物語にもならない恋のお話

「綴くん」

そう俺のことを呼ぶ先輩と会うのは決まって学校の図書室で、彼女が図書委員の当番だった毎週水曜の放課後。
めんどくさいと言いながらサボったことは俺が知る限りはない。
特別本が好きなわけではなさそうだったけれど、貸出対応をしていないときに読書にいそしむようになったキッカケはもしかして俺なのだろうかと思うと心臓がざわざわ鳴ってしまうのは健全な男子高校生なら仕方がないと思う。
たとえ彼女が一学年上の、地味な俺みたいな奴とは違っていつも周りに人がたくさんいる三好さんという先輩の彼女だとしても。


そもそも俺が彼女と知り合ったのは三好さんを通してだった。
渡り廊下の向こう側から「つづるーん!」とデカい声で呼ばれてそのあたりにいた人みんなに振り向かれたことが相当恥ずかしかったことまで覚えている。

「三好さん。こんちわっす」
「やっほやっほ〜!図書室行くの?好きだねぇ」
「はぁ」

三好さんは人類皆友達みたいな人で、俺とはタイプが違うはずなのになぜかガンガン話しかけて来る。
いつも友達に囲まれている三好さんの隣にはその日、綺麗に微笑んでいる女子の先輩がいた。

「かずくん、なんか鬱陶しがられてない?」
「え?!ひど!そんなことないよね?!」
「まぁ、デカい声で呼ぶのは勘弁してほしいと思ってるっす」
「そうなの?!」
「さっきみんな振り返ってたもんね」
「はい…いつもそうなんです…」
「場所は選んだほうがいいかもね」
「ガーン…気を付けるね……」

そんなやりとりをして二人に会釈をして分かれた。
三好さんと彼女は同じように手を振って、同じように笑っていた。
……夫婦って似てくるとか言うけど、恋人同士もそうなのだろうか。
彼女だと紹介されたわけでもないのに頭にすっとそんなことが浮かんだ。

「あれ、つづるんくんだ」
「え…?あ、三好さんの」
「偶然だね。あっでもつづるんくんは図書室よく来るのかな?」

図書室に行くのは金曜日が多かった。
だけどその日はたまたま、本当何か理由があったわけではないのだけど週半ばの水曜日に本を返しに行ったらつい先日会った三好さんの彼女がカウンターに座っていた。

「その、つづるんくんっていうのやめてほしいっす…」
「あはは、ごめんつい。えーっと、皆木綴くんだよね」
「え、なんで、」

名前知ってるんすか?というのは「よろしくね」と笑う先輩があまりにも綺麗でごくりと飲み込んだ生唾と一緒に喉元に落ちた。

「本好きなんだね」
「え?」
「貸出カード、これ二枚目でしょ?学年上がってまだそんなに経ってないのにこんなに読んだんだ」

本を借りるためには自分用の貸し出しカードに書籍名や貸出日を記入する必要がある。
借りる量が多ければそれだけカードの記入欄は埋まっていくし、一枚目が終わったら二枚目、三枚目とどんどん新しいカードになっていく。

「これ、おもしろいの?」

その日返却した本は、魔法を使えるお姫様が従者と一緒に自分の国を守るために冒険するという物語。
……よかった、変な本じゃなくて。

「おもしろいと思います。シリーズもので七巻まで出てて」
「綴くんってサッカー部ですって感じなのに文学少年だったんだね」
「そ、そうっすか?」

自分がサッカー部っぽい見た目だとも思わないし、文学少年というわけでもないから言われた言葉に首を傾げた。

「球技大会でサッカー出てたよね?」
「えっ」

たしかに出ていたけれど、どうして知っているんだろう。

「綴くん、ひそかにうちの学年の女子にファン多いんだよね。騒がれてたからついミーハー心で試合見に行ったことがありまして」
「え、えぇ?」

さっきから予想外のことばかり言われてうまい返しができない。
三好さんと話しているときは相槌を打つ隙もなくて人の話を聞かない人だと思うけれど、この先輩はそういうんじゃないのにどうしてだろう。

「わたしもこれ読んでみようかな。一巻探してみるね」

そう言って返却の手続きをしてくれた彼女に、おすすめした小説はおもしろかったか聞けたのはその次の水曜のことだった。

「綴くんだ、こんにちは。ねぇねぇ読んだよ」
「本当に読んでくれたんすね。どうでした?」
「おもしろかった!あんまり本読まないんだけど読みやすくて一巻読み終わってから自分の委員じゃない日に二巻借りに来ちゃったもん」

自分のすすめたものをおもしろいと喜んでくれて嬉しくない人はいないと思う。
俺が褒められたわけではないのに、にこにこと話す彼女の言葉を見て少しだけ体温が上がるような気がした。
そのシリーズを読み終えたときも他におすすめはあるかと聞かれて、毎週図書室に行く目的がひとつ増えてしまった。
自分が新しい本を読めばこれは彼女が気に入るだろうかと考えてしまう。
三年生の教室の近くを通るときはそういえば先輩は何組なんだろうかと視線を巡らせてしまう。

三好さんの彼女なのに。

ダメだと思うのに、彼女の声で「綴くん」と呼ばれるたびに目の前が知らなかった色で染まるみたいだった。
だけど人の彼女を奪おうなんてつもりは微塵もなくて、三好さんと彼女が仲良く卒業していく姿を見ることができて内心ではめちゃくちゃホッとした自分がいた。
初めて人を好きになったのに、毎週水曜に図書室に通ってしまっていたのに、早く卒業してくれ俺の前からいなくなってくれと思っていたなんて矛盾している。

大学に進学して劇団の脚本を書く機会に恵まれた。
初めて書いた本を認められて、自分も役者として初舞台に向けて日々励んでいたけれど問題はチケットが全く売れないことだった。
劇団が星の数ほどあるビロードウェイで、人の目に留まるにはどうしたらいいのかみんなで頭を悩ませていたときにポンっと頭に浮かんだのは、悔しいかな高校生の頃からひときわ目立つ、俺とは正反対のような先輩の顔だった。

「つづるん、チケットなんだけどオレも買っていい?」
「もちろんっす。今回めちゃくちゃ世話になったんで、監督に招待チケットもらっておきます」
「マジ?!それはテンアゲすぎる〜!ちな二枚ほしいんだけどだいじょぶ?」

 心臓が嫌な音を立てた。

「二枚、っすか?」
「そー!つづるんも会ったことあると思うけど、」

会ったことがあるどころか、俺はその人のことが好きでした。
三好さんと彼女が卒業してもう二年近く経つというのに思い出したように左胸が暴れて痛かった。



(2020.10.07)
(2022.05.21)拍手再掲



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