華には花を、愛には愛を 東京、新宿、歌舞伎町。 夜になれば東京随一の賑わいを見せるその一角に、ついつい通り過ぎてしまいそうな小さな花屋があった。 土地柄、開店は夕方からと遅い代わりに、朝まで休むことなく営業している。 夜の歌舞伎町で働く人々や、彼ら彼女らに夜毎飽きずに貢ぐ人々を主な客層とするそこは、一度の注文の規模の派手さも手伝ってか珍しい立地の割りにそこそこ繁盛しているようだった。 土方十四郎がその小さな花屋で働きはじめてから一週間が経つ。 高校に入ってしばらくしたころ、ちょうどアルバイトを探していた土方に友人が紹介してくれたのが縁で先週から働くことになった。 実家が東京の西の方で花農家をやっていることもあって、幼い頃から花には親しんでいたしそれなりに知識もある。歌舞伎町という土地に抵抗がなかったわけではないが、学校からも比較的楽に寄れる位置にあるし、若いうちに都会のいろんな部分を見てみたいという気持ちもあった。 「少しは仕事も慣れてきた?」 「あ、はい…まだまだ覚えることたくさんありますけど」 「ハハ…まあゆっくりでいいよ。馬鹿みたいにいそがしいわけでもないし」 店長の長谷川はそう言って、少し汚れた青のエプロンで手を拭った。 深夜22時。今日は大きな注文が入っているので、長谷川は裏でその最後の準備に追われていた。 「もうすぐ取りに来ると思うけど、土方くんは初めてだっけ?」 「ええと…坂田金時さん、ですよね。お話だけは伺ってますが」 「何しろうちの一番のお得意さんだからね…まあこれからもしょっちゅう会う機会はあると思うけど、一応覚えておいてね」 「はい」 名前からして少し派手な印象を受ける。 何しろ金時だ。金。ゴールド。まさに歌舞伎町、といった煌びやかなイメージで思考が覆いつくされる。 (一体どんな人なんだろう…) 日本の真ん中の真ん中にあって、ナンバーワンの名を欲しいままにしている男。わざわざ地方から会いに来るような熱烈なファンまで持つというのだから、人柄はとりもなおさず容姿は完璧なのだろう。 (やっぱフルCGみたいな感じかな) ごくり、と唾を飲み込んで、土方は水を入れ替えようと足元のバケツを持ち上げた。 *** その「坂田金時」が現れたのはそれから30分もしない頃だった。 開けっ放しのガラスのドアから人が入ってくる気配に顔をあげて、客が放つ際立ったオーラに何かしらの予感を抱いたのとほぼ同時に先方が名乗った。 「あ、予約してた坂田ですけど…」 「あっ、は、はい、少々お待ちを……店長!坂田さん…!」 「んー…きみ、新人さん?」 「あ、はい…」 「ふうん…可愛いじゃん。よろしくね」 「は、はい…」 噂には聞いていたが実際に見るのは初めてだった。 ホストやホステスみたいな人種は薄暗い室内で見られるために過度に着飾ったりしているのであって、白昼の元ではおよそ生身の人間とは思えない格好をしているものだという印象を(勝手に)抱いていたので、室内の蛍光灯に晒されていても尚綺麗と思えるような容貌のその男に土方は驚いた。色とりどりの花に囲まれていても鮮やかに目立つ髪は透けるような金色で、地毛かと疑うほどにその男によく似合っている。 惚けたように金時を見つめたままの土方を見て、奥から大きな花束を持ってきた長谷川は笑いながら言った。 「見た目は派手だが意外といいやつなんだぜ」 「意外は余計だろ!あ、俺別に悪いやつじゃないからね」 「あ、や…別に…」 「そうだよな…初対面で悪い奴って思われたら俺凹むかも―」 「いや、あの…ただ」 「ん?」 「綺麗だな、って思って…」 「へ…?」 「あ…、だから…いや、何でもない…です…」 金時は目を丸くしたままレジの方を、土方たちが立っている方を見ている。天然なのか、ふわふわとした少し癖のある金色はまるでキンセンカの花のようだ。いや、ポピーかな…いい香りもするし、キンモクセイ?タンポポよりはもっと華があるよなあ。 思いつく限りの花の名前をあげてみて、ああでもないこうでもないと思案している土方を不思議に思ったのか、気がつくと眉根を寄せた金時の顔が目の前にあって土方はたじろいだ。 「…わっ」 「もしかして天然さん?」 「い、いや…」 戸惑ってぎゅうとエプロンを握りしめる土方の後ろで、長谷川は最後の手入れを終えた大輪の薔薇の花束を台の上に置いた。 「金さん、コレ注文のやつね」 「あ、おー、サンキュ。おお、いつもに増してゴーカにできてんね…いい感じ」 「ハハ…金さんの頼みならオジさん張り切っちゃうから」 「コレが唯一の生きがいだもんな、アンタ」 「うん…アレ…?これ褒められてんの?なんかオジさん切なく…」 思わずサングラスをかけた目元を拭うふりをした長谷川に、金時はスマートな黒の長財布から髪と同じような色のカードを差し出した。 「お代はこれでよろしくー」 「あ、はいはい…土方くん、ちょっとお願い」 「あっはい!」 受け取ったカードを器械に差し込んで、ようやく慣れてきた引き落としの作業を土方がしている横で、長谷川は奥から別の小さな花束を持ってくる。 台に置かれた薔薇の花束に比べるとだいぶ小ぶりな、ピンクのチューリップのブーケ。 「コレ、ちょっと多く入ってきたからサービスね」 「お?マジで…サンキュー」 「今日はタクシーで行くのかな?」 「いや、今日はちょっと別会場でこっから歩いていけるから」 「ひとりで持っていけそう?土方に手伝わせようか?」 「や、大丈夫……あ、でもじゃあこれ、持ってもらおうかな?」 そう言うと、金時はいま長谷川から渡されたばかりのチューリップの花束を土方にぽんと渡した。 「あ…はい」 「じゃあ土方くんはそのお仕事終わったらそのままあがっていいから」 「あ、わかりました…えと、あとじゃあサインを」 差し出されたレシートに手馴れた様子で署名をすると、金時はカードを受け取って財布に戻した。 土方がレシートの処理を終えるのを待って、くるりと出口に向き直る。 「じゃー行こっか、歌舞伎町の女王様のところへ」 *** 「お誕生日、おめでとうございます」 金時に連れられて向かった先は、歌舞伎町の中でも静かな一角にあるいかにも高級そうなフレンチレストラン。 そこのいちばん奥の個室の中に、「歌舞伎町の女王」はいた。 金時が持ってきた花束を渡すと、優雅に顔を傾けてそれを受け取る。 「ありがとう」 にこり、と金時に笑みを返して、次にその後ろで棒立ちの土方をも見やる。 「お花屋さんのバイトさん?お疲れさま、ありがとう」 普段見る機会には到底恵まれないような、魅惑的な微笑みを投げかけられて土方の背筋がびくんと波打った。この微笑みひとつに一体人はいくら払うのだろうか、と考えて、なんだかエプロン姿のままで来てしまった自分が少しだけ恥ずかしくなる。 「あの、金時さん、これは…」 土方が持たされていたチューリップの花束を少し持ち上げると、金時は振り返ってにこりと微笑んだ。 「あ、それはきみにあげるよ」 「えっ…?」 「お駄賃、てことで」 「でも俺、何もしてな…」 「もらっときなさいよ、この人に何かもらえるなんて相当の贅沢なんだから」 「は、はい…」 「金さん気まぐれだかんねー」 金時がぱちり、とウインクをする。 同性の自分すら溜息を漏らしてしまうようなその仕草ひとつに、周りの空気まで金色に染まった気がした。 「じゃ、じゃあ俺は、あの、これで…」 「ああ、ありがとう。お疲れさま」 「はい…っ、毎度、ありがとうございました…!」 ぺこり、と律儀にお辞儀をした土方に、金時がふっと息を洩らす。 じゃあね、と手を振られて、土方は更にぺこぺこと赤べこのように首を振りながらその場を辞した。 その姿が見えなくなると、金時は個室の中に身体を戻した。真紅のソファに身を沈めた女王、神楽の隣に寄ると、空になった彼女のグラスに恭しくシャンパンを注ぐ。 「改めてお誕生日、おめでとうございます女王様」 「『愛情』、ねぇ…本当かしら、色男さん?」 「お戯れを…こんな大きな花束を差し上げる私の愛に偽りがあるとでも?」 「ほんと、誤魔化すのだけはうまいんだから」 そう言って微笑むと、神楽は金時が注いだシャンパンを一口飲んだ。 「チューリップは、何ていう意味なの?」 「さあ、存じませんが…」 「嘘おっしゃい…花言葉にはあれだけ詳しいくせに。わかっててあげたんでしょ、あの子に」 「たまにはご自分でお調べになられては?」 「まあいじわる」 「いじわるはどちらですか」 神楽はむっと口を尖らせると、後ろに控えた男にお気に入りのワインを頼む。 金時はいまだ手の内のグラスの中で揺れる泡立つゴールドを見つめると、ふっと笑った。 「…まあ、気付いてくれなくてもいいけどね」 呟いて、金色の液体を喉に流し込んだ。 同じ頃、土方は小さな花束を胸に抱いて、夜の歌舞伎町を歩く。 ふんわり鼻腔に残るオードパルファンにどくどくと高鳴った鼓動を感じて。 ふたりはまだ、出遭ったばかり。 (チューリップの花言葉は、『恋の宣言』) おわり! ------------ 23000・三嶋さまリクエスト 金時×土方 ぜんぜん×でなくてすみません…これ出遭っただけですよねひいい もっといちゃついてるのにしろコラァとかありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ… 金魂初めてだったので、楽しく書かせていただきました。 素敵なリクエスト、ありがとうございました…! |