「可愛くない生徒で、ごめんなさい」



放課後ポルカ・ドット



雨の音が響く教室は、いつもより空気が重い。
それが梅雨の幕開けだと知っているから、なおのこと気分も重くなる。
くすんだ空から差しこむ見えない日の光を跳ね返して、生徒のシャツは眩しいほど白く光った。

「先生、」
「うん?」
「おれはもうちょっと馬鹿なふりをしたほうがいいですか」
「どういうこと?」

大真面目な顔で土方が問う。
16歳というにはあまりに大人びた、まるで揺らぎのない瞳。

「そのほうが、うまく社会をわたっていけますか」
「うーん、俺がガキのころは毎日どうやって女子のスカートめくるかしか考えてなかったしなあ…」
「…」
「でもいま、こうして一応ちゃんとした職には就いてる、よ」
「とても教師には見えませんけどね」
「お褒めの言葉として受け取っとく」

じゅるる、とテトラパックの苺牛乳を飲み干すと、ぐしゃりとつぶしてゴミ箱に向かって投げる。
不格好な弧を描いて飛んだかたまりは、縁に当たって床の上に落ちた。

「音を立てて飲まない、って子供の頃習わなかったんですか」
「習ったー」
「それと、綺麗につぶしたほうがごみの嵩が減ります」
「はいすいません……はあ」
「…おれのこと真面目だって言いたいんでしょう」
「うーんそうだね、うん真面目だね」
「知ってます」
「まあ、そんな真面目な土方くんが先生とこんなことしてるなんて、誰も思わないだろうけどね」

白く剥かれた肌をゆびで辿れば、土方はきゅっと肩をすくめた。
腕の付け根には、いましがた付けたばかりの赤い跡がにじむ。
それを隠すようにシャツを羽織り直すと、土方は身体を起こした。

「先生が不真面目な人で良かった」
「褒められてんのかねえ…」
「少なくともおれにとっては、良いことです」
「そうかい」

むきだしの足をぶらぶらさせながら、土方はベルトを締め直す銀八の手元をじっと見ている。
まだ足りないと言いたいわけでもなく、単なる興味なのだろうけれど、まっすぐな視線はわずかに残った劣情をも煽りそうになるから少しだけたちが悪い。
白衣を羽織ると、外していた眼鏡を掛けなおした。

「先生」
「ん?」
「可愛くない生徒で、ごめんなさい」
「…ほんとに俺が土方のこと可愛くないと思ってると思う?」
「…」

土方は黙ったまま俯いた。
頭のてっぺんにあるつむじが露になって、それはキスしたいくらい可愛い。

自分でした質問の答えを、たぶんこの聡い生徒は知っている。
知っていて、敢えて銀八を試そうとしている。
ただ愛されている実感が欲しい、そういう年頃なのだ。
銀八は16歳と1ヶ月のまだ薄い肩を引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。


土方という生徒は魅力的だと思う。
それは、十人が十人称賛するであろう顔立ちの良さもそうだけれども、それを抜きにしたって同じことだ。
例えば自分がどう見られているか、どう振る舞うべきかを心得ているというところは、人によってはこずるいと思うかもしれないけれども、銀八はそれを大分可愛いと思った。
同じ年頃の生徒に比べれば無邪気さに欠けていると思わないでもないけれど、それに代わる武器をこの生徒は持っている。

「先生、次はいつ会えますか」
「珍しいね、次のこと考えるなんて」
「なんとなく…雨見てたらセンチメンタルな気分になって」
「土方くんでもそんなこと思うんだ」
「湿度のせいじゃないですか?」
「絶妙に不思議ちゃんをぶっこんでくるのも可愛いね」
「それ褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」

すこし口を尖らせたその顔が可愛いことも、彼はきっと知っている。

「先生、」
「ん?」

表向きは真面目に生きることが得策だし、

「せんせい、キスしてください」
「…ん」

こうして不真面目なことが人生を豊かにするということも。


窓を叩く雨の粒がいびつな水玉を作りだしては消える、とある金曜日の放課後。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -