変温動物と雨の夜


霧煙る雨の夜だった。
音も無く濡れた空気が満ちている。

「さむいねー」

昼間は日が出ていたから暖かかった。
温度を奪い去るような闇の色。黒い空を見つめて呟く。

「そーだねェ」

他愛無い言葉が返って来る。
独り言のつもりだったから返事が嬉しくて、隣を見上げてみた。
けれどそこにはいつものセッツァーがいるだけだった。

「…つまんない」

目を瞑って視る貴方は王子様なのに。なんて絶対に言ってあげないけど。

「人の顔見て溜め息吐いてんなよ」

微塵の不機嫌も感じさせないセッツァーの声。
それはきっと、アタシに対する甘やかし。

「ねぇ、傷男」

出来得る限りの大人っぽい表情を作ってみる。
そして一言。

「あっためてよ」

思いっきり怪訝なカオをされた。ひどい。

ぼふんと抱きついたら厚いコートと薄いブラウスに阻まれた。
体温を探せ。生きている証を。

「傷男、全っ然あったかくない!」
「手を突っ込むな!」

肌は滑らかなのに、辿る指に傷痕が引っ掛かる。
そんなセッツァーの皮膚は冷たいというか、むしろ温度が無くて、アタシの手のひらにすうっと馴染んだ。まるで変温動物みたいな肌。
変温動物、と考えて、ああ納得。
傷男は変温動物なのだ。
だから、アタシに触れるその手の温度はアタシのもの。

「さみぃだろ、ばか」

ぺいっとアタシを引き剥がして、セッツァーは衣服を直した。

「アタシだってさむいもん」

丁度良く濡れた空間が愛しくて日の元に出るのが疎ましい。
干涸びるまで泣くのが怖くて茶化して誤摩化すしかない。
アタシはいつからこんなに臆病になったんだろう。

「ホットミルクでも飲むか」
「ハチミツ入れてね」
「はいはい」

セッツァーがアタシの頭を撫でる。
真っ白い指が前髪を払う。

「明日も雨だろうねェ」

やわらかい肌に傷を付けないで。
水から引きずり出さないで。
熱を求めて徘徊する、アタシたちはさながら両生類。
それでも。

「晴れるといいなあ」


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