Clap
Thanks a lot!


「何読んでんの」
「万里くん、おかえり。さっき買ったファッション誌だよ」

俺が部屋に戻った瞬間に手元にあった雑誌のページを慌てたようにめくったことには気が付いていた。
世間一般の女子高生がどうなのかは知らないけれど俺の彼女はファッション誌もメイク雑誌も好きらしくて部屋に行くたびに新しい雑誌が置いてある。
……最近になってその雑誌たちに共通点があることにも気が付いてしまった。
端に寄せてあった雑誌を一冊手に取って表紙を見て、大きく見出しになっている名前を読んだ。

「……松岡凛」

ぎくり、と細い肩が揺れる。

「最近買ってる雑誌によく載ってるよな」
「えー…そうだっけ?よくテレビも出てるもんね」
「好きなの?」
「かっこいいなぁっては思うけど別に普通かな」

かっこいいとは思うのかよ。
へぇ、と俺が返してこの話題を終わらせるとほっとしたような顔をしていてそんなんで誤魔化せたと思っているんだろうか。
別に芸能人相手に妬くとかねぇけど隠されているのはおもしろくない。
何をするわけでもなくふたりで過ごしていたから、俺も雑誌をぱらぱらとめくりさっき名前を出したやたら顔の綺麗な男を眺める。

STYLE FIVEの松岡凛。
最近人気のアイドルグループでCMソングやドラマの主題歌なんかで曲を耳にすることも多い。
自分ではよくわかんねぇけど雰囲気が似ていると言われたこともあって、誌面の顔をまじまじと見てみる。
……髪型と目だろうか。
俺はこんなに女顔じゃないけれど、ワンレンだし切長っぽい目はたしかに似ているのかもしれない。
俺と付き合っているこいつは松岡凛の顔も好きというのはまぁたしかに?わからなくもない……いやわかりたくねぇな。
もう一度言うけれど芸能人に嫉妬しているわけでは決して、断じてない。
だけどおもしろくないもんはおもしろくないのだ。
誌面でかっこつけたようにキザな顔で笑う男と目が合ったような気がして雑誌を閉じた。




次の週末は映画を観に行く約束をしていた。
観たい作品があると言われていたからおおまかな鑑賞時間だけふたりで決めてあとのことは任せていたら、チケットを渡されて一瞬停止してしまった。

「……チケ代払うわ」

たっぷり間をあけて発した言葉には拒否の返事が返ってきた。

「この前の映画デートのとき出してもらっちゃったからいいよ」

どちらがデート代を出すかは明確に決めているわけではなくて、いつも俺が多めに出すか全て払うかだけれどたまにこういうこともある。
「たまには出します」とはにかみながら言う顔が可愛いからまぁたまになら、と受け入れることにしていた。

「サンキュー」
「うん。お付き合いありがとうございます」
「てかこれ漫画原作の奴だよな?椋の部屋にあったわ」
「そうそう。先週から公開だったんだけど評判いいみたい」
「へぇー……」

公開前から主演を務めるのが今をときめくアイドルだと話題になっていた。
映画館に貼られているポスターを横目で見ると、この前彼女の部屋で読んだ雑誌に載っていた男が一番目立つところに映っている。
……松岡凛の主演映画かよ、しかも恋愛もの。
まぁ観たいというならいくらでも付き合うけれど。
鼻歌でも歌いそうなくらい楽しみにしているらしいから野暮なことは言わずにきゅっと手を繋いで指定されたシアターに向かった。




映画のエンドロールまでしっかり観て、電気がついたから隣を見たらぎゅうと唇を噛んでいた。

「……かっこよかったぁ」

いやそこはおもしろかったじゃねぇんだな。
ファンだということを隠したい様子だったけれどダダ漏れだ。
かっこよかったというのはもしかしなくても主演の松岡のことだろうとわかるから俺は同意せずに「おもしろかったな」と返した。
シアターを出て映画館の出口に向かおうかというところでパンフレットがほしいと言われ表情を変えずに頷いたけれど、ここで待っててと気をつかってくれた言葉に頷いたことには後で少し後悔することになる。

映画館内の売店が見える位置にある柱に寄りかかってオフにしていた携帯の電源を入れるといくつかLIMEが届いている。
すぐに見たほうが良さそうなものにだけ目を通して、返事は必要なさそうだとポケットにまた携帯を仕舞って視線を売店にやると、彼女が知らない男に声をかけられていた。
どうやら落としたハンカチを拾ってくれたらしい。
あいつ、映画観てちょっと泣いたらしくて手にハンカチ持ったままだったからな。

礼を言っている様子の表情が一瞬かたまって、そのあとここからでもわかるくらいに赤く染まった。
チッと無意識に出た舌打ちに反応した通行人がビビったようにこっちを見ていたたまれない気持ちになる。
ずかずかと近寄ると何か話し込んでいるようで、いやハンカチ拾ってもらっただけなら一言礼を言って終わりだろと思うけれど何か様子がおかしい。
ただのナンパなら適当にかわせるはずなのに手に持っていたパンフレットまで落としそうになっていてそれを見た男が押し殺すように笑っている。

「あの、映画、」
「もう観てくれたんですか?」
「はい!すごく…えっと、素敵でした」
「ありがとうございます。パンフレットまで」

………深くキャップをかぶっている男の顔に見覚えがありすぎる。
さっきまで観ていた映画でどでかいスクリーンに映されていたからだ。
不本意ながら実物は男の俺から見ても整った顔だと思った。

「映画良すぎて買わずには帰れないなと思って…あの、CDも全部持ってます」
「本当ですか?嬉しいです」
「主題歌もすごく好きで、」
「あー俺が作詞したんですよ」

もちろん知っている、という顔で頷いた彼女の顔はめちゃくちゃ可愛いけれど他の男に向けた表情っつーのは気に入らない。
CD全部持ってんのも知らなかった。
ガチのファンじゃねぇか。

「……パンフ買えた?」
「万里くん!」
「彼氏さんですか?」

あまりにも嬉しそうにしていたから割って入らずに見ていたけれど我慢の限界が来てしまった。
ぽんっと丸い頭に手を置いて髪を梳くようにしたら松岡凛が察したように薄く笑ってそんな表情もまぁイケメンだなと悔しいけれど思う。
芸能人なんだから当たり前かもしれないけれど。
彼氏かと聞かれて彼女が頷いて、それだけで少し溜飲がさがる。

「松岡凛さんですよね」

周りに他の客がいないことを確認して問いかける。

「はい、映画一緒に観てくれたんですか?」

誘われたから仕方なくなんてことを言うわけにもいかず「おもしろかったです」と伝える。
我ながらそっけない感想だなと思うけれど「男性が観てくれるの嬉しいです」と愛想よく返された。

「じゃあ、俺も映画の時間あるんで失礼します」
「あの、ハンカチありがとうございました」
「こちらこそご鑑賞とご購入ありがとうございます」

にっこりと今度はとびきり綺麗な笑顔で、パンフレットを持っている彼女の小さな手にぎゅうと力が入っていた。
……まぁ好きな芸能人に会えたらテンションあがるよな。
立ち去ろうとした松岡凛が「あ、」と思い出したように声をあげたかと思うと自分の右手をごしごしと上着でこするようにして拭く仕草をした。
何かと思ったら爪まで整えられた右手がスッと前に出される。

「握手くらいしかできないんですけど」
「……えっ」
「これからも応援してくれたら嬉しいです」
「、はい……」

目の前で彼女が他の男に手を握られている。
いや、握手だけど。
こみかみがひくつきそうになるのをぐっと堪えた。
さすがにここで二人の手を引き剥がすほど分別のない人間ではない。

「彼氏さんもよかったら」
「いや、俺は」
「ですよね」

失礼かとも思ったけれどパッと手を引き爽やかに笑顔で返されて本当芸能人ってすげぇなと思ってしまった。
入場口に向かっていく松岡凛の後ろ姿を見送っている彼女の横で黙って俺も突っ立っていると、曲がり角に差し掛かった松岡凛が振り向いた。
もしかしなくてもこっちを見ていて、多分彼女と目が合っている。
律儀な人だなと思っていたら軽く右手をあげてひらひらと振っていてさすがに俺も驚いた。
……俺が驚いたんだからファンはもっとビビっただろうなんてことは隣を見なくてもわかって、よろよろと俺に寄りかかってきたあたり腰抜けそうなんじゃねぇのか。

「大丈夫かよ」
「……え、ちょっとかっこよすぎない…?」
「まぁ、良い人だったな」
「右手しばらく洗えない」

そう言いながら俺のTシャツの袖を掴んでいる右手を取って指を絡めて繋いでやった。



(2022.06.05)
いつも拍手ありがとうございます!
誰得クロスオーバーですが書くの楽しかったです!


拍手ありがとうございました!
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お返事はmemoでしております。



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