星降る夜に

(今会社出たよ。家着くのは九時頃になりそうだから、先にご飯食べててね、っと)

時刻は夜の八時過ぎ。
残業を済ませて会社を出たところで携帯を取り出してメールを確認すると、那月くんから「今日は夜のお仕事が延期になりました。先に帰っていますね」と連絡が入っていた。

せっかくだから体に良いもの作ってあげたかったなぁ、と溜息交じりに白い息を吐く。
トレンチコートを羽織っていても寒さを感じる季節になってきた。
マフラーに顔を埋め、手短にメールを済ませて携帯ごと手をポケットに突っ込んで駅までの道を急ぐ。

会社から家までは電車で一本で、座れることは滅多にないけれど朝のラッシュにくらべたら帰りの混み具合は大分マシだ。
今日は金曜日だから世間の人たちはまっすぐ帰らず飲みにでも行っているんだろう。
この時間はまだ混んでいない。

ようやく一週間が終わった。
ひどい疲労感と眠気に襲われるけれど、なんとか吊り革に掴まって自宅の最寄り駅までの駅をひとつずつ数える。

(早く那月くんに会いたいな)

最寄り駅は駅ビルが入っていて、それなりに人の乗り降りが多く、人波にもまれながら電車を降りると冷たい風に思わず肩を縮めた。

改札を抜けて、駅を出る。
駅ビルの地下で何かお惣菜でも買おうかな。
明日の朝のパンもないな。
…でも、早く帰らないと。

ふと顔をあげると、駅前にあるバスのロータリーに一際背の高い青年が立っていた。
そこだけ空気が違うみたいにキラキラ…しているわけなんてないのに、なんでだろう、明るく見えて。
眠気と疲労で瞼が重たくて仕方なかったのに、そんなのどこかに飛んで行ってしまった。
彼のほうに足を向けると、夜空を見上げていた彼…那月くんがわたしに気が付いた。

「なまえちゃん」

ふわっと笑って、名前を呼んでくれる。
それだけで安心する。

「那月くん、迎えに来てくれたの?」
「はいっ待ちきれなくて来ちゃいました。おかえりなさい」
「寒いのに…ありがとう。ただいま」
「全然大丈夫ですよ〜。僕、北海道生まれですから寒さには強いんです」

朗らかに言いながら那月くんがわたしの手を取って歩き出した。
その手は確かに温かくて大きな手に包み込まれるような感覚になる。
いつもは重い足を引きずるように歩く駅から家までの距離も、今日は全然苦じゃない。



家に着いて、時間も時間だからご飯は軽く済ませてお風呂に入る。
先に食べててって言ったのに那月くんも腹ペコだったらしく、2人で昨日の残り物をつついた。
わたしが食器を洗っている間に那月くんはお風呂に入ってしまったから、(男の人ってなんでこんなにお風呂入るのが早いんだろう)待たせているわけだけど。
一緒に住んでいていちいち待たせてる、なんて急いでたらキリがないから思う存分湯船で温まる。
デスクワークで凝り固まった肩と腰がほぐれていく…なんて、まだ若いつもりなのになぁ。

平日はつい適当になりがちなスキンケアも入念に。
乾燥する季節になってきたし化粧水をしっかりと浸透させる。
よく女優さんなんかがテレビで言っている「美容のために特別なことはなにもしてません」という言葉は嘘だと思いたい。
だって、そんなのものすごく不公平だ。

洗面所で髪の毛を乾かしてリビングへ行くと那月くんの姿が見えない。
寝ちゃったのかな?と寝室を覗きに行こうとしたら、ひょこっとベランダから顔を出した。
カラカラ、と窓を開けて「なまえちゃん、なまえちゃん」と手招きされるのでそちらに行くと、そう広くないベランダに毛布やらポットやらお菓子の乗ったお皿やらが置いてあった。

「那月くん?これどうしたの?」
「なまえちゃんとお星様を見ようと思って、急いで準備しました。はい、寒いからこれ着てくださいね〜」

そう言って那月くんのローゲージのニットカーディガンを羽織らせてくれた。
186cmもある那月くんのカーディガンはぶかぶかだけれど暖かくて、かすかに那月くんの香りがする。

「なまえちゃんこっち来て?」

那月くんは家にある一番大きな毛布を肩から羽織って、レジャーシートの上にクッションを敷いて座っている。
その隣に座ろうとしたら、中腰になったところで肩をグイッと抱き寄せられた。

「隣じゃなくて、こっち」

ね?と至近距離で笑いかけられて、ドキッとしたのは一瞬で、那月くんの両脚に挟まれるみたいに座らされる。
後ろから抱き締められる形になったかと思うとすぐに毛布を掛けてくれた。

「那月くん?」

振り向くと、すぐそこに那月くんの綺麗な笑顔があって「なんですかぁ」って言ってくれる伸びのある声は、ただ話しているだけなのに心をほぐすみたいだ。

「あ、お紅茶飲みますか?クッキーもあるんですよ」
「クッキー…これ那月くんが作ったの?」

それにしては綺麗にできている、という感想は胸にしまう。

「うん。今日ね、雑誌の撮影がお料理の企画だったんです。ちゃんと料理研究家の先生が来てくれてみんなでお料理したんですよ。最後にみんなが作ったものを食べて、クリスマスパーティーみたいでした」

あ、クリスマスの頃に出る雑誌だからなんですけど、秘密にしてくださいね?
そう言って人差し指を口もとにやって、シーってする。

「クッキーは真斗くんと作ったんですけど、たくさんあって少し余ったのでみんながなまえちゃんと食べなよって持ち帰らせてくれたんです」
「そうだったんだ。撮影楽しかった?」

真斗くんと作ったんなら安心かな…というのも言わないでおこう。

「はい!七人揃っての撮影はやっぱりすごく楽しいです。クッキー食べてみて?」

お言葉に甘えてひとつ、星の形のクッキーを食べるとバターの香りが鼻から抜けるみたいに香ってすごくおいしかった。
おいしいよって言うと「よかったです」と後ろからぎゅうっと抱き締められた。

体勢的にきついので後ろは振り向かずに前を向いたまま話す。
お腹に回された那月くんの両手にそっと手を添えると、そっと握り返された。
那月くんは体温が高い。
回された腕も、繋がれた手のひらも、すごく温かい。

「音也くんは唐揚げで、トキヤくんはサラダ、レンくんはパスタで、翔ちゃんはスポンジケーキを焼いて、ケーキのデコレーションはみんなでしたんですよ」
「すごいね、ほんとにパーティーみたいだったんだ」
「そうそう、あとクリスマスツリーの飾り付けもしました。翔ちゃんがてっぺんにお星様付けたがったんだけどね、大きなツリーだったから届かなくて僕が高い高いしてあげたんです」
「それは…翔くん怒ったんじゃ…」
「怒る?どうして?」
「あー…なんでもないよ」

きっと翔くんは顔を真っ赤にさせて怒ってたはずなのに、それに気が付かない天然っぷりが那月くんの良いところで、だからこそ二人のドタバタな関係が成り立っているんだろうな。
そのときの様子を想像するのが簡単すぎて思わずふふっと笑いが漏れた。


「那月くん、明日もお仕事じゃないの?わたしは休みだけど…」
「うん、明日は新しい舞台の顔合わせがあるんです。テーマソングのレコーディングは終わったんですけど」
「あぁ、クリスマスから始まるんだったよね。歌番組も多いだろうし、年末年始も大忙しだね」
「舞台観に来てくださいね?」
「もちろん!毎日だって行きたいくらい!…ちょっと毎日はさすがに無理かもだけど…」

平日の公演は仕事が終わるか怪しい。
年末年始は那月くんが忙しいみたいに、一般企業もそれなりに仕事が年末進行になるからいつもよりバタつく。

「毎日じゃなくていいです。無理しないで、来れるときに来てくれたら嬉しい。…ねぇなまえちゃん、上見て?」
「うん?」

肩に顎を乗せられて、頬と頬が触れ合うくらいに近い。
思わず繋いでいた手をきゅっと握ると、優しく握り返してくれた。

上を見ると、満点の星空。
どの星がなにで…なんてことは、教科書に載っている星座の形がかろうじてわかるくらいだけど、都会でもこんなに綺麗にはっきりと星が見えるなんて。

「わぁ…すごいね」
「ふふ、でしょう?今日はお星様がすごく綺麗だったからなまえちゃんと一緒に見たかったんです」

その一言に胸がきゅうっと締め付けられるみたいに苦しくなる。

「藍ちゃんがね、この間流星群のお話をしてたんです。結局見られなかったみたいなんですけど冬は空気が澄んでるからお星様が綺麗なんだって教えてくれました」
「ほんと、都会でもこんな風に見えるんだね」
「なまえちゃん、最近疲れてたみたいだったから」

そう言うと、「はい、どうぞ」と言ってクッキーを口に入れてくれた。
顔に出さないように、家には持ち込まないようにしていたつもりだったのに。
普段わたしの仕事の話は那月くんにはあまりしないし、那月くんからも聞いてくることはないけれど、ぽわっとしているように見えてちゃんと気付いてくれる。

「那月くんに会ったら疲れなんてどっか行っちゃったよ」

少し首を傾けて、振り返ろうとしたら頬にキスを落とされた。
那月くんのキスは小鳥みたいで、ついばむようでいつも優しい。

「…星って、那月くんたちみたいだね。ひとつひとつが輝いていて、繋げると星座になって。暗い夜を照らしてくれる」

あ、星座はST☆RISHってことね?
と付け足す。

「アイドルって、キラキラしてて夜空を見上げたらいつもそこにある星みたい」

いつも思っている。
デビューライブを成功させて、グループとしても順調に成長してるST☆RISHのメンバーってことを差し引いても那月くんはみんなが知っている有名人で、テレビで観ない日はないってくらい毎日いろんなところに引っ張りだこだ。
たまに眩しくて仕方なくて目を瞑りたくなるくらい。

突然絡んでいた指を那月くんがほどいて、体ごとくるっと那月くんの方を向かされた。

「那月くん?」
「はい、なまえちゃんあーん」

いつもと同じ笑顔で、またクッキーを口に入れてくれる。

「おいしい?」
「うん…」

クッキーを飲み込むと、待っていたように両手を包むみたいに持たれる。
不思議に思っていると、そのままわたしの手のひらを那月くんの頬にあてられた。

「なまえちゃん手ぇ冷えちゃったね」
「那月くんもほっぺた冷たくなっちゃってる…」
「ねぇなまえちゃん。僕、一番星になりたいです」
「いちばんぼし…?」
「うん。一番明るく輝いて、どこにいてもなまえちゃんに見つけてもらえるように」

そうしたら寂しくないでしょう?
そう言って優しく笑うと、今度は頬じゃなくて唇に口付けた。



綺麗なものを一緒に見たい。
楽しいことを共有したい。
悲しいことなら分け合いたい。

そう思ってくれることが嬉しい。
離れていても大丈夫。
会えない日があっても大丈夫。

秋から冬にかけての空気はどうしても切ない気持ちになるけど、冬になれば星が綺麗だって教えてもらえたから。
寒さの分だけ那月くんの体温を分けてもらえるんだってわかったから。

風が吹いて冷たくても、那月くんがいるから暖かい。
抱き締めてくれる腕が優しい。
名前を呼ぶ声が愛おしい。

子供にするみたいに頭を撫でられる。

「一日お疲れさま、今日もよく頑張りましたね」
「那月くんも、お疲れさまでした」

そう二人で笑い合って、どちらともなくキスをする。

雲が厚くて空が見えない日があっても、雲の向こう側にはいつもちゃんと月も星もあるって知ってるよ。



(2013.11.08.)


2000% idol song リリース記念その三。
リリース順に書きたかったのですが、
なっちゃん降ってきたので。
おとやくんレンさまごめんなさい。

なっちゃんの力強くて伸びやかな歌声が大好きです。
なっちゃんはひとりの怖さをわかっているから、
人の感情の機微にも敏感だと思います。
誰よりも繊細で優しいなっちゃんだから、
幸せを願ってるよ。





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