メリットメソッド

「ずっとお前のことが好きだった」

電話線越しにそう言って、彼は私の前から姿を消した。


【メリットメソッド】



久し振りに電話が鳴った。
セッツァーだった。
そういえば最近会っていないな、とふと思うことがあるにはあったのだが、きっと彼のこと、そのうち面白い土産話と美味い酒でも持ってふらりとフィガロを現れると思っていた。
私達の友好は、緩く、けれどもけして褪せない一本の糸のようであった。

随分間が開いたような気がするね。
…そうか?
いや、私にもわからないのだがね。忙しかったのかい?
別に。元々忙しいような身の上でも無いし。お前はどうなの?
もうだいぶ落ち着いているよ。君の電話をすぐにとれるほどにはね。

そりゃあ結構。セッツァーがくすりと笑った。
そしていつものように、気怠げなあの声は本当にいつもと変わることなく、饒舌でもなく、かといって寡黙なわけでもなく、気まぐれに吹く風のように私の話を拾っては返した。
ああ、セッツァーだと思った。


他愛無い会話が途切れたとき、次の話題までの空気を探り合う間、今まで感じたことの無い静寂の中、そして、彼は言ったのだ。
私を好きだと。好きだったのだと。
そう言ったのだ。
少し震えたような声で、まるで吐息が偶然落ちてしまったかのようなそんな声で、彼は私にそう告げたのだ。冗談にしては巧く出来過ぎていた。冗談だろうと言って笑い飛ばせればよかったのに。
その意味を、その空気を、わからないほど私は鈍感ではいられなかった。

ああ、もうすぐ雨の季節だ。スコールには気をつけろよ。
喉に息が詰まって何も言えない私に、そんなことを言ってのけた彼の声はもういつもの気怠げなハスキーボイスで、一瞬前の出来事は夢にさえ思えた。
じゃあな、断線の音。
寸刻。
私の血の中を彼の声がぐるぐる回った。
ずっとお前のことが好きだった、なんて、今日の君は我を忘れる程に酔ってしまったのかい?


セッツァーは私の親友だった。
唯一無二と言ってもいい程、彼は私にとって大切な友人だった。
私は職業柄、人には言えない、言ってはいけないことを数多く持っている。彼の放任主義と緩い優しさは、例えばお気に入りのタオルケットのように、いつしか馴染んだ存在として私を包んでくれていた。
あの旅が終わった後でさえ。
彼の冷えた指先が手酌で琥珀色の液体を注ぐのを見ては、私は初めて彼と話した時のことを思い出した。彼の髪が靡くのを見ては、彼が舵を取る姿を思い出した。

私はセッツァーが好きだった。

だけど、それは違う。
彼の感情は、私の持っている物とは違った。
セッツァーは私の親友だった。だけど彼はそう思ってはいなかった。
電話越しに彼の言葉を聞いた私は、薄情なものだが裏切られたとさえ思った。
あのくしゃりと眉毛の下がった笑みも、私を甘やかすようにわざと伸ばされた語尾も、長めの下睫毛が描く妖艶な視線も、戯れに私の髪を弄る白い指先も、すべて私に情愛を向けて現れていたのだとしたら…

どうして私なんかを。いつから?
聞きたいことは山ほどあった。
だが、セッツァーが電話を掛けてくることはなかった。
フィガロを訪ねてくることもなかった。
彼は、私の前から姿を消した。

つづき


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