Marvelous本文サンプル

全37話から3つ抜粋。



【さくらんぼ結び】

さくらんぼの茎を舌で結べる人はキスが巧いらしい。というのを何処かで聞いたことがある。
セッツァーはカクテルに入っていたマラスキーノチェリーの茎を見事に結んで吐き出してみせたので、私はそのちろりと覗いた赤い舌を見て、なんとなくその話を思い出したのである。

「それ、どうやるの?」

ああ、これ?とセッツァーは結ばれた茎が入ったグラスをカウンターの向こうに手渡した。次のカクテルにもチェリーが入ってれば良いなあ、私の考えを透かし見たのか、彼はこちらを見てくすりと笑った。オーダーはカジノで、目を輝かせた私。待ってな、もう一回やってやるから、と頬杖を付いて口の端を上げるは艶やか。
そうして、間もなく提供されたカクテルを空けて、残ったチェリーを食すと、彼は口をむぐむぐさせてまた茎を結んでくれた。ちょうど中央に結び目があるそれは美しく芸術的で、彼の舌で作り上げられたというだけでとても蠱惑的な物に思えた。
言葉で説明するの、難しいんだけど、こう、口の中で円くして、舌を滑らせるの。陛下は器用だから練習すれば案外すぐにできちゃうかもね。陛下キス巧そうだし。セッツァーはどうやら私と同じく噂を知っていたらしい。にやにやと笑いながらチーズをつまむ。

「その噂、有名なのか」
「さあ。でも、陛下も知ってたんでしょ」
「じゃあ君はキスが巧い?」

彼はぺろりと唇を舐めて、言った。

「俺とキスしてみれば、わかるんじゃない?」



【バレンタインデー・キス】

セッツァー、ほら、今日が何の日か知ってる?
聞くと、思った通りセッツァーは頭の上にハテナマークを浮かべた。数秒の沈黙の後、ああ、と手を打って彼は答える、バレンタインデーか、と。

「何も用意してねえよ」
「最近は逆チョコと言ってね、メンズがチョコレートを贈る習慣も…」
「お前も男のくせに何言ってんだ」
「……」

確かに私も用意していないので何とも言えない。仕方ないだろう、今までずっと、もらう専門だったのだから。もちろんホワイトデーにはきちんとしたお返しはしていたつもりだが。
だって、と言うと、セッツァーはとても面倒くさそうなカオをした。私は少し傷付いた。
そして、彼は小さな鍵を取り出して、カウンターの戸棚を開けた。その棚は、彼のお気に入りの酒や肴を閉まっておく場所で、何人たりとも(勿論私でさえ)触れてはいけない領域なのであった。かちゃりと錠が外れる音がしてすぐに、綺麗に包装された箱が目の前に現れた。
赤い包装紙に黒いリボン。これは…

「チョコレート?」
「そ。ウイスキーボンボン」

高いヤツだし、俺の大事な肴なんだから、じっくり味わって食べろよ。と、彼は全く以て今日という日を無視した発言をして下さった。とことん、私の為に用意したのではないらしい。

「…なに残念そうなカオしてんの」

大きな、深い溜め息をひとつ吐いて、セッツァーはチョコレートの包み紙をばりばりと破いた。丸く、つるんと光るそのチョコレートは、甘味とアルコールの芳しい香り。それを一口で(人には味わって食べろと言ったくせに)口に含んで、そして。

「…んっ!?」

ぶつけるようなキスに、口移しで渡されるチョコレート。熱い口内でとろりと溶けて、境界線を無くす私たち。

「どう、お互い満足したっしょ?」

したり顔で言われて、情けなくも文句の一つも出なかった。
ハッピーバレンタイン。この世の甘さを貪る恋人達!



【自棄酒】

珍しく、エドガーが自棄酒だ。ごろんごろんと床にボトルが転がっている。しかも良い酒。安酒は翌日に響くからと、これらはエドガーのポケットマネーで買われている。倒れたひとつを持ち上げて振ってみると、何の音もしなかった。空かよ。これいくらすると思ってんの。

「エドガー、寝んならベッド行きなって」

意識無いアンタはさすがに運んであげらんないよ。俺の腕力の無さ見くびんない方がいいよ。
あ、言っててちょっと虚しくなった。俺の部屋のカウチでひとりパーティを開催していた主は、ローテーブルに突っ伏して動きもしない。グラス事故を起こされちゃ堪んないので、薄まったウイスキーを飲み干す。美味いし。なんで分けてくんなかったの。文句を零しながらエドガーを揺する。焦点の合わない青色がやっとこちらを見た。
セッツァー、セツ、セツ、舌っ足らずな声色で俺を呼んで、定まらない視線が姿を捉えたのかぎゅうと容赦なく抱きしめられた。セツ、セツ、ねえセツってば。ぎゅうぎゅう。苦しい、ちょっと何なの、まだ死にたくないんだけど!
必死の抵抗なんて全く気付いていないエドガーは、今度は俺の口を捕縛しにかかる。アルコールで紅く色づいた唇は無遠慮に呼吸を奪い、熱を持った舌が口腔を掻き回した。

「…酒くさ」

ぺろりと唇を舐めて、溜め息を吐いた。正体を無くしたエドガーは指で唇で俺の身体を性急に攻略しにかかる。酔っぱらいに抱かれんのスキじゃないんだけど。散々されちゃうし。全然イかねえし。しかも翌日には忘れてるし。俺の讃えられるべき献身が無き物にされるなんて、まったく酷い。

「ここまですんなら、今夜に全部置いてってよねー…」

嫌な事も、辛い事も、先行く不安も。全部見なかった、聞かなかったことにしてやるから、明日には頭痛を厭うて笑うだけにしといてよ。
そうじゃなきゃ報われないでしょう、空のボトルも、カラダひとつでアンタを慰める俺も。



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