060.要

エドガーのセックスは、まるでこの世の理想を描いたようだった。甘い睦言、優しい愛撫。王子様みたいなルックスのあいつは、ベッドの中でも本当に美しく笑う。思わず赤面してしまうような台詞に舌打ちをしながら、ああこれは少し歯車が狂っていれば「ご寵愛」だったのだろうな、と苦いような遣る瀬無いような思いを抱く。もちろん、エドガーと俺は双方、そういう関係だとは微塵も考えていないし(おそらくそんなこと言ったらエドガーは激怒する)、互いにイーブンだからこそ、こうやってあけすけに軽口を叩き合い抱き合っているわけなのだが。
あいつはあいつでたぶん悪気は無く、純粋に尽くして人を悦くするのが好きなのだろう。俺の一挙一動でとても嬉しそうな顔をする。ので、まあ、俺だって素直に応えてやるのもやぶさかではないのだが、人間そうすぐには変われないので長い目で見て頂きたいと、伝えてはいないが思ってはいる。どうせバレてるだろうから言わなくてもいいだろう。これは確信に似た甘えである。

エドガーのセックスは、甘く優しくとろけるようなものがほとんどだったが、しかし、実際はそれだけではなかった。
存在を刻み込むように抱く、あれも確かにエドガーだった。
乱暴ではないが激しく攻め立てられ、散々に乱されていた。一方的だった。涙も涎も拭えぬまま、静止も聞き入れてもらえず、それでも苦には思わないくらい、俺はあいつを愛してた。実際は結構苦しかったんだろうけど、あまり覚えていない。ひたすら俺の名を呼んで求めるエドガーに、俺はぶっ壊れたみたいに「きもちいい」と繰り返した。エド、エドガー、いいから、きもちいい、いいから、もっとして、きもちいい。荒ぶ息の間にそう繰り返せば、エドガーの気も少しは楽になったのだろう、俺を穿つ楔は更に激しさを増し、その情欲すべてを受け取って俺は啼いた。感情、いや、もはや欲望だけをぶつけられる行為は俺が最も疎んじるものであったはずなのに、あんなに切実に求められたら堪らなかった。生きていて良かったと思った。「気持ち良く」してもらうより、ずっとずっと良かったのだ。

エドガーがそうやって俺を抱かなくなったのは、一面からすればいいことなのだろう。生死の緊張や世界の重みから解き放たれたということだから。今更、彼すら知らない(だろう)このことを蒸し返して話そうとは思わないし、そうやって扱ってほしいと伝えたいわけでもない。(さすがに言えない)
俺はあいつに救われてた。俺でも誰かを救えるんだと、そう思うことができた。恐怖だとか、葛藤だとか、不安だとか、口達者なあいつが日中は誰にも言えなかったことを俺に分けてくれたのが、ああいう夜だった。あのときは俺も俺で欠けていて、愛されるよりも必要とされたかったのだろう。

今だって、俺はエドガーとセックスをして、愛の限りを尽くされて、まあ俺もほんの少しは態度で返してやって、同じベッドでうとうとと微睡んでいる。理想の王子様は最近ちょっと意地が悪い。あのね、私だって少しは不安になるんだよ?と秀眉をほんのり下げて、なんか色々言わせようとする。俺としては、お前が主導権握りしめて離さないだけだろがこのやろう、と思っているのだが。王子もとい国王陛下は俺の手も握ったまま離さない。薄く開いた唇から僅かな寝息が零れている。
エドガーの本質がどっちなのかはわからない。俺にとってはどっちもエドガーだし、どちらでもいい。エドガーがどう思っているかは知らないが、あのときだからこそ、身体だけだったからこそ、分け合えた事実があると俺は思っている。これからは時間がたっぷりある。きっとエドガーは言葉を尽くして、良いも悪いも幸せも不安も伝えてくれる。だからもう、大丈夫だ。そっと手を握り返した。

(2015.02.10)


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