アイガンドウブツ
俺の羽をもいで。
そう、彼が言った気がした。
「せ、セッツァー?」
「冗談よ」
飛べない俺に何の価値がある。
そう彼は言った。
「飛べなくなっても、君は君だろう」
「それは、羽は飽く迄ファルコンであって俺に羽は生えていないっつう非常に現実的なハナシと採ることが出来る」
「セツ!」
嘲笑に嗤うセッツァーをどうにか止めてあげたくて、私はつい声を荒げた。
「なんでそんなこと言うんだ」
「羽が墜ちた俺に価値なんて無かったじゃないの」
「セッツァー!!」
セッツァーは可哀相なくらい自分を卑下してみせる。
時折、何もかも信じない。
そんな彼を慰める最善の方法が未だに見つからないのだ。
「羽なんか生えてるわけ無いさだって俺は唯の人間だからね!付加値に縋るだけの!」
アンタのように出来た人間でもないしね!
彼は吐き出すように言い捨てた。
震えるその肩に触れていいものか、私は心底悩んだ。
壊れてしまいそうで、こわかった。
「…君の価値は、君だけが決めることじゃないだろう?」
触れないという決断に至り、私は彼を刺激しないように理詰めに進む。
生温い手当てではセッツァーは暴れて(そりゃあ力の限り)、逆に大きく傷を作る。
彼は大変頭が良いので、上滑りな説得は無意味でしかない。
「じゃあ誰が決めんの?アンタ?他人?それともこの上に居るか居ないかわかんないカミサマってヤツ?」
「人の価値など利害の一致でしかない」
「じゃあアンタは俺が邪魔になったら俺に価値を見出さないんだな!」
泣き出しそうに柳眉を歪ませセッツァーが喉を絞るように叫んだ。
私は衝動で彼を抱き締める。
一瞬の従順の後、激しい抵抗。
「…なせっ、離せよ!」
「出来ない」
「や、止めろ…っ、退け、ッ…」
腕に全力を込めた。
セッツァーが苦しそうに身を捩る。
か細い身体がみしみしと軋んでいる。
「く…ぅ、」
「羽、もいであげようか」
紫眼が恐怖を孕んで私を見つめた。
力を少し弱めて肩甲骨の辺りを五指で引っ掻くように撫でると、いやいやと弱々しくかぶりを振る。
「籠で飼ってあげよう」
「は…、」
「飛べなくともお前はセッツァーであると私が証明してみせる」
乱れた前髪を払ってやる。
息を整えながらセッツァーはへなへなと身体の力を抜いてもたれ掛かってきた。
「馬鹿じゃねぇの…」
「ああ、馬鹿だな」
馬鹿はどっちだ。羽をもいだって飛ぼうと足掻くくせに。
私は内心苦笑して、額の傷に口付ける。
「君は愛玩するには幾らか狂暴過ぎる」
「はっ、可愛くなくてごめんなさいね」
鼻で笑うセッツァー。
可愛くなる気などさらさら無いくせに。大人しいのは撫でている時だけじゃないか。
「籠で飼えるような存在じゃないんだよ」
私はそう言って腕を離した。
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