「中身を出してやらんといかんなぁ」 「…ひ、ぅ」 幕吏の太い指が、いまだ貝の実を咥え込んだままの後孔に潜り込む。ぬる、と実の端を指がすべって、貝が奥に入り込む感覚がした。 「ふむ、うまく取れぬな…」 懲りずに今度は二本の指が差し込まれるが、もともとぎちぎちに貝を咥え込んでいた縁はそれ以上を受け入れることを拒み、貝はさらに内奥へと押し込まれてしまった。 その様子を身じろぎもせずに眺めながら、土方はごくりと唾を飲み込んだ。 身体の中へと貝が入り込んでゆく感覚を甘受しながらもどうしようもなく、かといってこのまま放置でもされようものなら困るのは土方自身だ。 指では取れないと諦めたのか、幕吏がそれ以上貝を深追いすることをやめたのを見とめて、土方はちいさく息を吐いた。 「仕方あるまい…」 「……?」 覆い被さっていた幕吏の身体がふいに離れた。 次は何をされるのかと一瞬身構えた土方に、手を拭きながら幕吏が言い放つ。 「ならば、自力で出すほかないだろうな」 「ど、どう……!?」 「わかるだろう…?」 ここに、と言いながら幕吏のゆびがするりと後孔を撫でる。 「入っているモノを出すにはどうすればいいか」 「…ッ!」 湿り気を帯びた声が鼓膜にまとわりつく。 「いつもやっているみたいに、してごらん」 あまりの要求に目を見開いたまま固まる土方を見て、幕吏が笑みを濃くする。 要するに、いまここで、排泄のまねごとをしろということらしい。 動こうとしない、否動けない土方の手を幕吏が引こうとする。と、その時、座敷の戸を勢い良く開ける音がした。 「すんまっせーんお待たせしました〜。こちら食後の水菓子でーす…」 間延びした声と共に、女にしては肩幅の広い仲居が入り口に盆を置いた。 座敷の奥にいた土方と彼を囲んでいる幕吏たちが、一斉にそちらを見やる。 「そ、そんなもの頼んだおぼえは…」 「えー…」 気怠げに顔をあげたその仲居が見知った人物であることに気づいて、土方は声を飲んだ。 銀色のツインテールを付け桃色の着物に身を包んだその姿は見るからに怪しいが、間違いなくそいつは。 「おい、誰だお前は…!?」 「は?ただの仲居さんですけ、どォォォォっ!」 最後の一声と同時に、土方の左右にいた幕吏の顔に熟れたメロンがぐしゃりと命中した。 狼狽えた他の幕吏が、膳の横に置いたままの刀に手を伸ばそうとするより先に、「ただの仲居」がそれを奪い取って笑う。 「食べ物を粗末にするお客様にはお帰りいただいてって女将に言われてねえ」 「き、貴様だって粗末にしてるではないか……!」 「あら、そうかしら?じゃあ、大切に食べてあ・げ・て」 「…むごっ!?」 残りの幕吏の口にメロンを突っ込むと、仲居―もとい銀時は、固まったままの土方の手を引いた。 「これでも羽織ってろ」 「…っ!?」 自分の普段着の着流しをばさりと土方の身体にかぶせると、銀時はあっけにとられる彼の手を引いて座敷から走り出た。 *** 「隣の座敷のやつがどうも怪しい音がするっていうから、様子見に来てみればよ…」 「……」 「何?お楽しみ中だったの?お邪魔だった?」 建物の奥まったところにある、従業員専用の厠の中。 女性従業員が多い料亭では、都合のいいことに男子厠を訪れる影もまばらだ。 和式便器を挟むようにして向かい合い、個室の奥に土方を立たせながらしかし、銀時には彼を追い詰めたりするつもりはなかった。 あそこで何をしていたのか、聞くまでもなくなんとはなしに察しはついたし、それが今回に限ったことではないのだろうということも解っていた。 「……すまねぇ」 「謝んなよバカ…」 「……」 恋人、なんて呼べる間柄ではない。 会えば肌を重ねる関係ではあったけれど、それでも相手のすべてを背負う余裕なんて、お互いに持ち合わせてはいない。 だから、ヒーロー気取りで連れ出したのにも、特別な覚悟なんてなかった。 それでもただ、目の前で彼が苦しめられるのを見ていたくはないと思った。 「なぁ、」 「…っ」 「これ、どうすんの?」 つつ、と着流しの上から熱を持った腰をなぞると、土方の肩がびくんと揺れる。 「出してやろうか」 「っ、いい…」 「じゃあ自分で出すの?」 「…もう、いいから」 「…?」 「あとは、自分でやるから…もう、出てってくれ…」 「それはちょっとさあ、」 するりとゆびの背で頬を撫でれば、伏せられた漆黒のまつげが小さく震えた。 「勝手すぎんじゃねーの?」 「・・・」 「あのままだったらお前…」 「別に、頼んだわけじゃねぇ」 詭弁だと、自分で解っていた。 勝手なのは他ならぬ銀時自身だ。それは自分が一番よく解っている。 だとしても、ここで身を引くことはできなかった。 たとえ、つまらない嫉妬だと、ひとりよがりな庇護欲だと笑われたとしてもいい。土方をこのままひとりで置いていくことだけは、どうしてもできなかった。 「さっきの続き、やれよ」 「…!?」 「代わりに俺が見ててやるから」 「何言って…ッ」 あっち行けよ、と振り払われた手を掴んで引くと、元より足取りの覚束なかった土方は簡単にバランスを崩した。 膝からくずおれそうになる身体を抱きとめて、ゆっくりと腰を落とす。 白い陶器を跨ぐ格好になった土方は、もう力のはいらない、むきだしの足を震わせて諦めたように頭を垂れた。 「ほら、」 「う、う」 しゃがみこんだ土方の頭を慈しむように撫でる。 言葉にならない声をぽつりぽつりと漏らしながら、土方は掴んだままの銀時の手に爪を立てて、なけなしの抵抗をした。 「いい子」 「う…うっ…う」 土方の身体がぶるりとわなないて、後孔に押し込まれていたものがゆっくりと姿を見せる。 それが他人の、あの幕吏たちの手によって遊び半分に挿れられたものだと思うと、吐き気がした。 土方が金属の配管に頭を擦り付けた。 ほとんど啜り泣くような声に混じって、鈍い水音が響く。 銀時にすがりつくように掴まれていた両手が、はらりと落ちた。 「土方…」 「最低…」 「うん」 「ほんと、さいてい…」 震える顔を包み込むように持ち上げて、汗のにじむ額に口付けを落とす。 土方が目を瞑ると、大粒の雫がまなじりに浮かんで、ほろりと零れ落ちた。 お前のすべてを救うことはできないかもしれないけれど、ならばせめて、お前からこぼれ落ちるすべてを、この手で掬ってやるよ。 ふたりだけの個室に、ベンベンと三味線の音が遠く遠く響いた。 |