呼応
或る、朝のこと。
「エドガー」
呼ばれて、振り向く。
声の主はもう一度ゆっくりと口を開く。
「エドガー」
何だい?小さく首を傾げると、セッツァーは銀髪を揺らして私を呼んだ。
「エドガー」
どうした?
じっと目を見つめてみる。
紫色は淡く、揺れているようだった。
「エドガー」
相変わらず呼び続ける彼。
間隔が、短くなっていく。
呟きにも似た呼び声は止まない。
「エドガー…」
段々声が小さくなっていく。
震えているようにも聞き取れる。
「…エド」
何だい?
ちゃんと聞いているから。
話してごらん、と。
言うと、手が伸びてきて首を撫ぜる。
怖々、という表現がふさわしい。熱を確かめるように冷たい手が当たる。
「いつ、応えてくれなくなるかと思って」
私は目を丸くする。
数回、瞬いて、無意識で小さく溜め息が漏れた。
「私を試したんだね?」
責めるニュアンスは全く込めず、呆れたように言うと、セッツァーは俯いた。
「…夢を見た」
アンタが、振り向いてくれなくなる夢だ。
すり寄るようにして首元に顔を押しつけ、彼はそのまま押し黙る。
「私は、ちゃんと応えるよ」
何回も、何回でも。
だから心配することはない。
「俺を、ひとりに…」
「しないよ」
するとセッツァーは顔を上げ、眉間に皺を寄せて私を睨んだ。
「嘘」
「嘘じゃない」
「なんで」
「好きだから」
私の返答を聞いて、彼はちょっと考えたような素振りを見せた。
こくりと頷き、満足そうに笑う。
「俺も、すき」
何か、おかしい。
「セッツァー」
「ん」
「寝惚けてるね?」
指摘すると同時に、ふら、とセッツァーの身体が傾く。
「あ、あれ…」
意識してしまえば後は容易いものだ。
急に重くなった瞼を持て余し、セッツァーは私の腕を掴んだ。
「まだ朝も早い。もう少し寝ていなさい」
そっと彼の瞼に手をあてる。
視界を遮られたことで更に睡魔が襲ってきたようで、力が抜けた身体は私にもたれかかってくる。
「おやすみ」
セッツァーが素直な時。
それは大抵寝ぼけている時だ。
『…夢を見た』
多分、嫌な夢を振り払う為に眠気も忘れて私の元へとやってきたのだろう。
そんな彼が、どうしようもなく愛おしい。
額に口付ける。
眠ったセッツァーが微かに笑ったような気がしたのは、ただの自惚れであろうか。
「まったく、仕方無い子だ」
独り言を呟いて、笑う。
まるで子供をあやすように背中を撫でた。
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