恋と、愛と、


たとえば、小さな優しさだとか。
たとえば、横顔にふと感じる視線だとか、不自然ではない程度に高い遭遇率だとか。
そういうものからいわゆる「好意」の色を感じ取ることは、土方十四郎にとってはさほど難しいことではなかった。
むしろ慣れている、と言ってしまってもいい。
それは二十数年の人生の中で幾度となく異性から投げかけられ、またさらりと受け流してきた、土方にとっては半ば厄介な代物であった。

だから、その男―坂田銀時からその類の感情を感じ取ったとき、土方は正直に言って戸惑った。

どちらかといえば反りの合わない男、というのは自他ともに認める事実だったし、銀時自身がそういった恋愛感情と無縁とまでは行かなくても、だいぶ疎遠なのではないかというのが土方の印象だったからだ。
同性からそうしたまなざしを寄越されることもなかった訳ではないが、そういう場合の大半には性的な意味が込められていたから、やはり異性から感じるそれとは違うと言わざるをえない。
その点銀時が寄越すのは、偏って性的な訳ではないが異性から向けられるものとも同じとはいいがたい、ある意味土方にとって解釈に困るまなざしだった。
それだから、ことさら彼のことを気にするようになったのかもしれない。

銀時は元が掴みどころのない男だったから、やはりというか明からさまな真似はしてこない。
かといって、今までの多くの女のように、口には出さないけれども察してほしいとでも言いたげな態度をとるわけでもない。
ただ周囲が気づくか気づかないかくらいの優しさと、視線と、偶然を繰り返すだけ。
坂田銀時のその態度は、恋愛の初心者らしいといえばらしい単純な行動であったけれど、反面そのやり方は繊細で高等的といえなくもなかった。
まるで女とは無縁そうな顔をして、実際は今までそうして何人もの女を惹き付けてきたのだろうかと思わせるような。

土方にしてみれば、銀時が繰り返すちいさな行動の意図に気づくのは簡単だったけれど、それから何も知らぬふりで振る舞えるほど、元より器用にはできていなかった。
それゆえ、土方は常日頃そうしているように、あからさまに接触を回避する方法を選びとる。

見廻りのルートをちょくちょく変えるようになったのが一ヶ月前。
その不自然さを周囲に指摘されるようになったのが二週間前。

で、しびれを切らしたらしい銀時に屯所の近くで腕を掴まれたのが、先週。


「土方…!」
「…っ」

時刻は深夜と呼んでもいい時間で、通りには人気もなくて、でも次の角を曲がればもう屯所というところ。
もしかしたら、土方と同じように夜の見廻りに出掛けた隊士と鉢合わせしてもおかしくはない状況だ。
そんな中で待ち伏せて、引き止めたはいいものの、その先の展開を考えていなかったのか銀時は腕を掴んだまましばらく静止する。

「な…んだよ」
「いや、最近、会わないなーって思って…」
「もともとそんなに会わねぇだろ」
「そう、だけど…」
「で、何の用だよ」
「え、だから、会わないなーって思って、んで…」

きまりが悪そうに頬をかいたあと、あいにきた、と銀時がちいさく言った。

「なん、で…」

予想に反して、奇をてらわないあまりにストレートな台詞だったから、土方は半ばたじろいでそう返すことしかできなかった。
もちろん、問わずとも理由なんて解りきっている。
ただ、まさかここまでされるとは思っていなかったから、いわゆる心の準備が皆無である。

「だから…っ」

ようやく掴んでいた腕を放して、銀時は両のこぶしをぎゅっと握った。

「お前に会いたくて、ここまで来たんだっつってんの!悪ィか!」

最早捉えようによっては一様にしか解釈できないその台詞を投げかけられてなお、土方は返す言葉を見つけられなかった。
戦略を考案するにはこと長けている土方の頭は、こういうことを処理するのにはとんと向いていない。だから、みずから面倒事は避けるような方法をわざわざ取っていたのに。
避ける…?
そうだ、とりあえず、逃げる、しかない。

「よろずや…っ」
「?」
「ま、またな」
「え、ちょ、ひじか…っ」

今度は腕を掴んで来ない銀時に安堵しながら全力で走って角を曲がって、滑るように屯所に駆け込んだ。
隊士たちの不審そうな視線を背に感じながら、自分の部屋まで一気に駆け抜ける。
銀時は追ってこない。息を吐く。
と同時に、つい先刻の自分の行動を振り返って頭を抱えたくなった。
どうしてまたあんな言葉を残してしまったのか、自分でも良くわからない。
「また会おう」ということなのか、「続きはまた今度」なのか、あるいは次に会うかはわからないけれどとりあえず別れの挨拶として用いられる「また」なのか。
直接ぶつかることを避けていては、あとあとずっと面倒な事が続くと今までの経験から十分わかっているはずなのに。
こういうことに限って、まったく成長しない自分が土方は嫌いだった。



で、今度はおそらく偶然たまたま、街角で出逢ったのが昨日のこと。


***


「よお、土方くん」

手を振る銀時の口調は、まるで一週間前のことなどなかったかのように至って普通だ。
いつもの、土方を半ばおちょくるような調子で声をかける。
既にどこかで酒をあおった後なのか、頬から耳にかけて大分ほんのりと赤みが差していた。

「仕事終わったとこ?」
「ああ…」
「今日の仕事、ちょっとばかし割が良かったんだけどさ…どう、飲まねえ?」
「…」

先週とはあまりに違う銀時の態度に、その真意を計りかねる。
もう吹っ切ったのか、あるいは元より一連の行動や台詞に大した意図はなかったのか。
土方が黙りこくっていると、くっと手を伸ばした銀時が隊服の裾を掴んだ。

「ちょっとぐらいいーじゃん」
「あ、ああ」

銀時の意図は見えないままだったが、そのまま流されるようにして彼の後をついていき、近くの飲み屋の暖簾をくぐった。

カウンターに座るとすぐに、銀時は何が飲みたいかと訊いてくる。熱燗がいいと言うと、それを店員に伝えて、適当につまみを頼んでくれる。
しばらくして目の前に置かれたお猪口の片方を土方に手渡すと、徳利を傾けて酒を注いでくれる。
一連の動きにはけっして嫌味がない。
まるで女性の扱いに慣れているようなやりかただ、と考えて、そう考えた自分に嫌気がさした。

「仕事、大変だった?」
「いつも通りだ」
「じゃ大変なんだ」
「好きに解釈しろ」

カウンターに並んで、他愛もない世間話が続く。
傍から見れば普通の会話にちがいないが、土方と銀時の関係性から鑑ればそれは大分不自然な会話といえなくもなかった。
あまりに、穏やかすぎる。
そのゆるやかな空気に任せるがまま盃を重ね、土方の身体にも酒がまわりようやく緊張が解けて来たころ、ふと坂田が口を開いた。

「先週」

弛み始めていた空気が、一瞬ぴしりと音を立てる。

「のこと、覚えてる?」
「ああ…」

忘れるはずがない。
この一週間、頭の大半を占めていたのはまさにそのことだったのだから。
お陰様で仕事にも差し支えたと愚痴を言いかけて、その元凶を作り出したのは他でもない自分だ、と思い直す。

「いきなり、ごめん」
「いや…うん」
「ていうか、わかるわけねーよな、あんなんで…」
「…?」
「俺の伝え方が悪かったっつーか…」

ああそうか、とそこでふいに合点がいった。
銀時は気づいていないのだ、土方が気づいていることに。
だからあんなに普通なふりをして、声をかけて、隣に座って、酒を飲んで。
でもそれはつまり、銀時の行動の裏にはやはりそれなりの意味があったということで、その意味を今から明かそうとしているということに他ならない。
傍らの銀時がコトリとお猪口を置いたのが、まるで合図のようだった。


「俺ね、土方のこと」

心なしか空気がぴんと震える、
のは、きっと銀時の発する空気が震えているからで、それはつまり恐らく彼がこれから重大なことを言わんとしているからで、けれども土方にはその一連のもろもろを止める力も術も、ないままで。


「好き、なんだ」

(ああ、聞きたくなかったのに)
(そんな台詞を、この男から)


土方は目を閉じた。
ほろり、と零れてしまった言葉は元には戻せない。
けれどもまだその台詞を受け止める準備は、土方には出来ていなかった。
銀時は置いた盃をじっと見つめ、土方は瞼の裏の暗がりを追う。
交わらない二本の視線の間で、ただ好きという言葉だけがたゆたう。


「万事屋、」
「…」
「すまない、すぐには、答えられない」
「…うん」

かろうじて絞り出したその台詞は、何もすくわないし何も導き出さない。
しかしそれでも銀時は殊勝に頷いた。
その横顔が、見たことのないすこし傷ついたような表情をしているから、溜め込んだ罪悪感がぶわりと脳内に満ちた。
だから嫌なんだ。恋愛なんて、恋愛感情なんて。
人を不幸にしかしないじゃないか。


「すこし時間を、くれないか」
「…わかった」

土方は、ぬるくなった酒の残るお猪口を置いて立ち上がった。
ようやく、銀時の視線が土方に向けられる。
懐から財布を取り出すと、何枚かをテーブルに置いて土方は席を立った。

「行くの」
「ああ」
「土方、」

(…ごめん)

再度かけられる声には振り返らずに、店の戸を閉めた。
今度は、銀時は追って来ないだろうという確信がなぜだかあった。
もしかすると、もう二度と追ってきてはくれないかもしれない。
その原因を作り出したのは紛れもない自分なのに、そのことをすこしだけ淋しいと思う自分がいた。

銀時に抱く気持ちは友情以外の何ものでもないと思う、思っていた。
それでもどこか割り切れなさの残る、この感情は、何か。
恋か、愛か、憧れか。


欠けた月が、足を速める土方の背を照らしていた。




***


***



いつもと変わらない日常。
なんて言いながら、昨日とは確実に違う自分。
それでも変わらずにやってくる仕事と仕事と仕事。
山ほどある書類を片付けて、土方はぐんと伸びをした。

あとは夕刻の見廻りをするだけ。
ルートは変えていない。
待機していた隊士に声をかけると、土方は上着を羽織って外に出た。


黄昏の街は夕飯の買い物をする主婦と学校帰りの子供とその他もろもろで賑やかだ。
そんな人ごみの隅々に目を走らせつつ、土方は歩みを進めた。

(あ……)

ふいに、ちらりと通りの端に銀髪が見えた。
見間違えるはずのない、奔放な銀色。
あれから一週間しか経っていないのに、なぜだかそれをとても懐かしいと思う。
と同時に、ぎゅうと胸を締めつけられるような痛みが走った。

この七日間、土方にしてはいろいろなことを考えた。
で、この痛みの正体が何なのか、土方なりの答えは出た、つもりだ。

「おい行くぞ」
「あ、はい!」

逃げることなくまっすぐと、夕日を照りかえす銀色に向かう。
気づいた銀時が、こちらを見た。
二人の視線が、初めて絡まる。

確かめるように、土方は息を吸い込んだ。



なあ、万事屋。
遅くなってごめん。
今度はちゃんと応えるから。


三度目の正直に、賭けてみてくれないか。




おわり!


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遅くなってすみません曖紗さんリクエストの「銀時の気持ちに答えられない土方とじれったい銀時」でした。
ぜったい曖紗さんが想像してるものと違うのができましたごめんなさい!
でもこういう、恋愛感情で悩む銀土って自分じゃ書こうとしないと思うので、機会いただけて嬉しいです。ふっつーの恋愛してる銀土も大好きです。
おそまつさまでした!


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