sugar&spice

2月14日、それは恋する乙女が想いを寄せる相手に贈り物をする日である。




「いやぁ今日はいつにも増してすごいねぇ…」
「そうだな」
「ほんとっスね」

体育館に集まった女の子たちを見回しながらげんなりと呟いた言葉に、笠松先輩と黄瀬が反応した。
「…っておい黄瀬!誰のせいだと思ってんだ!」
「いってぇー!すんません!」
きゃー!
笠松先輩の蹴りが炸裂した瞬間に体育館に集まっている女の子たちの悲鳴があがる。
黄瀬のファンの子たちが見学に来ているのは最早慣れ親しんだ光景だったが、今日はいつも以上に人口密度が高い。
「今日は見学禁止にすべきだったね」
女の子たちを見渡しながら呟くと、「そんなことしたらオレを見に来た乙女たちがかわいそうだろう」と森山先輩が口を挟んできたので「それは杞憂ってやつですよ」と返すと「なまえちゃんも照れずに渡してくれていいんだからな」と前髪をかきあげながらキラキラと効果音がつきそうな目で見つめられた。

「あーはいはい」
マネージャーも2年目になると、クセのある先輩の扱いがわかってくるというものだ。

普段よりも騒がしい体育館で、普段通り練習が始まった。






「なまえ先輩、オレにもチョコくださいよー」
ジャージの裾をつんつん、と黄瀬に引っ張られた。しゃがみこんでいるから自然と上目遣いをされるのだけれど、普段見下ろされている相手から見上げられるのはなんだか落ち着かない。

「だーかーらー、」
はぁと溜息を吐きながら黄瀬の手を払う。小さく「あっ」と呟いたのは無視。
「何回も言ってるけど、うちのマネージャーは毎年同学年の選手にあげるのが恒例なの。わたし2年で、君は1年。だから黄瀬にあげる分は準備してません。わかった?」
「わかんないっス!」
なんでっスかー!ひとつくらい余分に準備しといてくださいよー!
しゃがみこんだまま、おすわりしてるわんこみたいにぎゃーぎゃー言っている黄瀬を放置して練習のメニューについて聞くために笠松先輩のもとに向かう。
背後から「なまえ先輩ー」と呼ぶ声は、聞こえないふりをした。

人に気も知らないで、あいつは。



だって、そんなこと言われたって。
毎日この体育館で黄瀬のファンの子たちを目の当たりにしているのにわたしなんかがチョコ、渡せるわけないじゃないか。

「…おい、」
「へ」
「みょうじ?」
「あ、す、すみません」
「聞いてたか?」
苦笑しながら笠松先輩が言う。
「聞いてました、今日中に部費まとめちゃいますね」
「あぁ、悪いな。練習はもう見てなくて大丈夫だから、そっち頼む」
ぼーっとしてんなよーと頭をぽんっと軽くこづかれた。もう一度すみません、と謝りながら言われた仕事をこなすべく逃げるように部室へと急いだ。

今日の体育館の空気は、どうにもいたたまれなかった。







黄瀬の人気は、今に始まったことではない。
入部したときから…もっと言えば入学したときからモデルの黄瀬涼太が入学したらしいと、それはすごい騒ぎになったのはもう10か月も前のことだ。
黄瀬が女の子たちをあんまり相手にしなくなって少し落ち着いていたのだけれど、今日は女子も男子もなんとなく浮き足立つ、バレンタイン。
普段言えない思いを伝える日。
近寄りがたい黄瀬に対しても、今日くらいはいいよね、とみんなチョコを携えて体育館に集まったというわけだ。




「いいなぁ、みんな」

命じられた仕事、備品管理と部費をまとめるという年度末お決まりの仕事をこなす最中、思わず本音が漏れた。
体育館から目と鼻の先にある部室棟にある我がバスケ部の部室には、男女ともにロッカーが置いてあるので部員全員の荷物がある。
雑多に投げ捨てられているみんなの学生カバンやらエナメルバッグやらはいつもの光景だけれど、それに混ざって今日はかわいらしくラッピングされた箱が溢れんばかり詰まった袋がいくつも置いてある。
それだけでこのカバンは黄瀬のなんだなってわかった。




自分の気持ちをストレートに表現するのは、難しい。
それが本気であればあるほど。
相手が近しい存在だったらなおさら。

(チョコくださいって、さぁ)

そんな軽く言われても、はいどうぞって軽い気持ちで渡せたら苦労しないって。


数字とにらめっこして縮まった背中を伸ばそうと立ち上がって伸びをして、立ち上がったついでに自分の荷物のもとへと向かう。
2年生の選手に配るチョコは紙袋に詰めて持ってきた。
それとは別に、カバンの奥のほう、他の人の目にはつかないようにひっそりと持ってきたチョコ。
ひとつだけ明らかにラッピングが違うから、すぐに「特別」なんだってわかるチョコ。

(渡せるわけ、ないよ)



さっきまで座っていたパイプ椅子に、チョコを手に持って戻る。
はぁ、と息を吐きながら机につっぷして渡せない気持ちのこもった箱を弄ぶ。
放課後の部活ももうすぐ終わりの時間、この子は誰の手にも渡ることなく作った本人の胃袋に収まることになるのだろうか。

…なんて、止まらない溜息を呑み込んだとき、部室の扉が開いた。



「あれ、なまえ先輩」
ドアノブを持ったままきょとんとした顔で入ってきたのは、悩みの原因である黄瀬だった。
「黄瀬…」
あ、やばい。チョコ隠すタイミングなかった…。
せめてもの抵抗で、自分の座っている場所とは少し離れたところにチョコの箱を追いやった。

「なにやってんスかー?」
「部費管理。マネージャーのお仕事ですよ」
平然と返すけれど、突然の黄瀬の登場にドキドキと心臓が早まる。
「ふーん、マネージャーも大変っスねぇ」
言いながらわたしの向かい側のパイプ椅子をガタガタっと引いて座る。
「いやいや、なにくつろいでんの…まだ練習中でしょうが…!」
「今ミニゲーム中で、オレ出ない番だから大丈夫」
「出なくても見てなきゃ駄目だよー」
見学も勉強なんだからね、と先輩らしく偉そうに言うけれど黄瀬が誰より努力してることは十分わかっていた。
今日だって、きっと練習が終わったあとも自主練で残るのだろう。
でもなんかさっき体育館で話したときより機嫌が悪そうで、いつもの笑顔がなくて、疲れてるのかな?とか調子悪いのかな?と心配になった。

「んーすぐ戻る、」
と言いかけて、黄瀬の視線が不自然に机の上に置かれた箱に止まった。
「ってこれチョコ?なんでこんなとこに放置されてるんスか。誰かの忘れ物っスかね?」
気付かないでくれ…と祈っていたけれど、やっぱり無理ですよね、明らかに不自然だものね…!
「あ、あー…」
「あ、なまえ先輩の?」
「そ、そうです」
「へー最近の友チョコはすごいっスねー女の子同士でも気合入ってんなぁ」
箱を手にとってまじまじと眺めながら感心したように言われて目が泳いだ。顔に熱が集まるのがわかる。落ち着けわたし。
「そ、そうだねぇ」
でも中身大したことないよ、と言う声が上ずった。そして口が滑った!と一瞬の間に後悔が押し寄せてくる。わたしが、誰か友達にもらったという体にすればよかった…!

「え、もしかして、」
言葉を選んでいるかのように、黄瀬が少し戸惑った様子で言葉を続ける。

「先輩が誰かにあげるんスか?」
「えぇ?!」
思わず大きな声が出て、さらに裏返ってしまった。顔が熱い、きっと真っ赤だ。顔だけじゃなくて全身熱くて、でも指先は緊張と焦りから冷えてしまっている。
「えぇ、と…」

わたしがあたふたと答えに詰まっていると黄瀬が手に持ったままだったチョコの箱をコトン、と静かに机に戻した。窺うように黄瀬の顔を覗きこむと目が合ったけれど、ふいっとすぐにそらされる。

「そっか、そりゃ後輩に余計な義理チョコあげてその人に誤解されたくないっスよね」
「あ、そういうわけじゃ…」
「でももう放課後じゃないっスか。いつ渡すんスか?」
もしかしてバスケ部の人だったり?と少し早口で言う黄瀬は表情は笑っているけれど相変わらずこっちを向かない。


「黄瀬」
「んー?」
「それあげるよ」
「え、でも、」
「いいの。黄瀬の言う通り、もう放課後だし、きっと渡せないから」
ほんとは黄瀬にだよって、素直に言えたらいいのに。
ほんとの気持ちは隠したままでも彼のために用意したチョコが、どんな形であれ彼に渡るのならそれはそれでいいかなって思ってそう言うと、思いもしない返事が返ってきた。

「…いらないっス」

断られるなんて思ってなくて、よく意味がわからない。
なんで、あんなにくれってうるさかったのに?

「てか受け取れないっスよ。そんな他の誰かのために作ったもの」
ちゃんとあげたい相手に渡さなきゃ駄目っスよ、と言いながら立ち上がる。
パイプ椅子が軋む。

2月に入ってから、毎日「もうすぐバレンタインっスねー」と事あるごとに言ってきて、くれくれうるさかったのに、ほんとにあげるってなるとこうなるんだ。
黄瀬は自分に媚びないなびかない女の子が珍しいだけなんだろうな。
黄瀬の言うことは尤もだけれど、恥ずかしくて勇気を出した自分がひどく滑稽に思えてぐっと唇を噛んだ。

「じゃあそろそろ戻るっス」とそのまま部室から出て行こうとする黄瀬の後ろ姿が滲む。
泣くな。最初から素直に渡せていたらこんなふうにはなってなかった。
泣く資格なんてない。
涙を堪えた情けない顔を見られるわけにはいかない、と俯く。


お願いだから振り向かないで、そのまま出て行って。


「うん、残りのメニュー頑張ってね」
小さく返した声が震えてしまった。



ガチャッと扉の閉まる音がして、ふぅ、と息を吐くと「なに泣いてんスか」と出て行ったはずの黄瀬の声が頭上から降ってきてガタンっと椅子から転げ落ちそうになった。
「え、うわビックリした…!気配消さないでよ…」
「そんなつもりなかったスけど」
苦笑しながら黄瀬がわたしを見下ろす。

「泣くの反則。なんかあった?渡せないなら、オレから言ってあげよっか?」
そんなふうに困った優しい顔で覗き込まないで。

「違うの…」
「違うって、なにが?」
「それ、ほんとに黄瀬にあげようと思ってたの!」
やけくそ気味に叫ぶ。黄瀬の顔は恥ずかしくて見れない。
「え」
「なのにいらないとか!言うから…!くれって言ったのはそっちなのに…。ほんとはわたしからなんて欲しくないくせに、からかい半分であんなこと言ってたんだね、やっぱり黄瀬ってそういう奴だったんだね。わたしなんかがあげなくたってたくさんもらうもんね、迷惑だったよねごめんね!」
泣くもんか、とさらに強く唇を噛む。
こんなことが言いたかったんじゃないのに。
渡せるんだったら、もっとちゃんと、いつもお疲れ様って、笑顔で渡したかったのに。

最悪だ。







「なまえ先輩」
さっきと同じくらい、いやそれ以上に優しい声色で名前を呼ばれる。
「あのね、いくらオレでももらって迷惑な相手に、あぁもしつこくチョコくださいなんて言わないっスよ」
さっきは向かいに座ったくせに、今度は隣の椅子をわたしに向け直して座る。
汗だくのはずなのに、ふわっと黄瀬のにおいがした。
「…しつこい自覚、あったんだ」
「それはもう」
苦笑しながらすんません、と言う。
「でも、ほっといたら絶対くれないだろうし、なまえ先輩の手作りチョコを早川先輩とか中村先輩とか、他の奴らが食うのかと思ったらむかつくじゃないっスか」
「なんで?」
なんでむかつくの?ちゃんと言ってくれなきゃわかんない。
黄瀬の白くて綺麗な肌が、さっきから少し赤くて耳まで染まっていることで答えはほとんどわかっていた。
それでも明確な言葉がほしいと思うのは欲張りだろうか。


言葉に詰まった黄瀬の顔を見上げる。
「チョコなんて、たくさんもらうでしょ?」
学校でも半ば押し付けられるようにチョコをもらっていて、きっと事務所にも大量のチョコやら贈り物が送られてくるのだろう。
「ほんとにわかんないの?」
首を傾げる黄瀬の苦笑に、もっと困ればいいって嗜虐心をくすぐられる。
だってたくさん悩んだもん。黄瀬も、ちょっとくらい困ってよ。

「わかんない」
まっすぐ見つめて言う。さっきまでの涙はとっくに引っ込んでいた。
すぅ、とひとつ息を吸って黄瀬が話し始める。


「…オレね、ご存じの通りモテるんスよ」
「はいはい、それは知ってます」
いきなり自慢から始めた後輩に若干腹が立つけれど、続きを待つ。
「でも女の子たちはオレの本質なんて見てない。それも知ってるでしょ?」
別に悲しくなんてない、と言うふうに話す黄瀬は、きっと周りから自分がどう思われているか、どうあれば、周りが自分を「黄瀬涼太」として評価するのか悲しいくらいに理解しているのだ。
「うん…まぁ、なんとなく」
「あの子たちはオレが笑ってありがとう、って言えばそれで満足なんスよ。チョコに特別な気持ちなんて込められていなくて、モデルの同級生に、後輩にチョコ渡しちゃった、お礼言ってもらえた、ってそれだけで自己完結してる」
予想以上に辛辣な言葉が繰り出されて少し戸惑う。
「でもオレが欲しいのはそんなんじゃなくて、そんな女の子たちの気持ちの籠ってないチョコなんかじゃなくて、なまえ先輩からのなの。わかる?」


作り笑いのうまい黄瀬が、感情を隠して演じることに長けている黄瀬が、バスケ以外でここまで本音で話してくれたことがあっただろうか。




「なまえ先輩からもらえれば、他の子からのチョコなんていらないんスよ」
「それは、つまり、」
冷え切った手に、熱を持った黄瀬の大きな手が触れた。
一瞬の沈黙、添えられていただけの手に力が込められてそっと包み込むように手を繋がれる。

「なまえ先輩のことが好きです」

手ぇ冷たいっスね、とさっきまでまっすぐわたしを見ていた目を伏せて言う。
どうしよう、言葉が出てこない。
自分から言わせたくせに、こんな気持ちになるなんて。
こんなに嬉しくて顔が緩んで仕方ないのに、泣きそうになるなんて、情緒不安定もいいところだ。

「なまえ先輩はオレのことちゃんと見てくれてるってわかるから。試合のとき、危なっかしいとか言うわりに信頼してくれてるところとか、怪我したら心配しすぎて逆に怖い口調で休みなさいって怒ってくれるところとか、」
そういうオレ自身を見てくれてるのが嬉しくて、気付いたら好きになってました。
照れ隠しからか堅い言葉遣いになっていく黄瀬がかわいくて愛おしくて。


思わず抱き締めてしまった。




「わたしも、黄瀬が好きだよ」
チョコ、もらってくれますか?突然のわたしの行動に硬直してしまった黄瀬の体をそっと離しながら言うと、今度は黄瀬が泣くのを堪えているような表情をしていた。
「なまえ先輩、」
「…はい」

「オレと付き合ってください」

向かい合って手と手を繋いだ状態で、冷えた手が黄瀬の熱に侵されていく感覚がした。
「わたしでいいの?」
黄瀬モテるのに?とわざとさっきの言葉を掘り返す。
「なまえ先輩オレの話聞いてた?」
黄瀬の苦笑いをこんなに見る機会もないな、と思っていると、強い力で腕を引かれて今度はわたしが抱き締められてしまった。
すっぽりと黄瀬の腕の中に納まる自分は、ひどく華奢な女の子にでもなったような気分だ。
耳元で黄瀬の声がする。


「なまえ先輩だから、こんなに必死なんスよ」
オレかっこ悪いっスね、と言う黄瀬に、そんなことないよ、お互い様だよ、と返すと2人で笑い合った。

「ねぇ返事は?」
「あ、ごめん」
「え?!オレ今ふられた?この状況で…?!」
黄瀬の慌てっぷりに吹き出す。
「もー違うよ…返事してなくてごめん、のごめん」
「あ、そうっスよね…」
びびったーと言う黄瀬は、モデルとかキセキの世代とか、そんな肩書き関係ないどこにでもいる16歳の高校生で。

「よろしくお願いします」
とわざとかしこまって返すとわたしを抱き締めていた腕にさらに力を込められた。
ぎゅっと、されて心まで掴まれたような感覚がして、わたしも抱き締め返すともっと強い力で返されて、2人同時に笑った。

「キリないね」
「ないっスね」


そろそろ戻らないと、と体を離されて黄瀬が立ち上ったとき、急に寒さを思い出して寂しくなってしまい思わず黄瀬のジャージの裾を引っ張ってしまった。
「あ、」
「ん?なんスか?」
「…いや、なんでもない」
パッと手を離す。

こいつは!にやにやしながら振り向いて「なんスか」って…!
年下のくせに何が言いたいのかわかってます、みたいな顔して言われたものだから、意地をはってなんでもないなんて言ってしまった。

「なんでもなくないでしょ」
なに?と立ったまま顔を覗きこまれて、恥ずかしさと腹立たしさが襲ってきたけれどせっかく想いが通じたのだから、今日くらい素直になってもいいかな、と思う。
もう一度、ジャージをつまんで言ってみる。
「今日、自主練終わるの待っててもいい?」
一緒に帰ろう、とは言えなかった。

すると黄瀬が自分のジャージの胸のあたりをぎゅうっと掴んで何かに耐えるように目をきつく瞑っている。
突然どうしたのか、と心配して「黄瀬…?」と声をかけると、
「そんなかわいく言うのずるいっスよ」、とうなだれるようにまた抱き締められる。今度はふわっと弱い力で。

「待ってて。一緒に帰ろ」
「うん」
「チョコはそのときちょうだい」
「あ、忘れてた」
「えぇーなんスかそれ」
黄瀬の笑顔がくすぐったい。


「さー、俄然頑張っちゃおっかなー」
今度こそ体を離して、部室を出て行く黄瀬の後ろ姿に「怪我しないでね」と言うと、また振り向いてひらひらっと手を振ってくれた。


はぁ、と息を吐きながら椅子にもたれ、時計を見ると時間は17時半。あと30分で部活が終わる時間だ。
途中になっていた仕事を慌てて終わらせ、黄瀬へのチョコをカバンに大切にしまう。
あぁでもよく考えてたら部活終わりもファンの女の子たちがすごそうだなぁと少し憂鬱になりながら体育館へと戻ると、さっきまで人で埋め尽くされていた入り口がガラン、としている。

「あれ…?」
不思議に思いながら体育館に入ると、いつも女の子でいっぱいのギャラリーも誰もいなくて室内にはバスケ部員だけが片付けで残っていた。
部員たちのところへそろそろと近付いていくと笠松先輩が「おぉ、お疲れ。ありがとな」と声をかけてくれた。
「先輩、これどうしたんですか?先輩が追い返したとか?」
と尋ねると「いやーそれがなぁ黄瀬が、」と思わぬ返事が返ってきて驚いた。

「突然女子たちに、悪いけど今日はもう帰ってくれって言い出してな」
「へ?」
珍しいこともあるもんだな、と不思議そうに呟く笠松先輩に「ほんとですね」と返して部員たちを見回すと、目の端で金髪が揺れた。

「黄瀬!」
「わ、なまえ先輩」
「女の子たち、帰したって」
「あぁー聞いたんスか」
タオルで汗を拭いながら苦笑する。
「だって、なまえ先輩と帰るし。今日は絶対邪魔されたくないなって」
さらっと嬉しいことを言ってくれてしまう年下のわんこが憎たらしくて愛おしくて目に涙がこみあげてきたけど、ここで泣いたら他の部員に怪しまれてしまう。
「そ、そっか」
「だーから、泣くの反則」
「泣いてないよ!」
「はいはい」
ポンポンっと頭を撫でられて先輩の威厳もなにもあったものじゃない。


「なるべく早く終わらせるから、どっか寒くないとこで待ってて」
優しい目で笑いかけられて、さっきからドキドキしっぱなしで悔しい。
「ここにいちゃ気が散る?」
「いや、別にいいっスけど。寒くない?」
「大丈夫。見てたい」
「あー…」
「?」
汗を拭くためのタオルで口元を隠しながら目をそらされる。
「なまえ先輩ほんっと反則っス」
軽く撫でられただけだったさっきとは違って、今度は思いっきり頭をぐしゃぐしゃっとされた。
「わ!」
なにすんの…!と反論しようと思ったら、「またあとで」と立ち去る黄瀬の耳が真っ赤だったから、わたしまで顔に熱が集まるのがわかった。


「そっちこそ、反則…」







2月14日は、好きな人に想いを告げる日。

なにをあげるかは自分次第。
どう気持ちを伝えるかも自分次第。
報われるかどうかは、相手次第。

ただ言えるのは
甘さも苦さも、悩みも喜びも、いつか得られる幸せに繋がっているのだろうということ。





緩む頬をなんとか引き締めて、帰り道に思いを馳せた。


(2013.02.11)

はっぴーばれんたいん!
少し早いですが、珍しく早めに書けたのであげちゃいます笑

黄瀬くんは大量のチョコもらうんでしょうね…
中学のときはむっくんに横流ししてたと思うんですが、
高校ではどうするのでしょうか



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