冬の日

「おつかれっしたぁー!」

今日もキャプテンの掛け声で部活が終わった。
毎日のことながら、ハードな練習をこなしたときの達成感はなんとも言えない。
好きでやっていることだから、苦ではないけれど、しんどいものはしんどい。

練習後、マネージャーがドリンクを配りながら労いの言葉をかけてくれる。
それだけでその日の練習の疲れがどこかへ飛んでいくような気がする僕は、なかなか単純だと思うけれど、それが自分の彼女なのだから仕方のないことだろう。

「はい、お疲れさま黒子くん」
そういつものように声をかけてくれるけれど、最近どうもなまえさんの様子がおかしい。
僕の目を見ないのだ。
すぐに立ち去ろうとするところを呼び止める。
「なまえさん」
「ん?」
呼びかけて初めて僕を見上げるけれど、笑顔がぎこちないことくらいすぐに気が付いた。

「今日一緒に帰りませんか?」
「あ…ごめんね、今日は家の用があってすぐ帰らないといけないんだ」
ぎこちなく笑うなまえさんが痛々しくて、なぜか泣きそうに見えたから追及することなく「そうですか」と引き下がった。

様子がおかしくなったのは、バスケ納めと称して開催された海常での練習試合からだっただろうか。
レギュラー陣は当然ながら参加していたのだが、女子マネージャーのいない海常の部員が、特に黄瀬くんがやたらとなまえさんに絡んでいて、気が気じゃなかった。
以前の練習試合のときから顔見知りの2人だけれど、いつの間にか仲良くなったようで今回も試合が始まる前から黄瀬くんがなまえさんにべったりくっついていた。

なまえさんの持っていたクリップボードを、黄瀬くんが覗き込んだときの顔の近さにいらつく。
「なまえっち、なに書いてんスか?」
僕と2人は少し距離があるけれど、黄瀬くんのよく通る声は嫌でも耳に入ってきた。
「わぁっ」と声をあげながら黄瀬くんを見上げたときの彼女の横顔が、驚きのせいか少し赤くて、「スコアまとめてたんだよ」と答える彼女の声がいつもより上ずっているように聞こえて、それは相手が黄瀬くんだからだろうか、と柄にもないことを考えてしまう。

見ないようにしようとは思ったけれど、やっぱり2人がなにを話しているのか気になり横目でちらっと見てしまうという、情けないことをしてしまった。

そんなことしなければよかった。

黄瀬くんが、なまえさんの頬に両手を添えて、深刻そうな表情をして小声で何かを言っているところを見てしまったからだ。
普段なら黄瀬くんにからかわれようと(実際、黄瀬くん自身はからかっているわけではなく本気なのだと思う)彼女は笑いながらかわしているのだけれど、今回はどうしてだろう、手を振り払うことなく神妙な面持ちで黄瀬くんを見つめ返すばかりだった。



「…と言うことが、実はこの前ありました」
なまえさんに一緒に帰ろうと言う申し出を断られてしまったので、渋々火神くんと歩く帰り道。
僕となまえさんの様子がどうにもおかしいと気付いたらしい火神くんが、「最近どうしたんだ」と彼らしくストレートに聞いてきた。
僕が彼女に何かしてしまったのか、と聞かれるとわからないけれど、きっかけは黄瀬くんにあるような気がする。

あの時、黄瀬くんは彼女に何を言ったのだろう。

「あー…なんだ、よくわかんねーけど大丈夫だろ」
頭を掻きながら困ったように言う火神くんは決して無責任なわけではなく、ただ言葉が見つからないだけだとわかっているから、余計な心配をさせないようにいつものように言葉を返す。
「なんですかそれ」
人に話すと楽になる、と言うけれど本当にそうで。
話したことで何かが解決したわけではないけれど気持ちが少し軽くなったような気がする。
「火神くん、マジバ寄りませんか?」
お礼にハンバーガーひとつくらいなら奢ってあげようと思い、誘うと大食漢な彼がノーと言うわけもなく、駅に向かうまでの道を軌道修正していつもの店舗へと足を向かわせた。

けれど寄り道しようなんて言わなければよかった。
部活と慣れない悩みで疲れているのだから、そのまま帰ればよかった。

マジバへ向かう途中、ガラス張りのコーヒーショップがあって店内はいつも主に女性客で賑わっている。
何気なく横目で見た店内に、とても目立つ容姿をした男子高校生がいてひどく目を引いた。
どうして彼がこんなところに…と逡巡したのは一瞬で、すぐに彼の前でマグカップを両手に持ちはにかむ女の子が目に入って、足が地面に縫い付けられたみたいに動かなくなった。

「おい、黒子?」
「……火神くん、」
「んだよ」
「あれ、黄瀬くんとなまえさんですよね」
「あぁ?みょうじはともかくなんで黄瀬がこんなとこいんだよ」
「なまえさん、今日は家の用事があるから早く帰るのだと言っていました」

どうして嘘をついてまで黄瀬くんといるのだろうか。

「火神くん、」
「あ、あぁ…」
「僕、来週誕生日なんです」

彼女がいる初めての誕生日。
特別なことを期待しているわけではないし、当日は平日で普通に部活もある。
お祝いしてほしいなんて図々しいことを考えていたわけでもない。
それでも一緒に過ごすものだと思っていた。

なんと言えばいいのかわからない、と言う面持ちの火神くんを置いて、コーヒーショップへ向かおうとすると、火神くんに止められた。
「おい、」
「なんですか」
「行ってどうすんだよ」
「どうするって、2人と話をします」

火神くんの腕を振り払って、店内にずかずか入って行く。
女性ばかりの店内で、学ラン姿で大きなエナメルバックを持った男子高校生なんて場違いな気がしてならないけれど、そんなこと気にしている余裕はなかった。

「なまえさん」

テーブルに男性ファッション誌を広げて楽しげに話す彼らに話しかける。
一時停止、この言葉がこうもしっくりくる瞬間があるだろうか。

「黒子っち!どうしたんスか?」
なまえさんよりも先に状況を把握したらしい黄瀬くんがガタッと立ち上がった。
「どうしたもこうしたも、ここ学校の近くなんで」
君こそどうしてこんなところにいるんですか、と言外にどうしてなまえさんと一緒にいるのか、という意味も込めて冷たく言い放つと、一拍遅れて我に返ったなまえさんも立ち上がって「黒子くん…」と顔を青くした。

「なまえさん、家の用事、大丈夫だったんですか?」
青ざめているなまえさんに向かって放った声が、思った以上に低く冷たい響きで自分でも驚いた。
なまえさんが息をのんだのがわかった。

小さな肩がびくりと震えたのを見て、胸が詰まったけれど、自分の彼女が、自分の誘いを断って他の男と放課後会っているなんて、冷静でいられるわけがない。
なにも答えない彼女に対して、次にどんな言葉をかければいいのかわからなくて、重い空気が流れていたその場で、最初に口を開いたのは黄瀬くんだった。

「いや、これは違うんスよ黒子っち」

はぁ、と息を吐き出しながらいつもより落ち着いたトーンで話す黄瀬くんは、悔しいけれど綺麗な顔をしていて(彼の容姿に対して悔しいだなんて思ったのはこれが初めてかもしれない)、腹が立つ。

「実は、」
「き、黄瀬くん…!」
切り出そうとした黄瀬くんを、なまえさんが制す。
「え、でも」
「お願いだから言わないで」
「なまえっち、言わないと誤解されたままになっちゃうっスよ」

ね?と優しい瞳でなまえさんを見下ろす黄瀬くんを、だから距離が近いんだと本当は殴ってやりたいけれど、今はそれよりも彼女の言葉を待つほうが優先だった。

「う…」
と考え込み、両手にぐっと力を入れている。そんなに手を握り締めたら爪が手のひらに食い込んでしまうのではないか、小さくて柔らかい彼女の手に、傷がついてしまう。

それでも今優しい言葉をかけるのは違うと思うから、ただただ黙って彼女の答えを待つ。

「きょ、今日は、黄瀬くんとお買い物に行こうと思って」
「買い物?」
「うん…」
もごもごと、どうにもはっきりしない彼女にいい加減溜息をつきそうになると黄瀬くんが「あぁもう!」と声をあげた。
「なまえっちが言えないならオレが言う。なまえっちは、黒子っちの欲しいものがわかんないってオレに相談してきたんスよ」
あぁ…!と彼女が小さく声をあげた。
「欲しいものって、」
「黒子っち来週誕生日でしょ」
「そうですけど、だからってどうして黄瀬くんなんかに相談するんですか」
直接聞いてくれればいいのに。
欲しいものなんて、ないけれど。
なまえさんからならなんだって嬉しい。
なにもなくたって一緒にいる時間がなによりも嬉しい。

「なんかって、ひどいっスね」
苦笑する黄瀬くんは放っておいてなまえさんに向き直る。

「別に欲しいものなんてありません」
「黒子くんに聞いたってどうせそう返ってくるだろうなって思ったよ」
俯きながら、少し拗ねたような口調で話すなまえさんは、なんだかとても子供っぽくてそれが妙にかわいらしく見えてしまう自分は、かなり末期なのかもしれない。

「でも何かしたかったんだもん。せっかく付き合って初めての誕生日なんだから」

だからってどうして寄りによって黄瀬くんに。
黄瀬くんがなまえさんに好意を持っていることなんて、誰がどう見ても明らかなのに。

…まぁ、誠凛の部員に相談していたら嘘のへたくそな彼らではすぐに僕に企みがバレてしまうだろうけれど。
そういう意味では黄瀬くんは他校で、接触がないぶん危険はないし、腐ってもモデルなんてやっているからプレゼント選びは得意かもしれない。
だからって、どうして他の男に彼女との貴重な放課後の時間を横取りされなければならないのだろう。
僕のためとは言え、理由を聞いたところで納得はできなかった。

それに、僕の誕生日プレゼントを買うためだと言うなら、一緒に帰るのを断られるのは今日だけで十分だったはずだ。

「最近そっけない態度だったのも、プレゼントのためですか」
呆れながら彼女に尋ねると、「いや、それは…」とまた口籠ってしまった。

今度はなんですか、と溜息をつくとなまえさんはまた肩をビクッとさせて恐る恐る僕を見上げる。
普段ならかわいくて仕方がない上目遣いに、潤んだ瞳というダブルパンチだったけれど今は甘い顔なんてしてあげない。
意を決したようにキッと顔をあげたかと思うと、思いもよらない答えが返ってきた。

「ふ、太ったの…!」

ぶはっと盛大に噴き出す音が後ろから聞こえた。

「ちょ、笑わないでよ火神くん!」
「いや、わりぃでも…太ったって、んな理由あるかよ。理由になってねぇよ」
「火神っち!女の子にとっては大問題なんスよ!」
くつくつと肩を震わせながら笑う火神くんに黄瀬くんが言う。
なまえさんは顔を赤くして目をぎゅっと閉じ、拳を握りしめている。

「そんなに力いっぱい握って痛くないんですか」
そっと、さっきから力を籠めっぱなしの小さな手に自分の手を伸ばす。
力が抜けるよう、固く握りしめられた拳を解くように。

「太ったのと僕と一緒に帰らないというのがいまいち繋がりません」

ちゃんと教えてください、と彼女の手を両手で包みながら諭すように尋ねると、ようやく彼女がまっすぐに僕の目を見た。

「この前…年末の海常との練習試合のとき、」
原因はやはりあのときの黄瀬くんとの会話だったようで、なまえさんはぽつぽつと消え入りそうな声で話してくれた。
立ったまま話していては目立つから、(ただでさえ黄瀬くんと火神くんのせいで目立つのに)今更ながら僕と火神くんも席について、黄瀬くんが買ってきてくれたバニラフラペチーノを飲みながら彼女の話に耳を傾けた。
もちろん代金は払ったし、マジバのバニラシェイクがいいなんてわがままはこのときばかりは我慢した。

急に黄瀬くんに頬をぎゅっと挟まれ、何事かとうろたえたら真顔で「なまえっち太った?」と言われたこと。
またまた〜と笑い飛ばしたけれど、言われてみれば学期末テストのストレスを言い訳にお菓子を食べがちだったり、クリスマスにはケーキにチキンとごちそうを食べていたり。
黄瀬くんの勧告を無視し、お正月ものんびりとこたつでみかんを食べ、眠り、お餅を食べ、眠り…という文字通り寝正月を過ごしていたら体重に見事に増加していたのだそう。

「もうすぐ黒子くんのお誕生日なのに、太った自分のまま顔合わせるのがいたたまれなくて…自己管理もできないなんて恥ずかしいし…ごめんなさい」

「お前のせいじゃねーかよ」

人には女の子はどうの、とか言っといて…と火神くんが黄瀬くん見やると黄瀬くんはあはは、と笑ってごまかす。

笑いごとではない。
そんなくだらないことで、あんなに胸が締め付けられる思いをするなんて冗談じゃない。

「ご、ごめんね黒子くん」
「嫌です」
「えっ」
「僕がどれだけ不安だったか、わかりますか」

いきなり冷たい態度を取られてことごとく誘いを断られ、揚句の果てに他の男と放課後2人でデートまがいのことをしているところを目撃した、僕の気持ちが。
僕が、どれだけなまえさんのことが好きか。

君にわかるだろうか。

「僕は別にプレゼントなんていらないし、なまえさんが太ろうが気にしません」
顔を合わせるのが恥ずかしいだなんて、毎日部活で会うのに何言ってるんですか、と冷たく言い放つ。
普段自分から話すほうではないし、まして彼女に対してきつい物言いをすることなんてまずなかった。
黄瀬くんと火神くんが目を丸くして状況を見守っている。

「黒子くんは…」
なまえさんが手に持っているマグカップをぎゅっと強く持ち直した。

「ば、バニラシェイクが一体なんカロリーあるかわかってるの?!」

少しどもりながらも大きな声で言い放ったなまえさんに、今度は僕が目を丸くする番だった。

「は…?」
「黒子くんと帰ると、いっつもマジバでシェイクなんだもん。わたしだって大好きだよ?マジバのバニラシェイクがおいしいのはわかってるよ?でも、でも…!」

言葉を止めないなまえさんが、チラッと黄瀬くんのほうを見る。

「黄瀬くんにメールで太っちゃった、どうしようって相談したら、まずはバニラシェイクをやめることって言われて…!」
「ほら、やっぱお前のせいじゃねーかよ」
「いや、オレは事実を述べたまでで…別に黒子っちとの仲を邪魔しようなんてぜんっぜん思ってないっスよ!」
全く微塵も思ってないっスよ!と弁解すればするほど怪しい。

「別に一緒に帰ってもバニラシェイクを飲まなきゃいいだけの話だろうが」
と火神くんが珍しくまっとうなことを言った。
「う…それくらいわかってるんだけど、黒子くんがどれだけ毎日のバニラシェイクを楽しみにしているか知ってるから、やめようなんて言えなくて、」
今までほぼ毎日一緒に飲んでたのに、急にわたしはやめとくなんて言ったらどうしてか聞かれるだろうし、そしたらダイエット中なのって言わざるを得ないじゃない?でもでも、お正月太りしましたなんて恥ずかしくて言えないし、そうしたら黒子くんには言わないで頑張るしかないし、とにかくバニラシェイクは避けなきゃって思ったら必然的に放課後のマジバを避けることになって、黒子くんを避けることになって…と、熱弁する彼女に男子3人があっけにとられる。

「もういいです」

正直、女の子がここまでダイエットに敏感だとは思わなかったけれど、そんな理由に納得できるわけもなく。
ガタッと立ち上がるとなまえさんが「あ…」と不安げな顔で僕を見上げた。
カバンを肩にかけ、彼女の腕を引っ張り立ち上がらせる。
「帰りましょう」
「え、でも、」
「あ、オレたちのことは気にしないでいいっスよ」
「おーまた明日な」

2人を振り返っておどおどするなまえさんに、「じゃーな」と火神くんがひらひらと手を振る。

「行きますよ。火神くん、さようならまた明日」
「あ、また明日ね火神くん」
それでも歩き出そうとしないなまえさんの手をぐいっと引っ張ってお店を出た。
火神くんに挨拶をしたあと、あえて僕が無視した黄瀬くんに目配せと口ぱくでごめんね、と言ったのがわかってまた腹が立った。

いつもよりも大股で歩いてしまう。
手を引っ張った状態のままずかずか進んでいたら、後ろからなまえさんが息を弾ませながら声をかけてきた。
「黒子くん…!」
「なんですか?」
「どこ行くの?駅、通り過ぎちゃうよ?」
僕に掴まれた腕を、遠慮がちに引こうとする弱い力に、少し強引だったかもしれないと罪悪感が生まれて、そこでようやく立ち止まって彼女を振り返った。
「隣の駅まで歩きましょう」
「え?」
わけがわからないと言う顔をする。

「…食べ過ぎたら運動すればいいんです。別に太ったなんて思わないですけど、なまえさんが気になるなら、これからは一駅歩いて帰りましょう」
「でも、黒子くん部活で疲れてるのに、」
「クールダウンだと思えば苦じゃありません」

伝えたいことは言葉にしなければ伝わらない。
思いを自分の中で整理したとしても相手に誤解をさせてしまったら意味がない。

「正直、すごく腹が立っています。僕に合わせる顔がないなんて言うのは、なまえさんの勝手な思い込みでしかありません。それを黄瀬くんに相談したというのも理解できないです」
「ご、ごめ…」
強い言い方になってしまい、彼女の瞳に涙が溜まって今にも零れてしまいそうだった。
「泣かせたいわけではないんです。ただ、」
一方的に掴んだままの彼女の腕を離して、小さく震えている手を取ったらパッと顔をなまえさんが顔をあげる。その拍子に涙がぼろっと溢れた。
「すみません、言い方がきつかったですね」
繋いでいないほうの手で、零れた涙を拭う。

「けど何も言わずに、急に避けられた揚句に他の男の人と放課後楽しそうに会っているところなんて見せられたら、怒りたくもなります」
ぽろぽろと涙が止まらなくなってしまったようで、何も言ってくれない。
「…不安だったんです。僕は何かしただろうかって。特におもしろみのない人間で、大して恋人らしいことだってできない。こんな僕に嫌気がさしてしまったのかなって」
「そんなこと絶対ないよっ」
成されるがままに繋がれていた彼女の手にぎゅっと力が入って震える声で反論された。

「今回のことは、ごめんなさい。自分のことで頭がいっぱいで、黒子くんの気持ち考えてなかったよね。でも、せっかくのお誕生日だから万全の状態で喜んでくれるものをあげたくて、ただそれだけで、黄瀬くんに相談したのは黄瀬くんと黒子くん仲良しだから、良いアドバイスもらえるかなって思っただけで、」

必死に言葉を繋ぐ彼女の手を握り返しながら「別に仲良くないです」と一蹴すると「そうだったね」と苦笑されて固くなった心が少し解けた気がした。

「とにかく、体重が気になるなら僕も付き合うので歩いて帰りましょう」
「でも悪いよ」
「僕がそうしたいからいいんです」
「…はい」

青ざめていた顔に少し赤みがさす。

「それと、プレゼントなんていらないです」
「そういうわけにはいかないよ」
「もし、なまえさんが欲しいものをくれたとしても、それを他の男の人と選んだのかと思うと全然嬉しくありません」
「……うん」

ここまで言えばさすがにわかってくれたようで、ここまで強く独占欲を発揮して引かれないか少し不安もあったけれど言いたいことは言えた。
けれどなまえさんの表情はどこか不満が残っているようで、恐る恐ると言った感じで口を開いた。

「でも、やっぱりなにかしたい」
その意志は固いようで、まっすぐ見つめられると困ってしまう。
「お誕生日当日も部活だけど、一緒にプレゼント買いに行こう?」
駄目?と首を傾げられて自分の誕生日のためにここまで言ってくれるなんて、と驚いた。
「わかりました」
ほっとした表情を浮かべる彼女に即座に「でも、」と続けるとまた顔色が曇る。
僕の言葉ひとつひとつに、耳を傾けて一生懸命になってくれる。
「欲しいものは本当にないんです。だから、一緒に帰ってご飯でも食べましょう。バニラシェイクは我慢します」
「ん、わかった。ありがとう…」
「祝ってくれようという気持ちだけで十分なんですよ」

空いているほうの手で、なまえさんの頭を軽くぽんぽんっと撫でると驚いたようにくすぐったそうに笑う。
誰よりも近くでこの笑顔を見たいと思うし、傍にいられるだけでいいのだ。
他の人にこの場所を譲る気なんてさらさらない。
自分がこんなふうに誰かを想うようになるなんて思わなかった。

久しぶりに彼女のこんな表情を見たな、なんて思っていると「あ、」と小さくなまえさんがつぶやく。

「黒子くんのその目じりを下げた笑顔、好き」

好き、と言う声が表情が、全部が僕に向けられていてどうしようもなく体温があがる。
「…こんな顔、なまえさんの前でしかしません」
ぱっと顔をそむけながら言うと、ふふっと笑った声が聞こえた。
「笑わないでください」
「ごめん。だって、黒子くんかわいくて」

それには答えずに、隣の駅までの道を歩き出すけれど、隣から聞こえる笑い声が止まらなくて様子を窺うように彼女のほうを見ると、僕と繋いでいないほうの手でマフラーを抑えて、顔を埋めている。

特別なことなんてなにもいらない。
ただこうして、一緒に笑い合えるだけでいいんだ。

でも彼女が祝いたいと思ってくれるなら、僕が生まれた日を大切にしたいと思ってくれるなら、なんてことない日だって大切になるのだなと初めて気が付いた。

「31日、何食べよっか?」
弾んだ声で聞いてくるなまえさんの手の暖かさを感じながら答える。
「なんでもいいですよ、一緒にいられれば」

隣を歩くなまえさんが、顔を真っ赤にさせて何もないところでつまずいた。




「お前、本気でみょうじのこと好きなのか?」
「さぁーどうっスかねぇ」
「んだよ、それ」

平均身長を余裕で超えている男子高校生2人がカフェでお茶をしているのも異様な光景だったが、その片方が黄瀬涼太だと気が付き始めた周りの女性客たちが大騒ぎを始めるのはまた別のお話。


(2013.02.03)



黒子っちお誕生日おめでとう!
安定の遅刻でごめんなさいね…

黒子っちきつい物言いしてるけど、けっこうデレてるというか、
彼女ちゃんのことが好きで仕方ないのだと思います





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