坂田銀時は人を待っていた。 正確にいうと、土方十四郎を待っていた。 どこで、か。 ただいま絶賛ハロウィンイベント中の東京ディズニー○ーである。 夕方で薄暗いとはいえ、周囲はカップルや子供連れ、女子の集団ばかり。 ディ○ニーシーで男ひとり、は、正直かなりきつかった。 目の前では期間限定のショーが繰り広げられている。 空気の読めないアヒルのキャラクターが「絶対に触ってはいけない」というフラグを見事に回収して、ゴーストたちが続々と出てきてしまうシーン。 (ちょ、ドナ○ド自重…ww) 甘い匂いにつられて購入してしまった珍しいミルクティーのポップコーンは、ぺこぺこだった銀時のお腹に次々と放り込まれてもう残りは半分以下しかない。 行きたいと最初に言ったのは銀時のほうだった。 二週間ほど前だろうか、たまたまふたりでまったりしながらテレビを見ていたときにコマーシャルが流れて、いいなあ、と呟いたら「じゃあ行くか」なんて予想外にあっさりと受け入れられたので驚いたのを覚えている。 そのまま手帳を見ながら予定を合わせてアフター6で行くことになって、気付いてみればそれは銀時の誕生日の翌日だったりした。 プレゼント、だなんて思っていたわけではないけれど、それがただの気まぐれだったにしても、ふたりで夢の国なんてそんな微笑ましいデートができるということだけで銀時は十分浮き足立っていた。 仕事が少し長引いて遅れると連絡を寄越した土方を、先に入って待ちはじめてから早くも30分が経過していた。 ショーは後半に差し掛かり、進行役のキャラクターが異常に高いテンションで観客をダンスへと誘っている。 「今宵限りのすてきなパーティーに、あなたをご招待しましょう」 仮面を被ったキャラクターたちは、ゴーストたちにまじって一晩限りのダンスパーティーを盛り上げる。 一応目だけはショーに向けたまま紙の箱に手を突っ込んで、底にゆびが当たってもうポップコーンの残りがわずかなことを知る。周りの観客が恥じらいながらダンスを真似しだす中で、銀時は手のひらの上に残ったポップコーンを全部空けるとまとめて口の中に放り込んだ。 と、そのとき握りしめていた携帯電話がぶるぶると震える。 相手が土方なのを確認すると、銀時は少しだけ人ごみから離れて通話ボタンを押した。 「あーもしもし。どした?着いた?」 「着いたには着いたんだが、めったに来ねぇから場所がよくわからなくてな…」 「タワーオブ○ラーの前だって。」 「係の人に訊いたから大丈夫だとは思うんだが…」 「え、ちなみに今どの辺?」 「えーと…なんか東京タワーみたいなのが見える。」 「……………は?お前どこにいんの?」 そのままショーの終了まで土方は現れなくて、演目がすっかり終わったあとで、観客がほとんどはけたがらんとした客席の前でぼーっと突っ立っているのをようやく見つけた。 空になった箱を潰して捨てると、銀時はひとり立ちすくむ土方の元に駆け寄る。 「おい、土方」 「あ、おう…」 「随分時間かかったな…」 「すまねえ…何往復もしちまって」 「まあ会えたから良かった、か」 「待った…よな、すまねえ」 「らしくもねえな、気にすんなっての。ほら、行こ?」 周囲の楽しげな雰囲気にどうしたらいいかわからない、といった様子の土方の手をぐいと引いて、銀時は少しだけ高揚した心を隠すように走り出した。 *** 平日とはいえ、期間限定イベント中のパークにはそれなりに多くの客でにぎわっていたが、20時半をすぎた頃になるとようやく帰る人の流れができ始めた。夜の帳が降りた中、美しくライトアップが施された擬似港町を歩く。 年甲斐もなくはしゃぎながら土方の手を引っぱって3つほどのアトラクションに乗ったのだが、仕事の後処理もそのままに急いでやってきた土方はもうだいぶ疲れが出たらしい。まだまだこれから、とばかりに走って次のアトラクションへ向かう女子高生達を尻目に、ふたりは肩を並べてゆっくりと歩みを進めた。 「あ、もうすぐ、花火」 「え?」 かぼちゃの装飾に縁取られた時計を見た銀時が、唐突に足を止める。銀時の言葉につられて土方も上を見上げた直後、ぱあんと音が弾けて夜空に季節外れの花火が舞った。 時おり短調のコードがまじる奇っ怪なメロディのBGMにのせて次々と打ちあがる花火は、おそらくパークに残っている観光客の視線の大半を奪っているのだろう。 欄干に凭れかかって、同じく空に釘付けになった土方の手の上に銀時がそっと手を重ねる。気付いた土方の視線がふっと降りてきて銀時のそれとぶつかった。 重ねた手をぎゅう、と握って、そうっと顔を近づける。 ジャックオランタンの妖しい光に照らされた土方の顔は、ひどく、赤い。 そのまま眼を瞑るとまるで世界にふたりだけになってしまったようで、すこし不安になる。 お互いの存在を確かめるようにゆびを絡めあうと、ゴーストのいたずらのようにぱんぱんと鳴り響くオレンジ色の花火を背景にして、ためらいがちにふたりは唇を重ねた。 *** そのあと閉園時間ぎりぎりまでアトラクションを楽しんで、ようやくふたりは帰途に着いた。 お土産に、と帰り際の店で購入したストラップは所謂カップル用のそれで、ミッ○ーをとるかミ○ーをとるかで散々もめた挙句に、じゃんけんで土方が負け、舌打ちをしながらリボンのついた方を持っていった。 ここが夢の国だというのは本当らしい。 こんなに穏やかで、「恋人らしい」デートができたことに、銀時はそれこそ夢のような心地でいた。 「あー疲れたけどまじ楽しかったー!」 「そうか、そりゃよかった」 「へ?」 「あ、いや、別にこっちの話」 「ああ、そう…」 よかった、と呟いたときの土方の表情が至極安堵しているように見えて、銀時は少しだけ虚を突かれた思いだった。 「まさか…、」 「え?」 「いや、なんでもねえ…ていうか」 「昨日、」 「へ?」 「誕生日だったろ?」 「う、うん…」 「祝ってやれないと思ったから…せめて、」 「…」 「てめえが行きたいとこに…行こう、と…」 最後のほうは聞き取れないほどの小声で、ごにょごにょと弁解をするように何かを呟いている。 それでもまさか、まさか本当に誕生日を覚えていてくれたとは思いもよらなくて、愛しさが胸に溢れて、決壊した。 「ひじかたあああーっ!」 「ちょ、お、おい…!」 夜とはいえ、駅に向かう人でごった返す歩道橋の上で抱きつかれて、土方は慌てたように銀時の着物を引っ張る。 「いいじゃん、今夜だけ」 「…」 「誰も俺たちなんて気にしない」 マスカレードはその名の通り、仮面で身分や素性を隠して参加する舞踏会。 せめて一晩だけでも、身分も素性も忘れて、愛する人と踊れたら。 「…」 「土方、ありがとう」 「お、めでとう、銀時」 背中に回した手でぎゅっと身体を引き寄せたら、肩口に顔を埋めた土方も同じように抱きしめ返してきた。 “今宵限りのすてきなパーティーに、あなたをご招待しましょう” ゆらゆらと揺れるジャックオランタン。 魔法が解けるまで、あと10分。 次は解けない魔法を。 |