江戸にしては珍しく、星がきれいな夜だった。

私はひとりでとある温泉施設へ来ていた。
時間が遅いからなのか、朝まで開放している露天風呂には私ひとりだった。

季節の移り変わりを感じさせる、9月のすこし冷んやりとした風が、火照った剥き出しの肌にはちょうど良い。
お湯は少々熱めだったが、傷心を柔らかく溶かしてくれるようでそれもまた具合が良かった。

そう、その日私は一年間お付き合いをしていた女性に別れを告げられたのだった。
あまりに唐突でまた呆気なかったので、何度か夢かと思って記憶を辿ってみるのだが、つながらない電話がそれを現実だと知らしめてくるのでたいそう居たたまれなくなって、こうしてひとり湯浴みに来た次第であった。

と、私ひとりだった露天風呂の戸を何者かが開ける音がした。
見ると、学生らしい男がひとりで入ってくる。
夜目にも鮮やかな銀髪が印象的だ。

「あ、どうもこんばんは〜。」
「こんばんは。」

妙に間延びした声を出す男だ。髪をかきあげる仕草もなんだかだらしない。

「隣、いいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「おひとりですか?」
「ええ。」
見ればわかるだろう、という台詞を飲み込んだ。
彼女と別れたばかりの今では、「ひとり」という言葉を深読みしてしまっていけない。あるいは、この男の質問の意図はそこにあるのだろうか。
しかしこの男もなんとも女っ気がなさそうな顔をしている。
特に気になったわけではないのだけれども、訊き返すべきなのだろうかと一瞬思ってなんとなく尋ねてみた。

「そちらは?」
「ああ、俺は連れがいるんですけどね。」

「連れ」という曖昧な表現を使ったのはわざとだろうか。
しかし言ったあとの顔のほころびようを見るに、恐らく女性なのだろうと推測する。

なんだ、こんな死んだ魚のような目をした野郎に彼女がいるとは!世の中は不公平なものだ、と私は空を仰いだ。

「でもこんな夜中にひとりでお風呂とは危なくないですか?」
「いや、それは心配ないですって。アイツそんなヤワじゃないからね。」

タフな女性なのだろうか。
武道か何かの心得があるというのなら、まだ心強いが。

「ていうか、まだ着いてないんですけどね。あとから来るんです。」
「アルバイトとかですか?」
「いや、飲み会って言ってたかな…?あ、でもじゃあちゃんと酔い覚まさせてからじゃねーと危ねえな…あいつね、すぐ酔うんですよ。あんまり強くないくせに意地はって飲んだりするからね。まあそれが可愛かったりするんですけど。」

お前のノロケはどうでもいい。
しかしそれにしても酔っ払って夜道を一人で来るとは少し無用心ではなかろうか。

「せめて、迎えに行ってあげたほうが良いのでは?」
「たぶん大丈夫ですって…あぁでもちょっと心配かもなあ…アイツね、めちゃくちゃ美人だから、その辺の男とかに絡まれてたらどうしようなー…酔ってたらフラフラついてっちゃいそうだし。アイツね、いつもはすごい頭キレるくせに、酔うとてんで頭がまわんなくなるらしくてね。んまあそこにつけ込んで、酒飲ましてあんなことやこんなことやらせちゃったりもしたんですけどね。」

お前のノロケはどうでもいい。
しかしそんな美人の女性がどうしてこんなちゃらんぽらんそうな男を選んでしまったのか…こんな奴よりいい男は星の数ほどもいるだろうに。

「強くて頭もよくて、その上美人なんて文句ありませんね。」
「いやあほんとに、俺なんかにはもったいないほどの奴でね。ただ料理ができないのがちょっと難点っていうか…いや、不器用なところも可愛いんですけどね。大好きなんですけどね。ただ、家に帰ったらよくわかんない犬のエサみたいなのが並んでたら、そりゃちょっと悲しいですよね…あ、いま一緒に住んでるんですけどね。へへ。アイツ重度のマヨラーで、何にでもマヨネーズかけるんですよ…だからもうあんま食えたもんじゃないっていうか…それで、一緒に料理したりするときには自分の分は死守するんですけど。」

いわゆるマヨラーというやつだろうか。
テレビでしか見たことがなかったので、実在するとは知らなかった。
でも美人ならそんなところもチャームポイントになってしまうのだろうか。まったくうらやましい。

「キレイな黒髪ですんごい美人なんですけどね、ぱっと見は目つきもキツいし、性格も割とクールっていうかあんまり可愛気がなくてね。無愛想っていうか。でもだからこそデレが出たときにはたまんないっつーか、ほんとね、たまに見せる笑顔が最高なんですよ。あ、もちろん俺限定ですけどね。それから夜にもデレが発動しましてね、普段すっげー冷たい癖に甘えてきたりするんですよこれが。やべっ想像しただけでなんか…」

お前のノロケは(以下略)。

だんだん苛々してきた。
さすがに女性に振られた日に他人のノロケを長々と聞いていられるほど私も寛容な人間ではない。

長いこと湯につかってだいぶ身体も温まったし、ここらが引き時と見て私は岩場に置いておいたタオルを手に取った。

「それはそれは素晴らしい彼女さんをお持ちのようで、うらやましい限りですよ…ぜひお目にかかりたいが、わたしはそろそろあがるとしますので。」
「あ、でもたぶんそろそろ来ますよ。」 「え、でも女風呂のほうじゃ会えませんよね…」

私がそう言いかけたとき、またしても露天風呂の扉を開ける音がした。
それを見て、銀髪が声をかける。
なんだ、友達も一緒だったのか。
では邪魔にならないうちに早く上がろうかと、私は立ち上がった。

「おい、こっち。早く。」
「は?なんだよ…」
「あ、ちょっとお兄さん。」

銀髪が、湯から上がろうとする私の腕を引いた。
振り返った私と、立ったままだった銀髪の連れの目とが合う。

黒髪の、一見クールそうな男。

「ね、美人でしょ?」
「は?」

銀髪がにぃ、と笑った。


「俺の『彼女』」




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22222*まきさま
「ひたすら惚気る銀時」

十四郎をほめまくるのはたのしかったです^^
リクエストありがとう!


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