初夏の空は晴れ渡り、憎らしいほど鮮やかな光を注いでいる。 その光を受けて、少年の薄い色の髪がきらきらと輝くのを、土方はまるで夢の中の光景のように見ていた。 少年が振り返る。と、その髪が揺れて、光を照り返す水面のようにさらに眩しく目に写った。 「土方さん、」 土方は少年の呼び掛けには答えずに、視線を逸らした。 「上からの通知が届きやした。」 「…それで?」 土方は努めて無関心を装った。この少年が自分を呼び出したのには、きっとそれなりの理由があるのだろうけれど、いちいち気にしていては感情が破綻してしまう。 土方は腰掛けたまま、煙草に火をつけた。 沖田はくすりと笑うと、足下の土くれを蹴った。 「…俺ァまた昇進したみたいですぜィ。」 「そうか。」 ふう、と煙を吐き出して、嫌な知らせでなかったことに胸をなで下ろす自分がいる。何人もの部下を送り出しながら何て薄情だと責める自分も同時に。 「人をたくさん殺せば階級があがる…なんて、戦争は意味わからねぇですよねィ。」 「…」 「アンタに命じられた通りにたくさん殺してたら、いつの間にか隊長になっちまった。」 また沖田が笑う。 その顔があまりに純粋で、知らず胸の奥がつきんと痛む。 「そ、うご…」 絞り出した声はあまりにたどたどしくて、それでも光はきらきらと目に刺さる。 「アンタが責任感じる必要なんてないんでさ。俺ァ頭が空っぽだから、人殺してもなんとも思わないんです。アンタは頭がいいから司令官なんだし、頭がいいから人を殺せねェ。」 生暖かい風が吹いて、沖田の髪がふわりと舞った。それすらも、現実とはまるでかけ離れた映像に見えた。 身体を動かそうとするとぎしりとどこかが軋んで、それがうるさいほど耳に響く。 土を踏みしめて、静かにこちらに近寄ってきた沖田の手を、土方はぎこちない動作で手に取った。 まだ若い、瑞々しい肌。 髪と同じように、薄く透き通るような色。 細くて、折れてしまいそうな指。 この手が、決して綺麗ではない刀を握って数え切れないほどの人間の命を奪ってきたのだ、なんて信じられないくらい。 でも、この純粋で美しい手を血に染めているのは、ほかでもない自分で。 「総悟…、」 「謝ったりしたら、いまこの場でアンタを斬りますよ。」 どうして、コイツはこんなにも強くて。 「それじゃ、俺が報われねぇや。」 どうして、自分はこんなにも弱い。 「それとね、もうひとつ言うことがあるんです。」 沖田が胸のポケットから、まだ真新しい封筒を取り出した。 「実は昇進の告知と一緒にもう一枚紙が入ってやした…何が書いてあったかわかります?」 「・・・」 何かしらの予感を抱く間も与えず、その人形のような唇が続きを紡いだ。 「前線へ、行けって。」 「・・・!」 「はは、優秀な奴はもっとたくさん人を殺せってことですかねィ…当たり前ですけど。」 「総、」 たまらなくなって沖田を見あげると、清々しいほど凛とした目が真っ直ぐにこちらを見ていた。 「土方さん。俺は馬鹿ですから、戦場では戦うことしか考えられねェんです。ただ目の前の敵を殺すのに必死で、自分が生き残ろうとか考える余裕もねェ。でも、」 ふっ、と沖田の目が柔らかくなる。 土方はそれを見ながら、ああ本当に人形みてェな顔だ、なんて関係ないことを頭の隅で考えていた。 「でもね、アンタは俺がいないときっと駄目だから、俺ァアンタのために帰ってきますよ。」 いつのまに、こんなに目の前の少年に依存していた自分を思い知らされる。 年齢の差は埋まるはずないのに、コイツのほうがずっと大人になってしまったみたいで。 土方は自然と手を伸ばして沖田の頬をつつみ込むと、そのまま眩しい頭を引き寄せて口づけた。 「行ってきます。」 まるで、朝学校に向かう子供のように。当たり前にその言葉が紡がれた。 「ああ。」 この綺麗な手をどんどん汚すことしか出来ない自分には、“頑張れ”も“待ってる”も言えないけれど。 「信じてる。」 少年の頭が揺れて、また輝いた。 |