never know

その時、多分私は息をしていなかった。もちろん、彼もしていなかっただろう。

人間の軽く10倍はありそうな巨体のそれが予想外に機敏な動きをしてセッツァーに向かう。詠唱中は無防備なことなどわかりきっていたはずなのに…!
彼の細い身体が、まるで、そうまるで人形みたいに吹っ飛んで地面に叩き付けられたのを直視してしまった。
私の中の全ての細胞が活動を停止したようだった。何もかもが遠くの世界の出来事のように思えた。

「セッツァー!!」

耳をつんざくような、セリスの悲鳴にも似た呼び声。完成間近の攻撃魔法を放棄し再詠唱を始めた彼女。声は焦っていた。聞き慣れないそれ。アレイズ。ぴくりとも動かない彼の身体。
拡散して遠くに弾かれた事項が集結する。体内の血という血が、塞き止められたダムから先を争って下るように私の中で暴走する。悪寒を巻込んで発熱した背中がじっとりと嫌な汗をかいている。

「逃げるんだ」

それだけをロックに伝えると、返ってくる批判を無視して人差し指を立てた。旋律を紡ぐ。後天的に細胞に仕込まれた古の微粒子がゆっくりと動きだす。力が集まってくるのが、わかる。



「あの馬鹿…!」

もはや何を言っても聞かないだろう。詠唱を止める気など無いだろう。一矢報いてやらねば気が済まないんだろう。負けず嫌いの国王陛下。あいつはそういう奴だ。

俺は意識の戻らないセッツァーを抱え上げ走った。聞こえる呪文には寸分の狂いも無い。メルトン。あいつは狂っている。

「ロック伏せて!」

セリスの声。
爆発音。
離れても感じる熱風の強さ。

ブリザガによる相殺で出来た水蒸気の海が薄まった頃、モンスターは跡形もなく消し飛んでいた。
周辺は焼け野原。うずくまった金髪に血の気が引いた。
エドガー!
一体何処にメルトンをぶっ放つ馬鹿国王が居るってんだ!

「エドガー!」
「いたた…」

ちょっと転んでしまったような様子で彼は砂埃を払っていた。

「エドガー大丈夫!?」

セリスが慌てて回復魔法を唱える。
無傷、とまではいかないがそれでもあの爆発からは考えられないくらい軽傷だった。
エドガーは苦笑してマントの下をひらひらさせた。紅い布が着込まれていた。王族の証、レッドジャケット。こいつは最初から炎を無効化するつもりだった。

「メルトンに風属性があるなんて知らなかった」
「無茶し過ぎよ!」

まあ、セリスが怒るのも無理ないよなぁ…
お小言を受けるであろう馬鹿国王よりも昏倒したままのセッツァーの方が心配なので俺はさっさとテレポを唱えた。
様々な悲鳴にお出迎えされるだろう。








馬鹿じゃないの何考えてるのよ、貴方たちふたりともなんて世話が焼けるの、と散々な悪口雑言。その後彼女は瞳を潤ませたものだから幾ら私でも罪悪感が波打つ。宥める言葉すら出てこない。背を向けたセリスが小さく見えた。

「二人とも無事で良かった…」
「すまなかった」

ずず、と鼻を啜る音がした。

「セッツァーはティナが看てくれたわ。たぶん、もう意識が戻ってるはずよ」






セッツァーの部屋へ向かうとちょうどティナが出て来たところだった。

「よかった、エドガー」

呼びに行こうと思ってたの。ティナはにこりと笑った。

「セッツァー、もう大丈夫よ」
「ありがとう」

逸る気持を抑えてドアノブに手を掛けた。
彼はどうなっているのだろう。やはり酷い怪我なのだろうか。
そう思うと身体が震えた。
怖い。
あの痩躯が宙を舞った時の光景が未だフラッシュバックしている。
それでももちろん、安否を確認したい気持が勝って、私はそうっとドアを開けた。


セッツァーの顔は未だ蒼白だった。
それでもきちんと息をしている。薄い唇が開いて空気を吸い込んでいる。
生きていた。
セッツァー、ぽつりと呼ぶと、聞こえたのかゆっくりと、薄く、目蓋が開いた。

「…おはよ」

私は不覚にも目頭が熱くなった。

「辺り一帯消し炭だって?」

やり過ぎでしょ、陛下こわーい、なんてふざけて言うセッツァー。
やはり身体が痛むのか笑みが儚げである。
今にも、溶けて消えてしまいそうな…

「ごめんね」

心配したんだろ。
その声で、私は両手で顔を覆わなくてはならなくなった。
ぼろぼろと声が零れた。

「き、君が、」

「死んでしまう、んじゃないかと、思って…」

怖かった。
動かない君を見たら怖くて怖くてたまらなかった。
世界と比べたら私の命なんてほんのちっぽけな存在なのに、それでも、君を失ってしまったらと思うとどうしたらいいかわからなくなって。

「大丈夫、生きてるよ」

そう言って私の腕を掴んでセッツァーは微笑んだ。
彼の胸に手を当てると、とくとく、とくとくと心臓が動いているのがわかった。
そして白い指が私の頬をなぞって涙を拭った。

「あんまり無茶しないの」

セリスからお小言もらっちゃった。陛下はもうちょっと自分を大事にしなさいよ。
セッツァーは私を責める気など全く無い様子で頬をなぞり続けた。

「君に言われたくないよ…」

まあその通りだと思うけど。言ってセッツァーは苦笑した。

「でも、こんな風に泣かれちゃ、アンタを置いては逝けないなあ」

愛され過ぎちゃって困るね、俺ってば罪な男だわ。
そうやって茶化して笑うたび、私が切なくなるのを君は知らない。
私がこんなにも弱いことを、君以外は誰も知らない。



(2011.1.14)
口約束は当てにならない。



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