シュガーホワイト



くしゅん、と電話口から可愛らしい声が漏れた。

「悪ィ、遅くなった」

いつもの愛想もないぶっきらぼうな声が後に続く。

「いやいいけど、もう終わったの仕事?」
「ああ、後処理は隊士共に任せるわ…こっちは元々午後休だしな…ッくしゅん」

再び響いたその声は、鬼の異名を取る電話相手には、まるで似つかわしくないほどにあどけない。
思わず声を漏らして笑うと、何だよ、と拗ねた声が返って来た。

「いや、ごめん…お前傘持ってねぇの?」
「あ、ああ。捕り物の時は邪魔んなるからな」
「まあ確かにな…」
「とにかく、今からそっち向かうから」
「あ、いいよ、俺が行く」
「は?」
「まだ雨止みそうにねぇしな…風邪引いたら困んのはお前だろ」

返事の代わりに、くしゅッ、と控えめなくしゃみが聞こえた。

「で、今どこにいんの?」
「江戸城のお濠公園」
「あー広いんだよなあそこ…なんか目印ねぇ?」
「目印か…んー…、あ、あった」
「なに?」
「てめェみたいな花が咲いてる」
「は!?俺みたいなって…」
「フン、来ればわかるから。じゃあな」
「え、ちょ、見つけらんなかったらどうすんの…!」

ぷち、と一方的に切られた受話器を睨むと、それを旧式の本体に戻した。
昼寝のせいですっかり凝り固まった肩をもみながら玄関に向かい、傘立てに手を伸ばす。

少し迷って、一本だけ傘を手に取った。

外に出ると、飽和状態に達した大気がもわっと身体に絡み付く。
おてんばな髪の毛が更に膨らんだところを想像して、銀時はひとつ溜め息をついた。






休日はピクニックなどをする市民で賑わう公園も、こんな日にはだいぶ静かだ。
露を含んだ芝生を踏みしめる度、靴底がきゅっと小気味よい音を立てる。

「にしてもこんな広いとこで…」

身近にあった地図を眺めてみても、土方の居場所のヒントは一つも浮かばない。
手始めに、公園を横切る小径をひとつ選ぶと、銀時は子供のように傘をくるくると回しながら歩き始めた。

季節柄、小径の左右には紫陽花の群れが並ぶ。
海のように濃くて深い青紫から、夜明けの空のような淡い赤紫まで、色とりどりの見せかけの花びらに、雨の雫が落ちてはするりと流れてゆく。

それをぼんやりと眺めていたら、頭上でかさりと音が鳴った。
思わず音のした方を振り仰ぐと、一段高くなった部分に、真っ白い紫陽花がいくつも咲いているのが見えた。

(珍し…白いあじさいか…)

ふと、電話越しの声が頭にぽんと響く。

(てめェみたいな花が咲いてる)

「…は、こーいうことかよ」

ふわふわとした白い綿菓子のようなその花の群れの間に、黒い制服がちらりと見えた。
今日みたいな日には手に負えなくて嫌になる自分の髪の毛でも、こんな風に想ってくれている奴がいるならよしとしようか。


赤い傘をゆっくりと傾けると、銀時は愛しい人の名前を呼んだ。



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