「え?」
「あのちびのことは、嬉しそうに名前で呼ぶのかと思って」
「え、あのちびって、」
「それだけだ。行くぞ」
「それだけって、え、どういうことですか?」
この細っこい体のどこにそんな力があるのか、という力で、部屋を出ようとするおれを引っ張る。
おかげで少しよろけてしまった。
「だから!」
全部言葉にしなきゃわかんねぇのか、と溜息を吐きたくなる。
でも全部教えてやるほどおれは優しくないし、正直でもない。
さっき引っ張られた仕返しに、今度はおれがなまえの手を引いて、開こうとしていた部屋のドアと自分の間に閉じ込める。
なまえの顔の横に右手をついて、逃げられないように左手は繋いだままで、でも少しだけ力を強めて指を絡ませる。
呆けた顔をしていたなまえが、一瞬で顔を真っ赤にさせた。
「いちごみてぇだな」
「そ、それは黒崎さんが」
「黒崎さんが?」
「…っ」
顔を赤くさせたまま口唇を噛みしめたなまえの頬を撫でて、そのまま口もとに触れる。
抗議の声をあげようとした唇を覆うように自分の唇でふさぐと、華奢な肩が強張るのが伝わってきた。
別にキスなんて初めてではないのに、いつまでもこんな反応を見せるこいつにおれのほうまで胸がざわつく。
空気を欲するように少しあいた隙間から、舌を滑り込ませるようにすると甘くて胸焼けがしそうな味がした。
今にも膝から崩れそうななまえが、おれの胸をどんどんっと叩くから解放してやって、その背中を抱くようにして支えてやる。
おれの腕の中にすっぽり収まる小さい体が、肩で息をする。
やりすぎたか…と思い背中をさすってやるとおれの胸についたままだった手が弱い力でジャケットの襟元を掴むからたまらない。
「あっま…」
自分の口唇を舐めながら顔をしかめると「あ…さっきココア飲んでたから…」と息苦しそうに言う。
「ふーん…ガキ」
ま、人のこと言えねーけどな、と独り言のようにつぶやくと「どういう意味ですか?」と潤んだままの瞳で見上げてくる。
ほんと耳はいいな、と苦笑するとさらに首を傾げるなまえの小さくて丸っこい、自分よりだいぶ低いところにある頭にぽんっと手を乗せる。
「なんでもねーよ」
前髪をどけて、額に軽くキスを落とす。
―と、そのときポケットに入れていた携帯が震えた。
壁にかけられている時計を見るとそろそろ戻らないとまずい時間になっている。
なまえをドアに押し付けたまま、携帯を確認するとディスプレイに嶺二の名前が表示されていたので、着信に出ずに切った。
「あ、寿先輩…いいんですか?」
「あ?どうせ早く戻って来いって電話だろ。さっさと戻るぞ。1人で立てるか?」
「だ、大丈夫です!」
カッと顔を赤くさせておれの手を振り払ったなまえの頭をくしゃっと少し乱暴に撫でると不満そうに唇を尖らせて「子供扱いしないでください…」だとか、「なんか誤魔化されたような気がするんですけど」などとぶつぶつ言っているが、無視してようやく控え室を出た。
少し頭が冷えた今となってはこんな場所で手を引いてやることなんてできないから、振り返りもせずにずんずん歩く。
別に、こいつが誰と話してようがこいつの勝手だ。
人のやることにいちいちケチつける気はねぇ。
…そもそも、こんなこと考える時点でらしくないことはわかってる。
感情に任せてあんな風に連れ出して、泣かせて。
まして本番前に。
最悪だ。
怒りは大分収まったものの、自己嫌悪が襲ってきた。
セットの完了している髪の毛をガシガシとかく。
なまえはなにも言わずにただ付いてくるから、それがまた痛い。
黙れと言ったのは自分だし、文句を言おうとした口をふさいだのも自分なのに勝手なことを言っているのはわかっている。
なまえをガキだ、なんて言う資格はない。
楽屋に戻ってもたいして時間がないから、直接舞台袖で向かうことにした。
袖に近づくにつれ、スタッフに遭遇する確率も増え、「あれ、黒崎くん遅かったね」と声をかけられるたびに謝るのも嫌になってきた頃、逆走するように向こう側からオレンジ色の髪の毛をした男が悠長な足取りで歩いてきた。
「あ、いたいた蘭ちゃん。遅いから心配で探しに行こうと思っていたんだよ」
「レン、悪かったな」
「素直だねぇ、あっちにいるみんなにも謝ったほうがいいんじゃない?おちびちゃんも気にしていたようだから、一声かけてやってよ」
「あー…」
「ほらほら、もう蘭ちゃんたちの出番すぐだから早く行かないと」
おれたちを探しに来たのであろうレンと、おれの間でおろおろしているなまえを見下ろす。
「黒崎さん?早く行かないと…」
「お前、今日も袖からステージ見るのか」
話ならあとでいくらでもできる。
先程の醜態の言い訳も、キスの続きも。
「も、もちろんです!みなさんのキラキラなステージを見ないわけにはいきません!」
さっきからずっと所在なさげな表情をしていたくせに、こういうときだけ強気というか、引かない態度はいつも通り。
最初は鬱陶しいと思っていたのに、こいつの音楽に対する熱意は本物で、それを認めて初めて1人の人間として向かい合うことができた。
ふっと笑いが漏れると、なまえが少し顔を赤くさせ不思議そうにする。
「そうか、でも」
細っこい腕を取って引き寄せる。
少しだけあいていた距離を一気に詰めて、耳元に口を寄せて、なまえにだけ聞こえる声で、
「よそ見すんじゃねーぞ」
そう言ってすぐに解放してやって「あとでな」と言い残してステージ袖に向かった。
他の3人はすぐにでもステージに立てる準備を整えていて、悪かったな、と謝りながら準備をしていると嶺二がまたつっかかってくる。
「なになに?機嫌直ったみたいだけど2人でなにしてたわけ〜?」
「嶺二うるさい、2人の問題なんだし、ほっときなよ」
それに突っ込むみながらも「けど時間は守ってよね」とおれへの言葉も容赦ない藍の温度も通常営業で、そのやりとりを「黒崎は感情で動くからな」と、鼻で笑うカミュの腹立たしさもいつも通りだ。
こんなやりとりを悪くないと思うようになったのはいつからだっただろうか。
そんなことを考えながら、少し離れた場所でまだリラックスしている様子の後輩たちを見やると、翔もこちらを見ていて、目が合ったとき一瞬ビビるような表情をされたがすぐに立て直しておれのほうへ駆け寄ってきた。
「あの!黒崎さん」
「おう」
若干の気まずさが拭えなくて、目をそらす。
「さっきはすみませんでした!」
「いや、こっちこそ悪かったな」
「あの…あいつから聞きましたか?」
「聞いた?なにをだ?」
「あーいや!まだならいいんです!ただ、さっき楽屋で話してたのは、」
そこまで言って、口ごもる。
「っすみません、やっぱ俺からは言えないんすけど、あいつのこと怒らないでやってください!」
もう一度ガバッと頭を下げたかと思ったら、今度は勢いよく顔をあげた。
「ステージ楽しみにしてます!」
「お、おうサンキュ」
翔の勢いに圧倒されてしまい、鈍い反応しかできなかったし、結局なにが言いたかったのか全くわからなかったが、とりあえずあいつらに疚しいことなんてありえないってことを伝えたかったのだろう。
翔はあっという間にST☆RISHの輪に戻って行った。
「なんだあいつ…」
「QURTET NIGHTのみなさん、準備お願いしまーす」
スタッフに呼ばれて、登場の立ち位置まで移動する。
さっきのなまえの呆けた顔を思い出してまた笑う。
思い出し笑いなんて柄でもないが。
きっとおれ達の出番が終わったあと、なまえは花が咲くみたいな笑顔で迎えてくれて、曲を作ったのは自分のくせに散々褒めちぎって、そのあと我に返ったように恥ずかしそうにするんだろう。
そこまで簡単に想像できちまう。
だが、一旦あいつのことは閉まって、集中を高めて、ステージ前に特に掛け声なんかはしないが、4人共音楽への想いは本物だからいちいちそんなもんは必要ない。
互いになんとなく拳をぶつけ合えばそれで十分すぎるくらいだ。
幕が開いて、歓声と目が霞むくらいの光の海。
何度立っても心臓の奥のほうから震えるように昂ぶる。
ここが、あいつとおれと、こいつらで作り上げる最高のステージ。
「…レディ?」
「え?あぁごめんなさい神宮寺さん」
「いや、ボーっとしてどうしたの?蘭ちゃんになにか言われた?」
突然楽屋から飛び出していった蘭ちゃんと(理由は火を見るより明らかだったけれど)レディを無事に見つけ出して、ステージの時間が迫っている蘭ちゃんを見送ったあとにゆっくりとステージ袖へと向かっているのだが、どうにもレディが心ここにあらずのようだ。
蘭ちゃんとは仲直りしたように見えたけれど…と尋ねると、首を傾げながら不思議そうに話し出す。
「黒崎さんが、」
「うん?」
「ステージ袖で見るのかって聞くから、はいって答えたら」
その先は声が小さくて聞こえなかったところだ。
人がいるっていうのに、あんなふうに距離を詰めて…と人のことは言えないけれど。
「よそ見するなよって、言われました…どういうことでしょう…?」
ステージはいつもバッチリしっかり見ているのですが…と心底不思議そうに言うレディに、思わず吹き出してしまった。
「あはは、レディそれはね、」
おれだけ見てろってことだよ。
(2013.10.24.)
蘭ちゃんお誕生日おめでとうございました…(遅)
約1か月経ってしまいましたね、ごめんね
蘭ちゃんはもっとかっこいいよと思いながら
書いてました
蘭ちゃんはお馬鹿でかっこよくてロックで食いしん坊で、
愛すべき人ですよね、大好き
回収できてない部分あるんで今度後日談書きます