はちみつ

目の前で、綺麗な金髪が揺れる。
土曜日の夕方、わたしは涼太の部屋に遊びに来ていた。


物心つく前から家に行ったり来たりしてた幼馴染兼彼氏の部屋は、自分の部屋みたいに落ち着く。
涼太の部屋はやたら大きいベッドに部屋の大半が占領されている。
ベッドのすぐ傍にある小さなローテーブルで涼太は珍しくシャーペンを握って、教科書とにらめっこしていた。
先日部活の大会で休んでしまった分の授業の課題だそうだ。


「なまえごめん!課題やらないと補習受けなきゃなんスよ…すぐ終わらせるからちょっとだけ待ってて」

しゅん、と犬ならば間違いなくしっぽも耳も垂れているだろうな、という感じで手を合わせながら本当に申し訳なさそうに謝られたら何も言えるわけがないし、補習なんてことになったら部活を休むことになる。
そうすれば笠松先輩のドロップキックが炸裂することはまず間違いないだろう。
彼氏の情けない悲鳴は聞くに堪えない…
なにより、マネージャーとして部活を休ませるわけにはいかないので、快く承諾して今に至るというわけです。

お世辞にも涼太は頭が良いとは言えないから、さっきから「あー」とか「うー」とか言いながら首を捻っている。
そんな愛おしきわんこを尻目に、わたしは涼太のベッドでごろごろしながら雑誌をめくる。
涼太が表紙のファッション誌だ。
(知らない人みたい…)
目の前で国語の課題に悪戦苦闘している幼馴染と、誌面で微笑んで髪も服もばっちり決まっているこの男性モデルが、同一人物だなんてとても思えない。
顔こそ同じだけれど、どこか遠くに感じてたまに寂しくなるなんて、本人にはとても言えないけれど。


部屋に来て小1時間は経っただろうか、雑誌を一通り見てしまって、ベッドに大の字になって寝転がると、相変わらず涼太はでっかい図体を縮こませて課題に取り組んでいる。
すぐに助けを求めてくると思ったのに意外と頑張っているなーなんて、呑気に思って眺めていたら、無意識のうちに目の前の綺麗な金髪に手が伸びていた。




「え?」



涼太がきょとんとした顔で振り向いた。

(あ、やばい)

「ごめん、邪魔しちゃった」

すぐに謝って手を引くけれど、それは涼太のなけなしの集中力を途切れさせるには十分だったみたいで、体ごとこっちを向いてしまった。

「どうしたんスか?」

んんーと軽く伸びをしながら涼太が尋ねてくる。

「ほっといたらから寂しくなった?なまえちゃん」

とキラキラと効果音がつきそうなモデルスマイルで問いかけられるが、それはスルーして、

「…綺麗だなぁと思って」
「へ?綺麗?」
「うん」
「うーん、綺麗かぁーかっこいいはよく言われるけど綺麗はなかなか言われないなぁ」

涼太のことをよく知らない人が聞いたら反感しか覚えないような言葉をサラッと言う彼に呆れながらもそれはまぎれもない事実なのでまたもや受け流し、ため息交じりに訂正の言葉を伝える。

「顔とかじゃなくて、髪の毛がね」
「髪?」

ますますわからないと言った様子の涼太に言葉を続ける。

「そう、涼太の髪の毛、色抜いてて金髪で、すごく傷みそうなのにさらさらで綺麗だなぁって」

よくわからないと言った顔をしてる涼太を眺めている間も、涼太が動くたびにさらさらと揺れる金髪から目が離せない。また手を伸ばして少し伸びた襟足を撫でると、くすぐったそうに身を捩った。

「セットしてるよりも、なにもつけないで洗いざらし、みたいなほうがわたしは好き。せっかく綺麗なんだから」
さらさら指の隙間を流れる髪の毛を飽きることなく見つめる。
「まぁそれなりに手入れはしてるっスからね」

自らも髪の毛を触りながらなんてことないふうに言うけれど、全国大会常連校のバスケ部のエースとして日々厳しい練習をこなし、一方で表紙を飾る程の人気モデルをしている彼は、当然ながらあまり自由に使える時間なんてものはない。
なのにいつも疲れなんて見せなくて、肌も髪も、心だって本当に綺麗だ。いつだって見られている意識を持っていて、周囲の人が「黄瀬涼太」という人間に抱くイメージや偶像を壊さないようにしている。

そう考えると、少し胸が痛んだ。
労わるように髪を撫で続けていると、その手を涼太に捕まえられた。

「あんまり触られると、変な気分になってくるから勘弁して」

まだ課題終わってないんスよーと苦笑交じり冗談交じりに言う。
いつもは大型犬みたいに寄ってきて周りが飽きれるくらいのスキンシップなのに、いざ2人きりになると、意外と紳士というか奥手というか、そんなところも愛おしい。

涼太の言葉を無視して、ゆるゆるとその感触を楽しむように髪の毛を触り続ける…と、今度はさっきよりも強く手首を掴まれた。

「なまえ、あのね、さっき言った意味わかってる?」
「わかってるよ」

さらりと返すと、涼太のほうが驚いた顔をしている。
あぁやっぱりこいつはなんだかんだピュアというかなんというか…。
面食らったように固まってしまった涼太に、言う。


「涼太は、周りにもっと甘えていいんだよ」


なんだってできてしまうから、できて当然だって思われているから、そつなくこなしているように見えるけれど、その影で彼が「黄瀬涼太」としてあるためになにも努力していないなんて、そんなわけがない。
部活はエースとして期待が大きい分、プレッシャーもあるだろう。
モデルとしての仕事は、学生だからって舐められたくない中途半端なことはしたくないと多少無理をしてもこなしている。
勉強は苦手だけれど、課題を出されれば自分で解く努力をする。



ねぇ、そんなふうにひとりで全部抱え込まないで。



「ちゃんと隣にいるからね」
「なまえ…」

突然どうしたんスか、と涼太は困ったような顔で笑う。
さっき掴まれた手首が、優しく握り直された。捕まえられているのと反対の手で今度は髪ではなく頭を撫でる。
目が少し潤んでいることにも気が付いたけれど、からかわないでおいてあげよう。

「オレにはなまえがいるから。
だから、無理したって、周りがわかってくれなくたって、大丈夫なんスよ」

「うん…知ってるよ」
「なまえはなんでもお見通しっスね」

はにかむように笑う目の前の幼馴染は、等身大で、どこにでもいる16歳の少年で。
その笑顔が帰る場所が自分のところならいいなって思う。


握られていた手首が一瞬離されて、失った体温に寂しさを感じたらすぐに指を絡め取るように手を繋がれた。
涼太の体温が、体に馴染んで、そのままひとつになって溶けてしまえたらいいのに。


ベッドから降ろされて、床にへたりこむような態勢で向き合うと、涼太がもたれかかってきて、わたしの肩に頭を乗っけた。
さっきまで触れていた金髪が顔のすぐ横にある。頬にかかって少しくすぐったい。
身を捩るように動かすと、逃がさないとでも言うように抱きしめられてしまった。


「なまえ、好きだよ」

いつもとは違う穏やかな声で、耳元で、そう言われて、体温があがる。鼓動が跳ねる。
なにも言わずによしよし、と頭を撫でてやると少し顔をあげて拗ねたように、

「なまえは?」

と言う。そんな子供みたいな涼太がひどく愛おしい。
だから隠さずに素直に言うんだ。伝えるんだ。想いを込めて、



「大好きだよ」


わたしのその言葉だけで心から安心したような表情を浮かべてくれる。
安らぎとか帰る場所とか、そういうものをわたしが与えられるならいくらだって言うよ。


「オレも、大好き」


そう言うとまた腕に力が籠められる。
大好きなあなたのはちみつみたいな色の髪の毛に、頬を摺り寄せながら今日も幸せを噛みしめる。
手を伸ばせば触れられる距離にあなたがいて、好きだよって伝えられて、抱きしめてくれる。
甘やかしたい甘えてほしい、そんなふうに思うのに本当はわたしが支えられているんだよ。
甘い甘い、あなたのはちみつに、溺れてしまいたい。


(2012.07.15.)

黄瀬くんの髪が綺麗だねって言いたいだけ



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